30. 新年①
◇
1/1ともなると人が多いのは当然。朝から神社で初詣。着物とかは特に着ていない。普通の冬服で外に出てきた。
「日結花は何を願ったの?」
「そんなのい…」
あ、あぶなかった。郁弥さんがあたしに悩みもなにも全部教えてくれるくらい心開いてくれますように…なんて人に言えるわけない。
「言わない。人に話したら叶わないってよく聞くじゃない」
「…そうね。あなたの顔を見てだいたいわかったわ」
「それは」
「あら、二人は何を願ったの?」
なにか察して笑う知宵に抗議しようとしたら、先に済ませていたママが声をかけてきた。
「私は仕事について少し。日結花は秘密だそうです」
「ふふ、秘密、ね。少なくとも仕事に関することではない、のかしら?」
「秘密は秘密!ママでも言わないから。あとパパも聞こうとしないで」
「…はい」
「あら、正道さんも振られちゃったわね」
「…まあ僕だけじゃなくて誰にも言わないみたいだからね。こんなものさ」
肩をすくめて軽く話す。
パパの言った通り、誰にも言うつもりはない。ていうか言えない。簡単に言えるくらいの精神力してたらもっとさくっと色々終わってるわよ。
「ママとパパは何をお願いしたの?」
「私?私は家族の健康よ?」
「僕は家族の笑顔かな」
「素敵な願いね」
「杏もね」
あたしと違って優しいお願いだった。さすが年の功。願い事も私利私欲にまみれていない。
「優しいご両親ね」
「そう?知宵には負けそうだけど」
「ええ。うちの両親は家族どころか私だけに対するお願いだったわ。自分たちを含めてくれてもいいというのにね…」
困り顔で自慢なのかそうじゃないのかなんともいえないことを言う。反応に困る。
「ええと、知宵が家族の平穏を願えばちょうどよくない?」
「ちょうどいいって…言いたいことはわかるけれど、願い事に対する使い方じゃないでしょう」
うん、ごめん。あたしも言葉間違えた。平穏って時点で大げさよね。もっとフラットな言い方が正しかったかも。
「まあいいわ。私が家族について願っても向こうはそんなに喜ばないのよ」
「だから自分のことお願いしたの?」
「ええ」
ぽつぽつと会話をしながら歩く。お参りを終え、次は新年らしくおみくじ。
おみくじといえば、去年は大吉だった。色々悩まされたとはいえ総合的には大吉に見合う年だったとは思う。ほら、出会いとか出会いとか出会いとか。
「そういえばさ」
「なにかしら?」
「結局、知宵は郁弥さんに惚れた?」
「…あなた、ご両親に聞こえるわよ?」
郁弥さんの話がどうとか…去年はやっぱり出会いの年だったのかもしれない。素晴らしい出会いこそが神様の思し召しで、大吉パワーが全部それに使われた可能性はある。
あたし的にそれくらいの出来事だったのよ。
「平気平気。ほら、二人とも話に夢中でしょ?」
手のひらを後ろに向けてひらひらと振った。知宵が向けた視線の先ではパパとママが仲睦まじく話をしている。
「知宵ちゃんの髪綺麗ね」
「そうだね。何かケアでもしているのかな」
「色々としていそうだけど…うちの日結花も負けてないわよ」
「うん。日結花も髪長くしたら似合いそうだ」
「…いいわね。きっとすごく可愛くなるわ」
「…似合いそうなんだけど、僕は今の髪型が一番好きだなぁ」
「ふふ、私も同じ意見よ。日結花はサイドテールが一番だわ」
……。
「サイドテールが似合うそうね。よかったじゃない」
「言わないでっ!恥ずかしくなるから!」
ていうか恥ずかしいから…。どんな話かと思って耳澄ませたらこれ。あたしが聞いてないと思って勝手なことをっ。
「私も日結花にはサイドテールが似合うと思うわ。可愛いし」
「知宵まで変なこと言わないの!」
もう…嬉しいけど恥ずかしいわ。正面からそんな褒めてくるのなんて郁弥さんだけで十分なんだから…。
「…それより、ほら。惚れたの?惚れてないの?」
「…日結花の言った通り、彼は良い人だったわね」
おみくじを買う列に並びながら、ぽつりと呟く。隣を見ても、知宵は目を合わせず前を向いたまま。
「優しくて、落ち着いていて、雰囲気も柔らかく人当たりもいい。素敵な人だと思うわ。特に日結花が信頼している時点で私も信用できたのは大きいわね」
「そう…」
あたしも、知宵が好きな相手とか信頼してるとか言われたらある程度の信用はしちゃうかもしれない。
それほど良い印象なら、彼への好感度もそれなりには高いのかしら…。
「私が郁弥さん…いえ、藍崎さん……言いにくいわね藍崎って」
「え、いや…なんで今さら言い直したのよ」
真面目な空気だったのに一瞬で崩れ去った。声の固さもなくなって普段通りの緩い話し方になる。
あたしとしてはこっちの方が好きだし楽だけど…せめて言い切ってからにしてほしいわ。
「…男性の名前を下で呼ぶなんてはしたないわ。それほど仲が良いわけでもなかったのよ?」
