28. 年末話その⑤
「郁弥さん、あなた"あおさき"のDJCDを買っていたというのは本当?」
…そっちに行くかー。それは予想外。さらっと流れた話を引っ張るとは思いもしなかった。
ていうか、そこまで気にすることじゃないと思うんだけど…。
『え、うん。買ってるけど』
「…どれを買ったの?」
『全部だけど…』
知宵も変なこと聞くわね。郁弥さん困ってるじゃない。困り顔も可愛…じゃなくて、DJCD全部買ってるのなんて当然でしょ?
「そこまで"あおさき"のファンだったなんて…あのラジオの何がいいのか未だにわからないわ」
「パーソナリティーのあんたが言う?それ」
呆れ目で見ると首を振って、まるで心外とでも言いたげな表情を浮かべる。
「勘違いしないでほしいのだけれど、私は"あおさき"を嫌ってはいないわ。ただ、あのラジオが人気になる理由がわからないのよ。ほとんど私とあなたの雑談なのよ?人気になる要素が皆無じゃない」
「…それはたしかに」
皆無っていうのは言い過ぎにしても、そこそこの人気度を維持している理由はわからない。あたしはやってて楽しいけど、だいたい普段通りの会話して終わるから…特に意識していることもないもの。
「…ちょうどリスナーがここにいるし聞いてみる?」
「あら、それはいい考えね」
お便りを送る送らないは抜きにして、ラジオを聞いてくれてDJCDまで買ってくれていることに間違いはない。1リスナーの意見として参考になると思う。
二人してビジョンに顔を向けた。
『…もしかして僕に聞く?』
「もしかしなくても聞く」
『…うん。わかった。答えるよ。何が聞きたいの?』
すぐに諦めてなんでも答えてくれるって…あ、それなら。
「あたしの好きなところは!?」
完璧な質問をしてしまった気がする。今の流れならパーソナリティーとしての好きで通せるし、彼のことだからそんな感じで答えてくれるはず。
本心ですっごく嬉しいこと言ってくれると思うわ。よくやったわ、あたし。
『全部…って言いたいところなんだけど、全部じゃダメだよね?』
「ええ」
さすが郁弥さん。あたしのことわかってくれてるっ。
『うーん…元気なところ明るいところ可愛いところ楽しそうなところ…一番は、人のことよく考えてるところかな』
「ふ、ふーん。そう…あ、ありがと」
人のことなんて別に考えてないけど、彼がいうならそうなんだろうと思う…やっぱり照れる。もうこんなこと聞くのやめよう。まともに話ができなくなるわ。
「私の好きなところもあるのかしら?」
『え、知宵ちゃんはだらけてるところだよ?』
「な、なによそれは!?」
『日結花ちゃんと違って知宵ちゃんは声に張りがないなと思っていたんだけど…』
声に張りがないって、よく聞いてるわね…。そんな不安そうに言わなくても合ってるから大丈夫よ。
「う、嘘でしょう?」
「…なんであんたが驚いてんのよ」
ちょっと意味がわからない。
「なんでって…私は普段通りに話しているつもりなのよ…」
「お仕事してるときと気分違うでしょ?」
「え、ええ。あおさき"にプレッシャーを感じたのは最初だけだもの。緊張なんてしないわ」
『なるほど。単純に知宵ちゃんの自然体が"あおさき"だとそのまま出てるってことだね』
「そういうこと。あれでもまだお仕事っぽさは出てるのよ?あたしもちょっと前まで知宵の素がもっとひどいとは思ってなかったし」
その素顔が結構可愛いのは置いといて、あのやる気のなさは表に出せないわ。
「ひどいって…」
「あー、悪い意味じゃないから。ほらほら元気出しなさい」
「わ、私を子供扱いするのはやめてっ!」
悲しそうに目を伏せる知宵の頭を撫でたら払い除けられた。頬を赤く染めて睨んでくる。
やっぱり可愛い…この知宵も表に出せないわね。
『あはは、やっぱり知宵ちゃんはそのままがいいね。外で会ったときより今の方が魅力的だよ』
「~~!?」
…はぁ、あなたって人は。どうするのよ…知宵真っ赤になっちゃったじゃない…。
「はぁ…ねえ郁弥さん。人を口説くのはやめるって言ったわよね?」
『え、ええ!?そんなこと言った!?というか口説いてないから!』
今さら反論したって無駄よ。特に知宵なんて耐性皆無なんだから…ちょっときゅんとすること言われただけでこうなるのは当然じゃない。あたしですら今のセリフは胸にくるものがあったんだもの…。
「はいはい。次から気をつけてね。言っちゃったものは仕方ないわ。それより、DJCDどれが一番よかった?」
『え、ええと…知宵ちゃんは放っておいていいの?』
