58. 『お食事あーん作戦その1』



恋人っぽくデートらしい幸せなお喋りを続けているうちに、店員の人がパンケーキを持ってきてくれた。


「じゃあ取り分けようか」

「そうね。あたしが取り分けた方がいい?」

「はは、いいよいいよ。ナイフは僕が持ってるからね」


さらっと断られて、そのまま手際良くパンケーキを取り分けてくれた。さすがあたしの良い人。手慣れた作業に胸キュンが…手慣れた?それはつまりパンケーキの切り分けをスマートにできるくらい"誰か"と食事をしているということじゃなくて?…。


「一つ聞いてもいいかしら?」

「ん、なにかな?なんでも聞いてよ」

「ええ。取り分けなのだけど…結構手慣れていない?こういうお店よく来たりするの?」

「別に手慣れてないと思うけど…あんまり来ないかな。甘味はともかくパンケーキのお店はほとんど行ったことないよ」


…うーん、あたしの考えすぎ?というより疑いすぎ?かも。


「そう…郁弥さん。デートとか割とするの?」

「え、しないよ?デートって言い切ったお出かけは初めてだって言わなかった?」

「ふーん…はい、あーん」


あたしの質問に不信感を持ったのか、微妙な表情を浮かべる。それでも答えてくれるところが彼らしい。

…にしてもお出かけって、この人定期的にお子様っぽい言葉の選び方するわね。嫌いじゃないけど。


「え、あ…んむ…」

「デートじゃないお出かけはするのね?」

「う、うん。それなりに?」


顔を赤くして頷く。

お出かけ…お出かけね。


「そのお出かけは誰と行くの?はい、あーん」

「あー…ん…え、ええと…同僚とか取引先の人とかだよ?」

「ふむ…もちろんお仕事の人よね?」

「うん」


同僚とか取引先とか…あれよね。これ相手は女性よね。


「その人たちの性別は?あーん」

「あ…あむ…ええと…なんで僕尋問されてるの?」

「尋問なんかじゃないわよ?ちょっと気になって聞いてるだけでしょ?ほら、あーん」

「…んん…」

「どう?美味しい?」

「お、美味しいですけど…すっごく恥ずかしいです…」


ますます真っ赤になって照れ照れと答えてくれた。

照れ屋さんと違って、あたしの方はそこまで恥ずかしくない。この羞恥にあふれる"あーん"。やられる側と違ってやる側は楽しかったりする。

恥ずかしさとか照れとかあるけれど、それ以上に満足感がすごいのよ。こんなに楽しいのは久々。もう作戦成功といってもいいわ。


「ふふ、それでどうなの?男の人?女の人?はーい、あーん」

「…ん…どっちもかな。男女問わずだよ」


はぁぁ…幸せっ。もう大満足。ナイフで小さく切ってフォークで差し出せば何度でも食べてくれるし、ちゃんと付き合ってくれるのよねー。あたしへの愛を感じるわ。ここまでしちゃったら、あたしたち恋人とか越えて夫婦でもいいんじゃないの?…夫婦かぁ、えへへ。