「…昨日あれだけ呼んでたのに?」
「き、昨日は少し調子がおかしかっただけよ。年越し前で舞い上がっていたから…あなたも同じでしょう?」
「あたし?あたしは…」
……なんか色々失言した気がする。知宵も郁弥さんも気にせずがんがん話が弾んでたから気にも留めなかった。
「…やめましょ。この話は頭が疲れるわ」
「ええ。お互い色々話過ぎたわね」
もう少し自重するべきだったと若干後悔。軽く思い返すだけでも結構言っちゃってる。いつもなら頭でセーブしてる話もさらっと口に出して…やめやめ。顔が熱くなってきた。
「…それで、どうして名字に?」
「その前に、藍崎という名字は言いにく過ぎるからこれからも郁弥さんでいかせてもらうわよ」
「あ、うん。別にいいけど…そんな言いにくい?」
「…藍崎ってまるで私たちの番組名じゃない」
まるでというよりそのままなんだけど…そんな苦いもの食べたときみたいな顔しなくても…。
「そりゃそのまんまだし?それがどうかした?」
「…私には自分の番組をさん付けで呼ぶ趣味はないわ」
「そんな気になる?あたしは別に気にしなかったけど……」
そもそも呼ぶ機会が少なかったっていうのもある。単純に"あおさき"と藍崎さんがどうとか考えなかったっていうのも…ややこしいわねこれ。
「ううん。ごめん。気になるわ。ちょっと面倒ね」
「そうなのよ…私自身今さらというのもあるし、藍崎さんという呼び名は却下でお願い」
「お願いって…あたしがどうこう言うことでもないでしょうに」
昨日散々話しただけあってほんとに今さらって感じ。好きにすればいいわ。
「そうね…話を戻すけれど、彼が私の婿候補に良いかと思ったのは確かよ」
「婿候補って…」
恋人とかじゃないのか…もう結婚前提なのね。
はたから聞いたら完全に変な話なのに知宵の顔が真面目すぎてツッコミが入れずらい。
「ただ…」
言葉を区切ってあたしの目をしっかり見る。どこか寂し気な、それでいて羨望の色が混じった瞳。
「…日結花。あなたは…あなたと私を見る彼の目が違うことに気づいていた?」
「…そうなの?」
一瞬何を言われたのかわからなくて言葉に詰まった。見る目が違うって…全然わからなかった。そんな意識なんてしてこなかったから。
「その様子じゃ気づいていなかったようね」
「うん…まったく」
あたしの正直な感想にくすりと笑って表情を崩す。
「ふふ、それもそうね。当人にはわからないかもしれないわ。簡単にいうと、私はどこまでいっても"日結花の友人"なのよ」
「あたしの友人って、どういうこと?」
話が読めない。あたしの友人なのはいい。郁弥さんにとって知宵があたしの友達っていうのもいい。そこから先がイマイチわかんない。
「あなたと私を見る瞳の種類が違うだけのことよ。あんな優しい…それこそ幸福とでもいうような瞳は初めて見たわ」
思い返すように目を閉じて言った。
「…」
…幸福、幸せ。あたしが彼に何を与えられているかなんてまったく思いつかない。キーワードは一つ。ずっと頭に引っかかっている"恩人"という言葉。最初は何度か聞こうとして、その度にはぐらかされて、踏み込むのをやめた。あたしが聞いちゃいけないのかと思って。
「あんな顔で、あんな目で話せる人に私が立ち入れると思うほどうぬぼれてはいないわよ」
「そう…」
今のあたしからはなにも言えない。あたし自身まだ結論が出ていないのに、他の人に対してどうとか言えるわけないわ。
「彼の気持ちが恋慕なのか親愛なのか、それとも他の感情か。どれかはわからないけれど、強い想いであることには間違いないわ…あんなにまで想われるなんて、あなた何をしたの?」
「…わからないわよ」
そんなの知らない。思い当たることがないから困ってるんじゃない。
「…そうね。わからなくても仕方ないわ。あの人、壁を作っているもの」
「それはあたしもわかってたけど…」
冗談は言うし褒め言葉も言う。よく喋ってくれるし買い物もご飯だって付き合ってくれる…だけど、どこか一歩引いて話している気がする。
弱みを見せようとしないのよ。あの人がはっきり内側を見せてくれたのは10月末に話をしたときだけ。それ以来、一度も話してくれてない。顔には出すのに言葉にしないからもどかしくて…何度聞こうと思ったことか。
「…私には彼の壁を越えることができないわ…それはきっと、日結花にしかできないことよ」
「…そう、ね」
それもわかってた。郁弥さんのことだから、あたしなら踏み入っても許してくれる。ちゃんと話して本気で聞けば答えてくれる。そんなことわかってる…わかってるのよ。
「…聞いても…聞いたとしても、それであたしに何ができるかわからないんだもん」
ただ彼の心に立ち入って傷つけるだけ。傷つけた上でそれを癒せないと意味がない。
あたしには…そこまでできる自信がないわ。
