109. 恋よりさきのその先で
「……」
「……」
騒がしさがなくなると、途端に雨の音がよく聞こえるようになる。静かになって響くようになった恋人の息遣いを感じながら、数十秒ほど。ゆったりした気持ちで口を開く。
「…ママとパパに、全部聞かれちゃってたのね」
「みたいだねぇ」
「嫌じゃなかった?」
「うーん、
「…ほんとにそれでいいの?」
「まあ、ね…。それに」
「それに?」
「恋人の家族にはちゃんと知っておいてもらいたいから」
くすりと笑って付け足した。
"なんのことを?"、なんて
「ふふ、じゃああたしはもーっとたくさん教えてもらわないといけないわね」
ようやく
壊してみればあっけないもので、抱えていた不安や目に見えない恐怖は綺麗さっぱりなくなってしまった。
「そうだねぇ。手始めにさっきの話の続きでもしようか?もう時間のこと気にしなくてもよくなったからね」
軽い調子で楽しそうに言う。抱きしめてくる力は緩めで、いつも以上に穏やかな雰囲気が伝わってくる。
「あたしが時間気にしてたこと、わかってたんだ」
「うん。顔見えなくても身動きすれば伝わるから。ちょこちょこ時計の方見てたでしょ?」
「ん」
知られていたことが恥ずかしいのと、それだけ気にかけてもらえていたことが嬉しいのと。どこかくすぐったいような気持ちで、彼の首元に顔を埋めた。
「あはは、くすぐったいよ」
「…ほら、お話の続き」
身をよじる恋人にひっつきながら小さく伝える。
今あたしを包んでいる温かさと匂いと、力強さと柔らかと。考えてみれば、この幸せとも言える心地よさを得られるまで色々と大変なことがあった。
あたしたちの関係って、
「いいよ。どんな話だったかな。一年後までの話で…そうそう。日結花ちゃんから質問を受けていたんだった」
「質問?…ん、そうだったかも」
質問と言われ思いついたことがあり、ちゃんと相手の顔が見えるところまで身体を離す。
「ね、
「ん?なに?」
ふわふわと柔らかく笑う姿からは、あれだけ大変な道を歩んできたとは到底思えない。
それでも打ち明けてくれたものは本当で、それはきっとこの人にとって既に終わったこと。だから今、こうしてあたしに笑いかけてくれている。
大好きな人の笑顔も、そうした積み重ねの上に成り立っていると思うと少しだけ違って見える。ただ、あたしがしてあげられることは変わらず一つだけ。
「聞いてもいい?」
「うん。いいよ」
それは恋人になる前からしてきたことで、恋人になってからも続けられること。より近い場所にいられるから、今までより幅は広がるかもしれない。それでも根本的には変わらない。
「恋人になったあたしは、あなたからだとどう見える?」
それは、側にいること。
簡単そうに見えて、すごく難しいこと。けれど、人が生きる上で一番大切なことになる。
誰かに支えてもらえる。
誰かに認めてもらえる。
誰かに愛してもらえる。
誰でもいい、その誰かがいるだけで人は生きる気力が湧いてくる。そんな生き物だから。
郁弥さんにとっての誰かが、あたしになればいいなと、そんな風に過ごしてきた。
今あたしは、実際に彼のその"誰か"になれていると思う。この先ずっと、この愛おしい人の側で"誰か"として寄り添っていくことがあたしの新しい目標。そう、言うなれば。
「誰よりも、何よりも、世界で一番に魅力的で可愛く見えるよ」
恋人として…ううん。"恋よりさきのその先で"生きていくこと、かな。
「ふふ、ありがと。郁弥さんだーいすきっ」
大好きな人の柔らかな笑顔を見ながらもう一度ぎゅーっと抱きつき、そんなことを思った。
(了)
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