第69話
自宅で朝食を終えてから再度出仕したソウタとヒトミ。
そこで二人が見たのは、馬車の駐車場に新たに出現した転移門から、続々と運び込まれる鋼材の奔流だった。
「おお、おはようソウタ。早速うちの備蓄を持ち込んでいるところだ」
門を挟んで双方に設置されたベルトコンベアーから続々と鋼材が流し込まれていた。
「いいんですかこんなに?!」
「ああ。全部無償とはいかないから、指定した量の銅と交換という事にしてくれ。金は換金すると目立ちすぎるからな」
そう言うと、ソウタがこれまで換金して来た分についても、リュウジが税金等の処理はしてくれるという。
「いいなソウタ。退路を断つ覚悟は持つべきかもしれんが、何事にも退路は確保しておくべきものだぞ」
ともあれリュウジの会社から、これまで以上に大々的に資材が持ち込まれるようになった。
備蓄していた金属類は、極力利用しやすいように細かく裁断されたものや、工事現場に敷設される鉄板等が多数持ち込まれていた。
さらにソウタが良く知る、リュウジの会社の従業員たちもこちらに来て、あれこれと打合せを行っていた。
「お前たちが決断を下した後、こっちでもどこまで手を貸すかしっかり協議したんだ。結果、全員で全力で、兄貴たちが攻めてくるまで協力する事に決まったんだ」
自動車等の部品を流量した手製の水力発電設備もさらに増設され、中古の工作機械が複数稼動できるようになった。
水力が導入できないザンパク砦などには太陽光パネルと変電・蓄電装置も設置し、何時でも無線が送れる体制が完備された。
それらの機械設備は、付け焼刃の知識を持ったソウタの試行錯誤ではなく、手馴れたプロたちが行うため、格段に効率が良くなり、さらにこれまでの機械の運用も改善された。
歴史的ベストセラーの原付バイクや、オフロードバイクも持ち込まれた。
免許など気にしなくて良いので実地で講習を行う。これで機動力も大いに向上できた。
さらに医療については、地球で正式に医学を学び、途上国で活動した経験を持つ医師が来た事で劇的に進展した。
その医師はリュウジの幼馴染で、例の転移には加わっていなかったものの、転移の資格を持っており、かつ途上国や紛争地域の周辺での経験も備えていたので、外科にも内科にも対応できた。
短期間になるにせよ、専門医から習得できるのはとてつもなく大きな意味を持っていた。
その一方で、土木関係には壁が立ちはだかっていた。
「防衛線の構築が遅れているのか……」
様子を見てリュウジが呟く。カ・ナンは土中に巨石も多く、掘り出される度に撤去の為に作業に遅れが出ていた。
「防衛線の構築は人力頼みなんです」
「土木用の重機が持ってこれればよかったんだがなぁ」
だが転移門の大きさでは、重機は通過する事ができない。小型ショベルカーさえ分解して組み直さねばならないのだ。
「心当たりがあるので、接触してきます」
その頃、ソウタはある人物と接触する事に成功していた。
巨大ダム周辺に立てられていた石碑に、当時の現地文字と日本語で企業名と建設者名が刻まれていたらしかったので、以前から調査していたのだ。
石碑は風化していたので判別に時間が掛かったが、何とか企業名と何名かの人名の判読に成功したのだ。
「リュウジ伯父さん、いやティアさん、この人たちについて教えてくれませんか?」
神代の時代についてソウタは尋ねた。
「これは私の師の御技ね。我が師は次元を繋ぐだけでなく、時間も飛び越えて繋げる事ができたのよ。だから数千年前に、こちらの数十年前と繋げたのでしょうね」
それを聞いて日本で調査を行っていたのだ。
「やっぱり」
「どうだったの?」
ソウタの自宅。ネットで検索を掛けただけで、その企業のサイトが表示された。
「うん。実在している企業名だ。まだ残っている。もしかしたら、まだ現役の人もいるかもしれない」
ソウタは試しに、その企業の広報に、碑文に刻まれていた名前の人物が、実際に在籍されていたのかを問い合わせた。
すると、そのうちの一人が現役で在籍しており、こちらと会って話がしたいと返事まで来た。
「はじめまして」
待ち合わせに選んだのはとある喫茶店。ソウタとヒトミが二人で待っていると、現れたのは初老の人物、タガミだった。
「君たちは、カ・ナンを知っているのか?!」
ソウタは単刀直入に現在のカ・ナン湖の写真を見せた。タガミ氏はおおっと驚きの声を思わず漏らす。
「はい。俺がこの写真を撮ったとき、このダムが出来てすでに千年以上経過していると言われました」
「千年!そうかそうか、本当に千年維持できるダムを作ったんだな俺たちは……」
「ですから教えて欲しいんです。貴方がたが、どういった理由であそこにあれをどうやって建設したのか」
「……。あれは俺たちが建設会社に入って何年か経った時の話だ。日本中、国土改造計画とか都心再開発やらで、田舎の山奥でも開発を進めていた時代だった……」
