戦い済んで日が昇り

第106話

 朝の光と共にカ・ナンの命運を賭けた戦いは終った。兵たちは陣営を問わず、歓喜し続けている。


 だが、ソウタたちの戦争はまだ終わっていなかった。むしろソウタにとってはこれからが本番だったのだ。



 まず問題になったのは捕虜になったゲンブ大帝の処遇だった。


「おう、腹が減った!メシだメシ!」


 ゲンブ大帝は自陣で過ごしていた時と全く変わらぬ態度で朝食を要求していた。


「女王陛下、大帝の態度には全く捕虜としての自覚が……」


「仕方ないわよ。伯父さまが捕虜になるって言い出さなかったら、この戦いは終わってなかったんだから」


 メーナを諭すエリ。彼女の言うようにゲンイチが本気で抗戦していれば、ソウタとヒトミたちは打ち破られて捕虜にされるか討ち取られてしまい、カ・ナンが瓦解したに違いなかったからだ。


 対応に苦慮する皆の様子を見て取って、ソウタが対応を買って出た。


「伯父貴の相手は俺がするよ……」


 ソウタは白くて大きなビニール袋を下げてゲンイチの下に。


「ゲンイチ伯父さん、これ、久しぶりだろ?」


「おお、カップ麺か!久しぶりに見るなぁ……」


 ソウタは大量のお湯を用意させ、ゲンイチにカップ麺のラーメン、うどん、焼きソバなどを複数用意して広げた。これらは非常食にと、事前に仕入れていたのだ。


「どれでも好きな……、いや、全部食べていいよ」


 ゲンイチは並べられたカップ麺を全てきれいに平らげた。そしてよく冷えた1.5Lのコーラのボトルをそのまま美味そうに飲み干すと、一心地ついたようだった。


「いやあ、久しぶりに食うと美味いもんだなソウタよ。いや、間違いなく味が良くなってるぞ」


「そりゃあ三十年も経ってるからね」


 うんうんと頷くと、ゲンイチはまたにこやかに口を開く。


「よし、腹が膨れたので散歩させてくれ」


 今度はニライの市内観光を要求してきた。今しがた戦った敵の総大将が、その敵地で堂々と観光するというのだ。命を狙おうとする者も出かねないので慌てる一堂。


「わかりましたゲンブ大帝。しかし準備があるので少しお待ちください」


 エリは王都から直ちに全軍を退去させるよう命令を出した。


「大帝に怪我でもさせたら、今までの努力が水の泡になるわ。腹を立てる者もいるでしょうけど、とにかく堪えて頂戴!」


 エリはゲンイチの市内観光に自ら同行することにした。警護にメリーベル、案内にリンを呼び、万全を尽くす。


 合わせてトラブルを避ける為、エ・マーヌの者たちをしばらく王都から遠ざけることにした。エリはナタルとマガフを呼び、事情を説明した。


「ナタル、貴方のお兄様と祖国の仇を、私たちは受け入れなければならないの。だからしばらく……」


「エリ女王、わかっております。マガフや皆と共に、しばしニライから離れます」


「申し訳ないマガフ殿。決して貴方たちに不利なようにはしない!だから……」


「承知しております。我々は客分。カ・ナンをいたずらに苦しめる訳には参りません」


 エリとソウタは涙ながらに頭を下げる。ナタルとマガフは納得しており、部下たちを率いて、一時的にカ・ナン湖の町ナナイに移動していった。


「引渡しの条件に、エ・マーヌへの便宜は絶対に盛り込まないといけないな」


「ええ、当然よ」


 ゲンイチは知ってか知らずか、用意された部屋でのんびりとひなたぼっこをしていた。そしてソウタを呼ぶと何かを依頼した。


「わかったよ。せっかくこっちに来たんだから準備するよ」


 ソウタはゲンイチの依頼に応えるために日本に戻った。


 リュウジの会社の事務所に入ったが、会社は休みでリュウジも不在。たまたま事務員の女性、ミツエが出社していた。


「あらソウタくん!その様子だと何とかなったのね!」


「はい!おかげさまで目処が立ちました!」


 ミツエもまたアージェデルの出身で、日本に帰化していた者の一人。故に事情は承知していた。


「ミツエさん済みません。会社の車をお借りしたいのですが……」


「その格好で日本をうろつくの?」


「あ……」


 車の鍵を借りようとしたが、その格好で日本で出歩くのはどうかと言われ、ようやく自分が戦闘状態の服装だった事を思い出した。


「ソウタくん、シャワーを浴びて少しここで休んでなさい。買い物は私がしてくるから、メモを頂戴。お金はあとででいいわ」


「あ、ありがとうございます!」


 今更のように財布も持って来ていないことに気が付き赤面するソウタ。ソウタはこの会社でアルバイトをしていた事もあり、ミツエには個人的にも世話になっていたので、この時も甘えることになった。


 ミツエはメモの内容を見て買い物を終えるのに一時間ほどかかると告げて外出。ソウタは言われたとおりシャワーを浴びた。


「痛っ!」


 シャワーのお湯が体のあちこちの痛みを併発させた。防護スーツは強靭で、浴びた矢も槍も剣も通さなかった。だが、打撲などは避けられなったのだ。


「俺、生きてるんだな……」


 シャワーで体の汚れを流し終えると、腰にタオルだけ巻いて畳敷きの休憩室に寝転がった。 


「今のうちに少し休もう……」


 気候が良かったこともあり、そのままソウタは大の字になって眠ってしまった。

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