「えへ、そうなんだー?あーん」

「…あむ」

「ふふ、何回くらい行ったの?そのお出かけ。あ、女の人だけでいいわよ?」

「…5回くらいは行ってると思うけど」

「へー、はいあーん…それだけ行ってもデートはあたしだけなのねー、ふふ」


幸せすぎて色々気が回らない。

頬が緩んで仕方ないわ。


「あむ…うん。わざわざデートって言ってきた人いないからね。あはは、その点日結花ちゃんは積極的なのかな?」

「あら、ふふ、あたしが積極的じゃなかったらあーんなんてしていないでしょう?はい次ー、あーん」

「あー…んむ…そうだね。なんか…はは、楽しくなってきた」


恥ずかしさは既にほとんどないのか、にっこり笑顔でもぐもぐ。あたしも楽しくて嬉しくて尋問どころじゃない。


「えへ、あたしもよ…とりあえずはこれで終わり、あーん」

「…んん…ふぅ、ごちそうさま。こんな楽しい食事は初めてだよ」

「はー…楽しかった。ねえ、今度は交代しましょ?」

「うんいいよ。こっちはまだ手つけてないからね」


あたしのお皿にあったパンケーキがなくなって、今度は郁弥さんが食べさせてくれる番。この食べさせ合いが予想以上に楽しくて、お互いノリノリ。

単純に味が気になってるし、あたしもお腹減ってるのよ。べ、べつに食べさせてほしいとか…そういうのじゃないわ。


「…これくらいの大きさでいいかな…はいあーん」

「…ん」


差し出されたフォークには小さく切られたパンケーキのかけら。器用にもフルーツを載せてくれている。

もっと照れるかと思ったらそうでもない。郁弥さんが食べさせてくれることが嬉しくて…不思議。すっごく楽しい。…えへへ、こんなに美味しく感じるのね。


「んー美味しい!…ね、ね、どう?あーんした感想は」

「え?んー…されるより楽しい?かな。自分が食べさせてると思うと…うん、あったかい気持ちになるよ。微笑ましい?みたいな感じかな…上手く言えないけど」

「ふふ、あたしと同じねー。わかるわよ、それ。小さい子に食べ物食べさせてるときみたいな…」

「「あ、これが餌付けか」」


同時に思いついてハモリが生まれた。

ほんっと気が合うわね、あたしたち。…長年連れ添ったパートナーみたい。


「あはは、被ったね。やー、でもほんとに餌付けっぽくてさ。はいあーん」

「んんー…ふふ、いいのいいの。あたしも同じこと思ったから」

「それはよかった…日結花ちゃんはどう?食べさせるのと食べさせられるの。どっちがいい?」

「そうねー…あたしも食べさせる方かな」


今みたいに郁弥さんが優しく食べさせてくれるのもいいけど、最高だけど…食べさせる方は彼の無防備な顔とかちょっと照れが入った瞳とかきゅんきゅんするし、あたしがそんな魅力引き出してると思ったらもう…幸福よね、これは。


「やっぱりそっかー。食べさせる方が楽しいよね。はい、あーん」

「あー…んふふー、もう、そんな話途中にさらっとあーんしないでよ」

「あはは、ごめんごめん。楽しくってさ、ついね」

「ふふ、ついなら仕方ないわ。ほら次次。んー」

「っと、あーん…うんうん、はは、日結花ちゃん可愛いなぁ。食べる姿もすっごく可愛い」

「えへへー、ありがと。どんどん食べちゃうわよー」

「おっけー、あーん」

「ん…んー美味しいっ」


食べるごとにふわっと温かくて心地いい気分になる。このパンケーキの味だけじゃなくて、こうやって食べさせてもらっているからだと思う…ずっとあーんされ続けるのも悪くない。

