第112話

 こうして休戦協定がまとまってほどなく、大帝を訪ねて意外な客が会議の席に現れた。


「リュウジ伯父さん!!」


「おお、リュウジか!」


『白銀の錬金術師殿!!』


 転移門を潜ってリュウジが現れたのだ。それも大帝やかつての同僚たちにはあまりにも懐かしい、白銀の錬金術師としての白いローブ姿だった。これにはゴ・ズマ側も大いに驚いた。


「それはそうと、お前はあまり変わらんな」


「兄貴もみんなも随分と老けちまったようだが、健勝そうで何よりだ」


 他に往年の冒険に加わっていた重臣たちも駆け寄ってきた。その誰もがリュウジがあまり容姿が変わっていないと驚いていた。経過した年月に差異は無いのだが、確かにリュウジは老けていないのだ。


「それでリュウジ。どうしてこっちに来たんだ?」


「ああ。兄貴がせっかく転移門の近くまで来たんだ。日本に来て墓参りしてくれないか?親父・お袋、あとタイガもいる」


「ああわかった。これが最後の機会になるだろうからな……」


 こうしてゲンイチは、ソウタ、ヒトミとエリが同行して半日程度の帰国を行った。


 リュウジは社用のワンボックスカーに全員を乗せると、タツノ家の墓地に向かう。


「おお、さすがに変わったなぁ」


 リュウジが運転し、ゲンイチは自ら望んで助手席に。ゲンイチは外の風景を眺めて感慨に耽っていた。


「娘のマイヤも連れてくればよかったが、仕方あるまい」


 ゲンイチは故郷の今の姿を眺め、身内の墓参りを行った。平日の墓所だけに、他に訪れている者もないのでゲンイチの奇抜な格好を気にする者もいない。全員で簡単に掃除して、花と線香を手向ける。


「みんな、親不孝息子で申し訳なかったな!」


 静かに手を合わせるゲンイチ。瞑目する時間が長かったのは、親だけでなく弟にも向けていたからであろう。


 参り終えると、ゲンイチは思い出したように生家の近所の定食屋で昼食にしたいと言い出した。


「リュウちゃん久しぶりだねぇ。あら、そっちはゲンちゃんかい。懐かしいねぇ」


 到着したのは昼下がりと、少し遅めの時間なので他に客はいなかった。定食屋の女将はタツノ家を古くから知っていたのだ。


「おばちゃん久しぶりだな。健勝そうで何よりだ」


 ゲンイチは特に注文しなかったが、女将は彼のこの店でいつも注文していた焼肉定食の特盛り、通常の三人分はあろうかという量を容易した。そしてゲンイチは事も無げに平らげて見せた。


「懐かしいなぁ。この味も……」


 懐かしの店で舌鼓を打ったゲンイチは、車に乗り込むとリュウジに告げた。


「リュウジ、俺はもう日本に思い残しは無い。俺はこのまま、あっちで骨を埋めるぞ」


「ああ。俺もそれでいいと思う」


 ソウタたちは黙ってそのやりとりを見ていた。


「よし、今一度ユーゴとマナ、ユキヒロとミーナの墓にも参ろう」


 大帝は幹部たちを連れて旧友の眠る墓所を再度訪れた。かつて共に冒険してきた者たちは、道すがら思い出話に花を咲かせ、エリやヒトミに親たちの話をにこやかに聞かせてくれた。


 墓参りから戻るとゲンイチは宣言した。


「さあ皆の者!今宵は宴だ!」


 この夜はカ・ナン盆地全てが歓喜の声に包まれた。


 ゴ・ズマの幹部たちの大半が王宮に招待され、カ・ナンでできる限りのもてなしを行う。食事はカ・ナンの美味珍味だけでなく、リュウジが取り寄せた仕出しの料理や酒なども並ぶ。