知宵は…ベッドの向こう側で顔をうずめている。だから郁弥さんの位置からは顔が見えない。
見えているのは…足とお尻ね。これは…うん。同じ女性としてよろしくない。教えてあげなくちゃ。
「全然よくない…ほら知宵。郁弥さんに気を遣わせてるわよ。この人男の人なんだから、襲われるわよ」
別にあたしなら襲ってくれても…あぁいや、犯罪になるわね。知宵なら別にいいけど、あたし以外に手を出すのは癪だし…やっぱりあたしと結婚するまで待ってほしい。だいたい6.7年くらい。
『ちょっ!?そんなことしないよ!第一、映像だけなんだから物理的に無理だって!』
「お、襲うってどういうこと…?」
『ほら、知宵ちゃんが困ってるよ…』
「郁弥さんが知宵の後ろ姿をちら見してたのが悪いわ」
「後ろ姿…?そんなものを見て何になるの?」
落ち着いてきたのか、まだ少し頬に朱色を残しながらもこっちに戻ってきた。あまり話を理解していない様子。
「自分の格好を忘れた?」
「寝間着、ね」
「その寝間着、ゆったりしてる?」
「いえ、普通だけれど…」
「…郁弥さん、回答」
『ええ!?そこで僕に振るの!?』
まったく理解せずぽーっとしたままの知宵はもう知らない。めんどくさい。ちゃっちゃと答え言ってもらおう。
「はい、早く。元はといえばあなたが原因なのよ?」
『…はい…えーっと…知宵ちゃんの格好、横になるとそこそこ身体のラインが見えるんだよね…』
「知宵、わかった?…って聞いてないか」
途中からまた奥側に行ってしまった。今度はちゃんとベッドに潜り込んで足もお尻も見えない。
「ふむ…」
『少し悪いことをした気分なんだけど…』
「んー…いい薬よ。知宵ってば無防備すぎなんだもの。あなたに対する男性意識が薄すぎるわ」
『…それは喜んでいいのかな』
当然。喜んでいいに決まってるじゃない。知宵がこんなにも素を出すなんて、両親の前かあたしの前か、あとは知宵の数少ない友達くらいよ。
「ええ。感謝してよね。あたしのおかげで知宵の警戒心解けたんだから」
『そうだね…八胡南で話してたときはここまで表情豊かな子だとは思わなかったよ』
「ふふ、これで知宵も少しはあなたを異性として…」
…あれ?ちょ、ちょっと待ちなさいあたし。彼から見て知宵の天然アピールがなくなるように仕向けたわけよね?…知宵が本格的に落ちるのは…ないでしょ。いくら郁弥さんが魅力に溢れたかっこいいお兄さんだとしても、知宵が惚れ込むのはないわ。ないない、セーフセーフ。
『…男として見られるのは喜べるかな。さっきみたいな無意識な女性らしさを出されると…どうしても意識しちゃうからさ』
「ふーん……ねえ、あたし、今下着してないのよ」
『っげほげほ!な、なにいってるの!?』
ふふ、顔赤くしてる。いいわ。そうこなくっちゃ。こっちの羞恥心は度外視して行くわよ。知宵も攻めて攻めて攻め落とせって言ってたもの。
「普通パジャマの下に下着着ないでしょ?」
『え、や、す、するよ?僕はしてるし』
「ん?郁弥さんブラしてるの?」
『…僕がしてると思う?』
「あはは、ごめんなさい。してるわけないわよねー」
不満そうな顔がキュート。
喋り方はいつも通りでも、まだ顔が赤いから完全に落ち着いたわけじゃなさそう。
『うん…ええと、こ、この話はやめよう!僕の心臓に悪いっ』
「ふふ、残念。もっとお話したかったのに」
『…知宵ちゃんと二人のときにしてほしいな。僕だって男なんだしさ…知宵ちゃんより日結花ちゃんの方がその辺意識してない気がしてきたよ…』
「…むぅ」
この人は…全然わかってない!今の発言はわかってない。あたしがどれだけ異性として意識してるか…そんなの結婚して一緒に暮らすところまで意識してるわよ。
「…あたしがあなたのこと男の人って考えてなかったらこんなことしないわよ」
『え…あ、ありがとう…』
恥ずかしいことを言ってしまった…そんな照れ笑いして見せないで。ほんとに恥ずかしいからっ。
「…あなたたち、お見合いでもしているつもり?」
『知宵ちゃん、おかえり』
「ええ、ただいま…というかどうしておかえりなのよ」
『つい勢いで。だめだった?』
彼らしくない発言。それだけ動揺しているのかもしれない。それならあたしも話した甲斐がある…ただ、どっと疲れた。
「べ、べつにいいけれど…それより、私が郁弥さんを異性として意識するとかしないとか話をしていたわね」
「あー、聞いてた?」
「包み隠さずにね」
あまり楽しくなさそ…うん?よく見たら知宵も頬ちょっと赤い?