こんな素敵な気持ちになれるなら…食べさせてもらうのも良いかも……あー、うん。もうどっちでもいいわ。どっち側でも幸せになれるもん。



「…私たちさ、スイーツ食べにきたんだよね」

「…その予定だったはずだよ」

「…あの二人なに?やばくない?」

「やばいっていうか…どれだけ幸せオーラ出してるの?って感じかな」

「そうだね…羨ましいくらいだ」

「まじ楽しそうだしさー、幸せのおすそ分け欲しいくらいよ、あたし」

「…いいなぁ、年上彼氏」

「「わかる!」」

「私も年上のあんな優しそうな彼氏が欲しい…二人とも紹介できたりしないか?主に私に」

「いやいたらあたしがもらってるって…むしろあたしに紹介してくんない?あんたん家横の繋がりすごいんだしさー」

「それ!私も思うんだよ!紹介してくれないかな!?」

「…君らねえ。うちの親戚なんてみんなお固くて面倒でプライドの高いガキばかりだぞ?あんな包容力にあふれた大人の男性いるわけないだろう…あぁ、羨ましいぃ」

「…なんかごめんね?」

「…悪い。なんか悪かったわ。ごめん」


「…ふふ、なぁに?あそこのカップル気になるの?」

「い、いや…うん。まあ気になるよ。だってあんな楽しそうで…笑顔で…」

「うふふ、羨ましいのねー。あ、私たちもやる?」

「えっ!?やるって…あの"あーん"を!?」

「うんうん。そうよ?だってやりたいんでしょう?」

「う…やりたいけど…恥ずかしいよ。あの二人だって周りみんな見てるし…本人たちは気づいてないみたいだけど」

「うふふ、そうねー。じゃあ私たちは今度私の作ったご飯でやろっか?いつもよりもーっと美味しくなるかもね。ふふ」

「…でもお母さんいるでしょ?お父さんも。僕がお邪魔したら悪いんじゃ…」

「あはは、大丈夫大丈夫。お母さんもお父さんも歓迎してくれてるから。息子ができたみたいだーって、前に来たときから次はいつだー?って聞いてくるくらいなのよ?」

「…そっかぁ。じゃ、じゃあ今度またお邪魔します」


「…いや、なんで俺こんなところ来てるのよ」

「ん?まさかあたしと来るのが嫌だったとか?」

「いやいやいや!そんなことないです!だからナチュラルに足蹴らないで!?普通に痛いです!」

「ふん…で?なに?来たくなかった?」

「そうじゃねえよ…ただ、こんなカップルだらけの中に俺らが来てもなぁって。俺ら恋人…じゃねえよな?あれ?恋人?…恋人じゃないよね?」

「…なんでわかってないんだよ、あんたは。あたしはあんたに告白されるまで恋人になった気はないから。あんたはどうなの?」

「…まあ、そうだな。俺もだよ。でも、お前のことは好きだよ。それははっきりしてる」

「は、はぁ!?あんたそ、それ…ええと、こ、告白した…の?」

「は?いやまだ告白じゃねーけど?」

「っ!っ!」

「痛い!痛いです!蹴らないでっ!?なんか悪いこと言ったか!?俺!?」

「…ばーか、ふん…ふふ」



「……」

「……」


お店を出て熱が冷めた。あの楽しい空間に浮かれてやりたい放題やってしまった。あそこまで大胆に楽しむつもりはなかったのに…。

当然あたしたち以外にも人はたくさんいたのよ。出るときになって気づいたから全然見なかったけど…女の子のグループとカップルが多かったような…。


「ね、ねえ!今日は楽しかったわね!」

「う、うん…デートに誘ってくれてありがとう」


あたしと同じように顔を赤くして、はにかみ笑顔でお礼を言う。


「…あたしも、デートの楽しさがわかったわ。付き合ってくれてありがと」

「あはは、それならよかった。今日は楽しめたかな?」

「うん…人生で何度目かに上るくらい楽しかった。終わって恥ずかしかったりもしたけど、やっぱりあーんするの楽しかったわ。またやりたいくらい」

「…そうだねー。こういうスイーツ食べるところでまたしてもいいかもね」


ぱちりとウインクを投げかけてきた。

…なんでかしら。こんなかっこつけたやつなのに様になってるのよ。自然とやるから?…かっこいいからなんでもいいけど。


「そんなウインク程度であたしは口説かれないわよ?」

「いや…口説いてないよ?というかこのやり取り何回目?」

「ふふ、どうかしら?本当に口説いてもらっても結構よ?」

「いえいえ、姫様を口説くだなんてとんでもない!わたくしは姫様を守る騎士ナイトですので」


芝居がかった仕草と口調をしてみれば、合わせてそれっぽい言葉を返してくれた。意外に上手くて驚き。あたしの騎士様きしさまは演技もできるらしい。

こうやって、あたしに合わせて思ってること、願ってることをやってくれるのが郁弥さんなのよねー。また好きになっちゃったわ。


「ふふ…はー楽しいっ」

「こちらこそ…久々だなー、なんか。一日が終わっちゃうのを惜しく感じるよ」

「あら、そこまで思ってくれるとは光栄ね」


フリルーモを出ると、いつのまにか空は暗くなっていた。郁弥さんの言葉を聞いて時計を見れば時刻は17時を過ぎてしまっていて…。


「わ、もう17時じゃない…」


彼が惜しむ気持ちもわかる。もっとお喋りしたいし、まだまだやりたいことばかりなのよ。話し足りないわ。


「そうなんだよ…だから、もうお別れなんだ」

「そんな悲しそうな顔しないで…ていうか今生の別れでもなんでもないから。わざとらしく悲しむのやめなさい」

「あ、わかっちゃった?」

「ふふん、そりゃこれだけご飯食べたりデートしていればわかるわ。あたしの参加してるイベントにはサイン会しか来てないけれど」


いくら眉を下げてそれっぽく表情作っても無駄よ。恋人こいしてるひとのことくらいわかるわ。


「…あの、根に持ってる?イベント行かないこと」

「いーえ全然?ファンならイベントでお金落としなさいよとか思ってないわ。特に郁弥さんはあたしとデートする中なんだからイベント来て応援するのは当然、なんて思ってないわよ?」

「…気が向いたらね?」

「ぐ…そもそも!なんで来たがらないの?前回のラストショーだって"あおさき"好きなら十分楽しめるはずよ?」


歌劇は別として、この人サイン会しか来ないとかあたしのことほんとに好きなの?サインぐらいいくらでもあげるからそっちは来なくてもいいくらいなのに。トークショーとか来て!ちょっぴりやる気上がるから!!

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