45. ゆのくにの森観光
「あたしの勝ちね」
「…途中の1問が敗因だったわ」
問題を答えていった中、簡単なものはあたしがときどき、知宵はほぼ全部正解。減点問題の方は相変わらず複数で、だいたいは知宵が減点されてあたしの勝ち。それを繰り返して3回ほど。知宵が簡単な問題をミスしてあたしの勝ち越しに終わった。
「これであたしと知宵が同点よね?」
「ええ。次何かあるとしたら…明日になるかしら?」
「そうですね。次は明日の山中温泉でになると思います」
そんな話をしながら席を立って移動をする。時間を見てもクイズ開始から10分程度しか経っていない。ぽんぽん答えていっただけのことはある。温玉ソフトを食べた場所から少し戻って
今度はきちんと読める。もう忘れないと思うわ。
「そもそも九谷焼ってなんなのよ。陶器?陶芸とかそういうやつ?」
「知らないわ。日結花、カードが来たわよ」
「あー…説明か。どっちが読む?」
「読みたい?」
「ううん、どっちでも。知宵が読んでくれるなら読んで?」
高凪さんから渡されたカードに説明が書かれている。リスナーに向けた軽い説明の時間。
なんか久しぶりに感じるわね。兼六園でも似たようなやつ読んだはずなのに、今日の時間が濃密だからか久しぶりな気する。
「わかったわ。…"九谷焼は、日本を代表する
「長いわね…ていうか、本とかネットとかの文章読み上げてるとしか思えない感じだったんだけど。知宵の声はすっごくよかったのに…」
「あら、ありがとう。文章はそうね。"九谷焼の歴史・魅力 - 九谷焼|九谷満月"というインターネットサイトから引っ張ってきたらしいわ。律儀にもこの名前も読み上げてと指示があったわよ」
「…そのまんま引っ張ってきたのね」
それなら専門用語満載の解説文章でも納得。なんとなく言いたいことは伝わったから、たぶん大丈夫。これくらいの解説ならリスナーでも大丈夫よ。…大丈夫よね?
「日結花。裏にも書いてあったわ。こちらはあなたが読んで」
「あ、うん。ええっと、"これから出てくる友禅は布への染め方です。
もうささっと書いたのが丸わかりな文章。ちょろっと調べてさくっと書き留めたようなそんな文章だわ。さっきの九谷焼との落差が激しすぎる。解説に時間をかけるのが嫌なのはわかるけれど、これは雑すぎる。あたしでももうちょっと真面目に解説するわよ。
「雑なのはともかく、越前は抜いて順番に見ていくのね」
「越前は時間の都合かしら?」
「ええ、おそらく…ほら、高凪さんと史藤さんが苦い顔をしているわ」
「あ、ほんとだ」
そんな雑談を交わしながら足を進め、さっきの解説のように"ゆのくにの森"を回っていく。
「ふーん、やっぱり綺麗ね」
「いいお皿じゃない。実際に使う気にはなれないけれど」
「まあ、観賞用でしょ?飾り皿とかそういう系の」
「こっちにはこういうのもあるんだ」
「それは、ネックレス?」
「チョーカって書いてあるわね」
「そう…。日結花、買う?」
「んー…あたしは使わないかな。知宵は?」
「私もいらないわ」
「マグカップもあるのね」
「どれ?」
「ほら、ここ」
「あ、ほんと…使うのもったいなさそうって思うのあたしだけ?」
「いえ、私もよ」
「ここが金箔の館…ちよ…あれ、知宵?」
「日結花、どうかしたの?」
「…あんたなにやってるの?」
「ブライトナノローションを試しているのよ」
「…うん。それはわかる。わかるけど…行動早いわね」
「ふふ、せっかく来たのよ?試さないともったいないでしょう?」
「…あたしも試してみる」
「さすがに金色がすごいわ」
「どこを見ても金色というのもなかなかないわよ」
「金閣寺くらい?こんな金ばっかりなのって」