「これが陛下の故国の味!!」


「お前たち!カ・ナンの料理も美味だぞ!」


 そこに姿を見せたのは、捕虜になっていたグナージ。傷も癒えており、先ほど身柄を返還されたのだった。


「ご心配をおかけしました!」


 幹部たちから様々な反応があがるが、大帝は笑って彼を許した。


 そして宴が始まると、ゴ・ズマの幹部たちはその誰もがソウタ、エリ、ヒトミの三人を激賞した。


「流石です殿下!うちの愚息どもとは出来が違いすぎて恥じ入るばかりです!」


「ヒトミ殿の卓越した指揮に心から敬服したところ。指揮官としては親以上だな」


「二人ともすでに殿下に嫁入りしていたとは!嗚呼、もう少し早く知っていればうちの倅の嫁に……」


「殿下、うちの娘は如何でしょうか?!」


 激賞の大半はソウタと絡めてだったので心中複雑なエリだったが、直接両親を知るゴ・ズマの重鎮たちからは手を取られて絶賛され、流石に涙ぐんでしまう。


 その後、タツノ兄弟を囲んで旧友たちが今の身分を忘れて深夜まで酒宴を続けた。


「侵略者が負けた敵地で大盛り上がりとは……」


 メーナはその様子を端で見ながら醒めた顔で呟く。


「まあいいじゃないかい!あのまままともにやりあってたら、ろくでもないことになってたんだよ。こうやって敵のお偉いさんたちが満足して帰ってくれるならそれでいいじゃないかい!」


 酔って上機嫌のメリーベルは、メーナの首を抱き締めてグラスを近づける。


「そうそう。これでもう侵略される事は無くなったんだから……」


 エリはメリーベルがメーナに突き当てていたグラスをさらうとそのまま飲み干す。


「みんなが頑張ってくれたお陰で、カ・ナンは皆殺しにされずに済んだだけじゃなくて、明るい未来が見えてきたのよ。本当にみんなには感謝してるわ……」


 大帝たちの同窓会の席に、ソウタもヒトミも呼ばれて囲まれていた。ほどなくエリも呼ばれて輪に加わる。家臣たちはエリに無礼が無いかひやひやして見ていたが、誰もが身内の娘を可愛がるような態度だったので、ひとまず安堵していた。


 翌日は双方自陣に赴いて宴が朝から晩まで繰り広げられる。


「みんな、ありがとう!みんなの奮闘の結果、我が国は独立を守る事ができました!本当に感謝します!!」


 玉座の後ろには、大帝から自分の首の代わりに取っておけと渡された、大帝旗が飾られていた。


 この旗がある限りゴ・ズマはカ・ナンを攻めず、それどころか脅かす国があれば宗主国として救援に駆けつけるというのだ。


「みんなに不満はあるでしょうけど、とにかく私たちは生き延びて、国を保ちました!今はそれを祝いましょう!」


 この宴では開始前にエリの演説が有線で中継された。その演説に国中が沸き立つ。


 義勇兵として参加した者の一部には、より徹底抗戦して完全に撃退して独立を勝ち取るべきという者もいたが、カ・ナンの人々の圧倒的多数は機器が去った上に新たに領土まで獲得できた事を諸手を挙げて歓迎していた。


 何より皆殺しにされる危険が去った事を喜ばない者はいなかった。


『カ・ナン万歳!!』


『女王陛下万歳!!』


「おめでとうございますエリ女王。エ・マーヌからも改めてお祝いさせていただきます」


 その夜の祝賀会でエ・マーヌのナタル姫は姉と慕うエリに心からの労いと賛辞の言葉を贈った。


「ナタル姫、ありがとうございます。貴方たちの助力が得られなければ、我が国はここまで有利に事を運べたかどうか……」


 涙ながらに礼を返すエリ。その光景にマガフも涙する。


「我らへの追討令の撤回、ご尽力頂き感謝致します……」


 マガフはソウタにも頭を下げた。


「いえ、伯父貴は貴方たちも認めたのだと思います。あの通りの男ですから」


 少なくとも彼らは、カ・ナンに居る事ができるのだ。


「悲願は無論、故国に戻り復興ですが、ひとまずは」


「はい。エ・マーヌの民五千名。貴方方がお望みならこの地を安住の地になされて下さい」


「勿体無いお言葉です……」


 エリの言葉にナタルもマガフも改めて涙する。


 そして翌朝。正式にゴ・ズマの撤退が開始された。


「ではな!リュウジ、ソウタ!」


「ああ、達者でな兄貴!!」


 エリたちも姿を見せて大帝らを見送る。だが数が数なので、全軍の完全撤退には十日以上が必要であり、戦場になった土地の整理にはさらに時間が必要だった。


「ともあれこれで侵攻は無くなったんだよな……」


「そうね……」


 見送りを終えて戻ると、一堂はようやく安堵した。


「お疲れ様。ソウタ、エリちゃん、ヒトミちゃん」


 リュウジはソウタたちに労いの言葉をかける。


「お陰さまで何とかなりました!」


「本当にありがとうございました!」


 三人、いや、皆で礼を言う。


「これから後片付けに新しい国づくりと大変になるだろうが、これを乗り切ったんだから大丈夫だろう。また、困った事があったら相談してくれ」


『はい!!』


 こうしてリュウジを見送ると、改めて皆は、カ・ナンの国作りを進める決意を新たにしたのだった。

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