「…確かに、あなたには足りないものだらけね」
「う…」
また真面目な顔で鋭いことを言ってくれる。
もっとあたしの心を労ってくれてもいいんじゃないかしら…。
「まず年齢。私や郁弥さんから見たら日結花なんて子供みたいなものよ」
「うぅ…」
そんなのわかってるし…あと2年。最低2年必要なことくらいわかってるわ。
「次に勇気。早く告白でもなんでもして玉砕しなさい。告白すれば何かしらの反応はあるでしょう?」
「玉砕なんてしないわよ!」
それに…こ、告白なんて恥ずかしいことできないわ。もっと親しくなってからにしないと。
「はいはい。あとは」
「あ、あのぉ。ご入り用のものがありますならおっしゃっていただけませんでしょうか?」
「「え」」
知宵が続きを話そうとしたところで横から声がかかった。二人して顔を向けると巫女服の女性が遠慮がちにあたしたちを見ていて…。
「ご、ごめんなさい!このおみくじください!」
「すみませんでした。私も同じものをお願いします」
すぐさま謝り、おみくじを引いて早歩きに人混みを抜けるはめになった。
…そういえばあたしたち、神社でおみくじ買うために並んでたのね。
新年1/1の初詣を終えて、行きと同じく帰りもパパの運転で家に帰ってきた。そうしてあたしの部屋。
「あー、つかれたー」
「…ようやく人心地ついたわね」
朝が早かっただけにまだお昼まで数時間はある。
さっき話が途切れて、ママとパパがいるところじゃできない話だったからここまでずっともやもやしてた。
「…ねえ、なんかおかしくない?」
もやもやを他所に気になったことを告げる。
部屋に帰ってきたのはいい…でもこれはおかしい。
「何かおかしいところでもある?」
「なんであんたがあたしのベッドに倒れこんでてあたしは椅子に座ってるの?」
昨日布団で寝たのはいい。もう諦めてたし終わったことだもの。それはいいのよ。
「あなたも布団に倒れ込めばよかったじゃない」
「いや痛いでしょ…」
ベッドと違ってスプリングもないんだから勢いよく倒れたら身体打つわよ。いくら冬用に布団とか毛布があるにしても痛いに決まってる。
「それもそうね…諦めなさい」
「はぁ…うん、諦める」
知宵が動く気配はないから諦めた。この子絶対動くつもりない。今だって仰向けのまま携帯取り出してぽちぽちし始めたし。
「それより知宵。あんた帰りの時間いつなの?」
「帰りというと、新幹線の時間かしら?」
携帯から視線をずらしてあたしを見る。朝から動いたからか、いつにも増してやる気のない表情をしている。
「ええ、その時間。できればうちを出る時間まで教えてほしいんだけど」
「新幹線は13時52分のはずよ。日結花の家は…わからないわね。今調べるわ」
携帯に目を戻して調べ物に入った。
知宵が調べ終わるまで暇ね…おみくじでも読もうかな。
「……」
お財布から折りたたまれたおみくじを取り出して開く。書かれている言葉はは大吉の二文字。去年に続いての運勢最高を勝ち取った。内容も良いことばかり。要約すれば、願いは叶うし探し物も見つかるし引越しや旅行にも最適。お仕事も順調で勉強も完璧。
その中で…一つ、気になることがある。大吉なのに待人のところだけ"縁はあるが自分次第"とかなんとか…ピンポイントで一番大事なところ狙ってくるのやめてほしいんだけど。ほんとに。切実な話よ?これ。
「日結花、わかったわよ」
「あ、うん。いつ?」
「12時15分にはこの家を出るわ」
「そっか。じゃあお昼は?」
「私は新幹線の中で食べればいいと思っていたのだけれど…あなたのお母さんが作ってくれている気がするのよ」
「…同じこと考えてた。ちょっと聞いてくるわね」
「ええ、お願い」
椅子から立ち上がって部屋を出る。
12時過ぎというと、今から約4時間後。4時間くらいなら話すこと話してるうちにすぐ過ぎると思う。
「ママ?いる?」
「いるわよ。どうかしたの?」
「うん、知宵が12時過ぎにうち出るって」
「そう…じゃあ11時頃にお昼準備しておくわね」
テーブルに座ったまま軽く笑って答えた。作らないという選択肢はないらしい。
「…うん。だと思った。じゃあ知宵に伝えておくわ」
「ふふ、よろしくね」
予想通りの展開にさっさと踵を返す。リビングを出ようとしたところで今度はパパから声がかかった。
「日結花、駅まで僕が送っていくよ」
「あ、ほんと?ありがと。じゃあそれも伝えておくわね」
送っていってくれるらしい。さっすがパパ。気が利く。知宵はうち出た後結構時間かかるんだし、これくらいしてあげた方がいいわ。金沢までって…3時間くらいだったかしら?うちから東京までは1時間かからないでしょ?あとは金沢から知宵の実家だけど…山中温泉って駅あった?
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