「そうね。私もそれくらいしか思いつかないわ」
「値段もそんな高価じゃないからいいわね」
「ふふ、日結花、純金箔のアクセサリーでも買う?」
「…遠慮します」
「知宵ー。買いたいものでもあった?」
「…少しブライトナノローションで迷っているわ」
「ぶら…さっきの化粧水のこと?」
「ええ。どうしようかしら」
「そんなに欲しいなら買えば?」
「そう…そうね。小さいのを買ってみるわ」
「はいはーい。買ってきなさい」
「和紙の館かー…」
「和紙といえば…折り紙?」
「うーん、イメージとしてはそうよね。あとしおりとか?」
「あぁ。しおりは確かにそうね。日結花は使っているの?しおり」
「え、使ってないけど?本読むときは京都で買った板みたいなやつ使ってるし」
「板って…言いたいことはわかるけれど、言い方というものがあるでしょう?」
「板だけに言いたいって言ったの?知宵もいきなり変なこと言うわね」
「ち、ちがっ!」
「そっか。厚紙とかあるんだ」
「これだけ綺麗だと使い道限られそうね」
「例えば?」
「そうね…おしゃれな手紙や紙細工。あとはちょっとしたアクセントにも使えそうだわ」
「なるほど…ささっといくつか挙げたけど知宵使ってたりする?」
「いえ、まったく」
「おー、扇子」
「忘れていたわね。和紙といえば扇子じゃない」
「うん。あたしも完全に忘れてた。扇子があったわ」
「日結花も扇子は好きだったわよね?」
「うん。知宵もでしょ?」
「ええ」
「…あたし、もう3つくらいは家にあるのよ」
「私もそれくらいはあったはずだわ…」
「…もういいかな」
「…そうね」
色々と見て歩いて、残りはお茶と友禅の館と輪島塗の館になった。
収録時間的にも30分は過ぎてると思う。早くお茶したい…けど、ちょっとその前に。
「知宵知宵」
「なに?」
「お手洗いに行きたいわ」
「…そう。行ってきなさい」
「むぅ…」
薄情な。一緒に行ってくれてもいいじゃない。
ひらひらと手で追い払ってくる知宵を置いて一人"
「お待たせ―」
「いえ、時間は大丈夫よ。それじゃあ続きをするけれど、準備はできているかしら?」
「うん。大丈夫」
高凪さんに向けて頷いて収録を始めてもらう。フリを受けて始めるも、途中からなため特に説明や導入は必要ない。本当にさっきの続きで話すだけ。場所は方丈庵の前。
「ようやくやってきたわ…」
「結構かかったわね。"ゆのくにの森"も残りわずか。そこで方丈庵にやってきました。方丈庵は甘味処、今風に言えばカフェです」
「唐突な解説ありがと」
「いえ、ここまでまともに建物について説明した記憶がなかったから、一応ね。一つくらいはしておいて損はないでしょう?」
「うん……まあいいわ。それより入りましょ」
「ええ」
知宵のよくわからない持論をさくっと流して方丈庵の中へ。外観はこれまでと変わらず日本風。入口に"くずきり"とか"田舎ぜんざい"とか書かれているのが甘味処っぽい。実物のコピー…なんて言ったかしら。
「ねえ知宵。ああいうお料理のコピーってなんて言うんだっけ?」
「…食品サンプルのこと?」
「あぁそれ。それよ。ありがと」
「コピーって…どんな名前想像していたのよ」
「え…模造品とかコピー品とかだけど…」
「…そう。そんなことより早く入りなさい。後ろがつかえているわ」
「そんなことって知宵が。あぁ、もう押さないでよ入るからっ」
背中を押してくる知宵から逃げるように方丈庵へ入った。中には既にあたしたち以外の三人が揃っていて、お店の人と話をしていた。
後ろがつかえているって…誰もいないじゃないの。あたしの話流すために誤魔化したわね。