国内のダム建設の最中、彼の会社の一行がトンネルを潜って現場に向かう最中に偶然、古代のカ・ナンに出てしまったのだという。
「最初はもちろんビックリしたさ。だが、現地の人たちが渇水や水害が極端に発生して苦しんでいると知ってな、とんとん拍子に話が進んでしまったんだよ」
「そんでダムは好きに作ってよかったから、千年以上持たせようって設計まで気合入れて作ったのさ」
時期的に、自然保護の問題が言われてきた頃だったこともあり、ダム工事は時々停止してしまっていた。その間にタガミたちは機材と資材を少々横流ししていたという。
「横流しであんなものを作れたんですか?」
「いや、大半の建設資材は現地調達さ。向こうの王様が全面協力してくれたから、コンクリの材料は現地で調達できたんだ。だからこっちからの持ち込みは、燃料とか重機とかだけで、バレない程度で済んだんだ」
タガミはにこやかにかつてを振り返っている。
「あの頃は随分と景気が良くて、どこでもどんぶり勘定で回していたからねぇ。少し余分に調達しても発注主に気付かれなきゃよかったから、そのうちみんな気が大きくなって、中古の重機も調達して、持ち込んだりしたんだよ」
そのうち、現地で軽油に近い燃料の調達に成功し、操縦方法も伝授したりするなどして機械化も進め、作業は国内のダム建設以上に順調に進んだという。
そうして完成したのがカ・ナン湖を数倍巨大化させた、あのダムだったのだ。
「そうそう十年近く掛けてダムだけじゃなく、技術指導して河川に堤防や水路の整備もやったよ」
「それで、工事が終わった後は?」
「ああ、向こうの方が楽しかったとか、向こうで嫁さん作ったりした連中も結構いてな。気が付いたら関わった連中のほとんどは、退社して向こうに移住しちまった」
カ・ナンにオオトリやシシノの苗字が残っていたのも、その名残かもしれないと、二人は思うようになった。
「俺は日本に未練があったから戻ってきたが、今までずっと誰にも言わずに黙ってたんだ。まあ、誰も信じちゃくれないだろうからな」
「それでお願いがあるんです。そのときの図面とか、残していませんか?特に水路は随分埋まってしまったんですが、しっかり作ってあったので、掘り返せば使えたんです」
「そうかそうか……」
そうつぶやくとタガミ氏は一度車に戻ると、大きな筒を三つ持って来た。
「これは向こうで作ったダムやら水路やらの図面だよ。このまま俺が墓まで持っていくより、君らが活用してくれるなら何よりだ」
「ありがとうございます!」
「そうそう、ついでだ」
「俺たちをあそこに招いた魔法使いに頼んで、使った重機の何台かは時間を止めて保存してもらっている。まともに考えたらとっくに鉄くずだろうが、もし魔法がまだ生きていて無事なら、改修工事に使えるだろう」
「本当ですか?!」
「だが、条件がある」
「条件?」
「俺たちは住民の生活を良くする為に、平和利用するためにあれを作ったんだ。だからもし重機が無事だったら、改修や整備のためだけに使って欲しい。そして決して戦いの道具には使わないと約束してくれ」
「わかりました。人々のために大切に使わせてもらいます!」
タガミから当時のカ・ナンの地図に、重機を封じた場所を記入してもらった。
ソウタとヒトミは深々と礼をしてタガミを見送った。
「わかりました。もし使える状態で発掘しても、敵を攻撃する兵器としては絶対に使わないし使わせないわ」
カ・ナンに戻ってエリに報告すると、直ちに調査団が送られた。
魔法使いたちが先代の張った結界を解くと、洞窟の中にパワーショベルにブルドーザー、コンクリートミキサーをはじめとする建設用重機が、多少埃を被った程度で動態保存されていた。
持ち込んでいた燃料を補給して王都近郊まで運転して持ち帰ると、すぐさま防衛線の増設が開始された。
神代の時代に封印されていた鉄の獣の力は人力の比ではない。何十倍もの効率で土砂を掻き分け、埋もれていた巨石を粉砕し、盛土、空堀、塹壕を作っていく。
その間にもゴ・ズマの軍勢の動きと規模の情報が刻々ともたらされる。その規模は前回の十倍以上は確実で、カ・ナンだけでなくこの地域一帯全てを征服せんと目論んでいるのは明確だった。
「このカ・ナンに、その軍勢のどれだけが向けられるかはわからない。でも間違いなくゴ・ズマは前回の雪辱を晴らすために、このカ・ナンにかなりの数を差し向けてくるのは疑いないんだ!」
装備はさらに改善され、訓練もより近代的なものになっていく。さらに大量の負傷者の発生に備えて、救護の訓練も行われている。
そしてコンクリートも続々と生産され、防衛線や王都の城壁を補強していった。
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