「おかげさまで改めて異性として意識するはめになったわよ」
『…ええっと、軽くでいいからね?』
「わ、わかっているわ。私も気をつけるから…話を戻してもいい?」
『いいよ』
まだ顔を見るのは恥ずかしいようで、視線をさまよわせながら尋ねている。郁弥さんの方は軽く答えていて、普段のペースのままで余裕があるように見えた。
「結局、あなたが"あおさき"を聞いているのはどうして?」
一瞬目を合わせてぱっとそらす。
『…真面目に答えた方がいいよね?』
「当然でしょう。私をからかったら…ええと…
むっと眉を曲げて怒りのポーズをとる。いくら表情を作ろうとしても、そんな恥ずかしがってたら意味ない。
それに篭絡って…また可愛らしいお仕置きなことで。この子言いたいこと思いつかなくて、つい口走っちゃったやつだわ…その証拠に顔赤くして下向いてるし。可愛い。
『…どうしてと改まって聞かれると少し困るね。でも、そうだな…しいて言うなら、それが当たり前だから、かな』
当たり前…?…どういうこと?
「…ごめんなさい、よくわからなかったわ。もう少し詳しくお願い」
『あ、うん。そうだよね…うーんと、簡単に言えば君たち二人の声と話が好きなんだよ。二人が話しているのなんて他じゃ聞かないからさ』
「私たちが話す…」
「…まあ、たしかに」
話すときはよく話しているから考えたこともなかった。
リスナーにとってあたしたちの会話を聞くなんてラジオ外じゃありえないのよね。
『"あおさき"聞いてる側としては、二人の話を聞くことが一つの趣味みたいなものになってるんだと思うよ。他のラジオ聞いてる人も同じかな。お便り送るのを趣味にしてたり暇つぶしの人もいるだろうけど』
「んー…郁弥さんは?」
『僕?僕は趣味かな。好きだから聞いてるよ』
「ふーん…ふふ、そっかー」
"好きだから"、だって。嬉しいこと言ってくれるじゃない。あたしもあなたが好きだから今こうして話しているのよ?わかってる?わかってないわよね、知ってる…今度会ったら籠絡してあげようかな。
「趣味…そう、趣味ね…郁弥さん」
『ん?』
「私たちの声が好きと言ったわね。私と日結花、どちらの声の方が好きかしら?」
「っ……あたしも気になる」
真面目なトーンでなにを聞くかと思えば、また二極化しそうなことを…。
一瞬抗議しようかと思ったけど、出来心で知宵に賛成してしまった。
あたしを選ばなかったら…うう、悲しくなってきた…気になるなんて言わなきゃよかったわ。
『…知宵ちゃんも言いにくいことを聞くよね』
「あら、私は何を言われても気にしないわよ?早く教えてほしいわね」
恨めしげに知宵を見る郁弥さんとひきかえに、言い出しっぺは余裕の笑みを浮かべる。
『…知宵ちゃんには悪いけど、僕はもともと日結花ちゃんが好きで"あおさき"聞き始めたから、基本的には日結花ちゃんの方が好きだよ』
「ふむ…」
「やったっ!やっぱりね!郁弥さんはそうでなくっちゃ!さっすがあたしの見込んだ人!!」
そうそう!わかってる!こういうとききちんと言い切ってくれるところが郁弥さんの好ポイントなのよっ!はー安心した。ほんとよかったー。これで知宵に負ける要素が顔と身体と演技と歌唱力と…色々あるわね。…ううん。郁弥さんに好かれてるだけでもういいわ。
「日結花の方が上なのはわかっていたけれど、"基本的に "とはどういうこと?」
あたしが喜んでいる間にも知宵は真面目な顔で質問していた。
郁弥さんは…あたしを優しい目で見て…なにその綺麗な眼差し。すっごく恥ずかしくなってきたっ!!
『うん。即興劇?エチュードって言うのかな。何か演じているときは知宵ちゃんの方が良い声してるなって思うときもあるからね』
え、演技力の差……そんなのずるい。
「ふふ、そう。私のキャラね。参考に聞くわ。どんなキャラが好き?」
『…大人な女性かな。余裕のある落ち着いた女性役は知宵ちゃん上手いよね』
「やっぱりそうなのね。色々感想は言われるけれど、私は大人な役が上手いらしいわ」
「…本人は全然違うのに」
「な、何を言うのよ。私本人も十分大人じゃない」
知宵が大人って…見た目は十分大人よね、見た目は。
「ふーん、じゃあ郁弥さんに聞いてみれば?知宵が大人かどうか」
「そうね。いいわ。聞きましょう」
さっきも似たようなことをした気がする。既視感をそのままに二人で視線を固定した。目線の先には困り顔。
今日は大好きな人のいろんな表情を見られてとっても楽しい。あたし、大満足。
『また僕に聞かれても困ることを…もうこれはすぐ言っちゃうけど、今日見た限り知宵ちゃんは大人っぽくはないよね。すごく可愛かった』
「か、かわいいなんて…っ!」
「な、なんで…」
…たしかに可愛かった。それは認めるしかない。でも郁弥さんが言う必要なんてない…あぁ、この人ストレートに褒める人だった…。
うう…あたしも可愛い可愛い言われて褒められたい!
「どうして知宵ばっかり褒めるのよ!!」
『え、ええ!?理不尽過ぎない!?』
理不尽じゃないわ。こういうのは平等に…いえ、あたしを褒めるべき。だってあたしの方が郁弥さんと仲良いもの。
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