一人頭の中で文句を言いつつ席に案内をされ、みんなでお抹茶のセットを注文。ここで重いものを食べるのはよくない。あとで美味しいものが待っているから。
「ここ、温かい抹茶飲めるんだ」
「あぁ、あなた飲んだことがないと言っていたわね」
「うん。だからどんなのかなーって」
「ふふ、私は言わないでおくわ。せっかくなのだから冷たい抹茶との違いを味わうべきね」
「わかった。そうしてみる」
ここまでの観光話に花を咲かせて数分。お店の人がお盆に器を載せて持ってきてくれた。
「お待たせしました。お抹茶とお茶菓子のセットです」
"ごゆっくりどうぞ"と声をかけてから戻っていった。持ってきてくれた注文品は薄緑の泡が立つ抹茶と白のお茶菓子。お茶菓子には木でできた串がついていて、それで食べるのだと思う。
「「いただきます」」
二人揃って抹茶の器に手をかける。
「……ほっ」
ほっとするわ。冷たいのと違ってなんか…落ち着く。
「ふぅ…美味しいわね。どうかしら、温かい抹茶の感想は」
「美味しいわよ…美味しいけど、やっぱり苦くないのね」
「日結花は苦い方がよかった?」
「ううん。イメージが苦かったから」
「なるほど…」
きちんとしたお店で茶器を使った抹茶なんてみんな苦いと思っているはず。もちろん飲んだことない人限定で。実際は、その苦いイメージなんてまったくの見当違いだった。
普通のお茶よお茶。苦いというより濃い?みたいな感じかしら。
「ん…お茶菓子って崩すのもったいないわねー」
「…言いながら崩して食べている人に言われたくないわ」
「おー、これ美味しい。あんこと抹茶すっごく合う。さすがお茶菓子っていうだけあるわ」
「…ふむ、ええ。確かにそうね。美味しいわ」
のんびり、とまでいかず案外さっくりとお茶休憩は終了。
糖分を身体に入れて元気も回復。ここで見るところもあと少し、ちゃっちゃと収録しちゃいましょ。
「はー美味しかったー」
「寄ってよかったわね」
「ほんとにねー」
お茶菓子の量も軽く抹茶とはいえ飲み物。美味しくいただいてごちそうさまをさせてもらった。お店を出て、来た道を戻りつつ話をする。
「じゃあ次に行くわよ。準備はできている?」
「いいわ。あたしは大丈夫」
「そう?それなら高凪さん。マイクの方をお願いします」
「あ、もう録ってますから大丈夫でーす」
「「……」」
…まあいっか。もう慣れてきちゃったわ
「さて、気を取り直して次はどこにあるの?」
「ええ。友禅の館は目の前。輪島塗は"ゆのくの森"入口方向に進めばあるわ」
「あー、そこに見えるのが友禅の館?」
「ええ。そうみたい。行きましょう」
「おっけー」
「あら可愛い」
「…日結花」
「え、どうしたの?」
「私は今一番欲しいと思うものができたわ」
「へー、どれ?」
「タオルよ。可愛いわ」
「あぁ、知宵って少女趣味だったわね」
「ば、ばかにしないでもらえるかしらっ!?」
「いや、ばかにしてないから。むしろ褒めてる?」
「そ、そうなの?あ、ありがとう…」
「…あたしも買おうかなー」
「髪留め…髪留めね…」
「ん?またいいのあった?」
「いえ。髪留めを買おうか悩んでいただけよ」
「そっか。知宵って、髪の毛後ろで留めてるものね」
「そうなのよ。シュシュかリボンかバレッタを使うことが多いのだけれど、ヘアスタイルによってはヘアピンも使えそうで…」
「ふーん…あたしの場合髪留めはうちにたくさんあるからいいかな。知宵もこれを機会にヘアアレンジ色々してみれば?楽しいわよ?」
「…迷うわ。面倒なのよ。わざわざ私が時間を割いてそこまでする必要がある?」
「髪の毛ふぁさふぁさ見せびらかしながら言うのやめて、ヘアゴム解くわよ」
「や、やめなさいっ」
「あ、これ靴下じゃない」
「ロングにショートに、どちらもあるわね。買うの?」
「うーん…可愛いんだけど、たぶん使うなら家用になるのよね」
「そう?私なら普段使いするわよ。この茶色のものや薄青のものは服に合わせやすいでしょう?」
「むぅ、じゃあ買おうかな。ピンクのと茶色のにするから、それ渡して」
「…私は薄青の方をおすすめするわ」
「えー…別にいいけど。じゃあそれとピンクの。ほら、買ってきて」
「ええ。買ってくるわ…ちょ、ちょっと待ちなさい。どうして私が買いに行かなければならないのよ」
「ばれたかー。はいはい。あたしが買ってくるわよ」
「漆器というと、知宵は家になにかある?」
「私の家にあると思う?」
「…それもそうね」
「あなたはどうなの?」
「あたしは…どうかなぁ。使ったことないけど器とか食器棚にありそう」
「あぁ…あなたのご両親ならあるかもしれないわね」
「スプーンかー」
「買うの?」
「…いや、やめとく。たぶん使わないし。スプーンならうちにもたくさんあるから」
「私も同じよ。特に一人暮らしで漆器のスプーンなんて必要ないわ」
「これ、掛け軸?」
「どれのこと?…ふむ、綺麗なもの見つけたじゃない。掛け軸ね」
「うん。すごく綺麗」
「日結花はどれが一番いいと思う?」
「あたしは桜のかな」
「ふふ、気が合うわね。私もよ。下地黒に桜がよく映えているわ」
「…どうしよう。これ買おうか迷う」
「迷ったなら買った方がいいわよ」
「…知宵は買わない?」
「そう、ねぇ。私の家は飾る雰囲気でもないからいらないわ」
「そっか。ならあたし買うわね」
石川まで来て一日収録を続け、ようやく知宵の家に行く時間。既に夕方。時間は17時半を回ったところ。途中にちょくちょく休憩入れてきたにしても、結構疲労は溜まった。
いくら"あおさき"が自由で気楽にやれるっていってもね、お仕事はお仕事なのよ。それなりに気は張るし、お仕事だってこと意識しないといけないから。長時間やってれば疲れるわ。喋り続けるのって疲れるのよ?
「ここが知宵の住んできた家……」
「意味深に呟くのはやめてもらえるかしら。ここはホテルでしょう?私は来たことすらないわよ」
「そっかー。自分の家近いのにわざわざ観光客向けのホテル行かわけないわよね」
「ええ。というか、リスナーへの説明はしないつもり?」
「んーと…今あたしたちはみんなが宿泊するホテル、の駐車場に止めてある車の中にいます。あたしと知宵は知宵の家に泊まるので待ちですね。知宵の家に行くってことを決めたのが遅かった結果、あたしたち二人と他のみんなが別々になりました。キャンセル料とか知宵の家の事情とか色々重なってこうなっています」
「捕捉すると、チェックインを終えた後に私がうちまで先導します。収録については高凪さんから車内で録っておいてと言われたのでマイクを入れていますが」
「正直そんな話すことないのよねー。結局車の中だから景色もなにもないもの」
知宵の実家に着いてからならいくらでもあると思う。知宵の部屋とか知宵の思い出とか。歩いていれば見るところだってあるし、それだけ話せることができるから。比べて今は…駐車場から見える家と道路だけ。
「知宵なんか話すことないの?このままだと大半カットよ?ここ」
「カットでもいいと思うのだけれど…。そうね。明日の観光について話でもする?山中温泉のことなら少しは話せるわよ」
「おー、ちょうどいいじゃない。じゃあ予定表にある場所説明しちゃってちょうだい」
「わかったわ―――」
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