猫の薬師(猫長2)

NEO

第1話 始まりの猫

「さってと……」

 一つ伸びをしてから、私は店の扉の鍵を開け、ガラス部分に掛かっているプレートを「営業中」に変える。今日もいい天気。絶好の日向ぼっこ日よりだ。

「毎度思うんだけど、この仕事って忙しい方がいいのか、悪いのか分からないのよねぇ」

 店内に並ぶたくさんの薬草たち。そう、私の職業は、こういった薬草から病気や怪我に合わせた薬を作る薬師。隣のお医者さんとも連携しているので、大抵の事には対応出来る。さすがに、薬で骨折は治せないから……。

 ああ、そうそう。私としたことが自己紹介が遅れに遅れちゃった。先に年齢を言っておくとえっと……七才くらい? ええ、いやいや、子供じゃないです。立派な大人です。なぜなら、私はあなた方が「猫」と呼ぶ存在だから……。

 なんで名前を言わなかったかというと、私たちには名前を付けて呼びならわす習慣がないから。

 一応、愛称みたいなものはあって、私はあなた方が「ラグドール」と呼ぶ「品種」。

 だから「シロ」「狸面」「シロツム」「青目」……いくつあるんだろ? でも、狸面って酷くない? これでも女の子なのにさ!!

 コホン、失礼。まあ、そんなわけで、ここは私たちが暮らす「街」。これまた名前がない。本当に、興味がない事はどーでもいいのよね。私たちって。

「さて、今日は暇でありますように……」

 いつもの願掛けをして、私はカウンターの裏に座った。売り上げ的にはアレだけど、暇ということは、みんなが健やかということ。暇に越した事はないのだ。

 しかし、私の願いは通じなかった。早々にお客さんが来てしまったのだ。

「あの、この子が熱を……」

 心配顔のロシアンブルーさんは、一人の赤ちゃんを連れていた。

「はい、少々お待ちを……」

 私は赤ちゃんに手をかざし、そっと呪文を唱えた。

 ……えっ、それは私たちだって魔法を使いますよ。どうやって診断するんですか。

「うーん」

 熱には下げていいものとダメなものがある。この場合……。

「熱冷まし作りますね。三日飲んで熱が引かないようでしたら、すぐ病院へ」

「はい」

 さて、どういう配合にしたものか……よし。

 必要な薬草をかき集めて奥の調剤室に入り、ゴリゴリと潰していく。私たちの手って意外と器用なんだな。

「よし、完成!!」

 見た目はちょっとアレだけど、効き目は保証付きの熱冷ましが出来上がった。最後に、魔法で味の調整。作っておいてなんだけど、このままだと飲めたものじゃない。

「はい、お待たせしました」

 見た目はアレな熱冷ましを渡し、代金の銅貨5枚を受け取る。……ちゃんと通貨くらいあるよ。うん。

 その後も、骨折十名は病院への紹介状、腰の痛みはちょっと強めの痛み止め、脱法マタタビ狙いの馬鹿は、麻酔薬を飲ませて警察送り……はぁ、結局忙しかったな。

 店を閉めようとしたその時だった。今日、朝イチでやってきたお母さんが半泣きで駆けよってきた。

「子供が、子供が!!」

 店を閉めている場合じゃない。急いで店内に入ってもらうと、明らかに容態が悪化していた。隣の病院は一時間以上前に診察が終わっている。

「分かりました。やってみます……」

 薬師は調剤に当たって必要最低限の診断を行う事は出来るが、本格的な医療行為を行う事は出来ない。しかし、こういった急を要する事態には、例外的に認められている。薬師しかいない村もあるための措置だ。

とりあえず、赤ちゃんをベッドに寝かせて、私は細心の注意を払って魔法を使う……肺炎……ではない。となると……。

 私は専門ではないので、どう頑張っても限界がある。ダメだ、特定出来ない。情けないが、対処療法で乗り切って病院に担ぎ込むしかない!!

 生命維持に必要な点滴セットを片っ端から繋ぎ、目下問題の高熱を下げるべく少し強めの熱冷ましを作った。あまり強すぎると、今度は低体温を起こしてしまう。こっちは、本来の領分なので問題ない。

 作った熱冷ましを注射器で点滴に混ぜて投与し、そのまま様子を見る。これしか、現状で出来る事はない。ここで、朝の時点で病院に紹介していれば……なんて考えたら、この商売はやっていられない。……思っちゃうけどね。やっぱり。

「お母さんも座って下さい。もたないですよ」

「はい……」

 取りあえず座ってもらい、私はひたすら魔法でモニタリングを続ける。どうやら、今夜は長くなりそうだ。

「おっ?」

 ゆっくりではあるが、熱が下がってきた。乱れていた呼吸も安定し、緩やかに眠っている。

「取りあえず、急場はしのげました。お母さんも休んで下さい。私が見ていますので……」

 まあ、寝られないか……。

「申し訳ありません。ここまでして頂いて……」

 お母さんが軽く頭を下げる。

「これが、私の仕事です。気になさらず。本当に寝て下さい。病院が開くまで、まだかなりありますから……」

 まだ日付も変わっていない。朝イチで飛び込むにしても、恐ろしく時間がある。

「そういうわけには……」

 と言っていたお母さんだったが、深夜も深くなった頃に静かに寝息を立て始めた。看病疲れだろう。

「さて、気合い入れますか」

 目覚まし薬を作り、私は一気飲みしたのだった。

 うわっ、くっそ不味い!!


 朝イチで赤ちゃんを病院に担ぎ混み、私は店で脱力していた。

「あー、シンドイ。休もうかな……」

 休みたい時に休むのが……猫……。

「あのー」

「うわぁ!?」

 慌てて目を覚ますと、そこにはなにかオドオドしたチンチラの女の子がいた。

「はい、すいません。どうされました」

 慌てて居住まいを直し、私は小さく微笑んだ。

「これ、そこの病院から……」

 差し出されたのは処方箋。隣の病院のもの……ではあるが。

「少々お待ち下さい」

 私は店から隣の病院に駆け込んだ。

「これ、偽造ですよね?」

 受付のお姉さんに処方箋を見せると、カルテをゴソゴソやって……。

「四日前に来院されていますね。痛み止めが処方されていますが……ああ」

 簡単な手口だ。『以下余白』の文字を何らかの手段で消して、勝手に筆跡を真似て薬を追加してしまう。今回、幻覚症状が出やすいある種の薬草がいくつか書いてあったので、あり得ないなとピンときたのだ。ついでに言うと、処方箋の有効期間は三日間。寝ぼけていたって薬師の目は誤魔化せない。

 店に戻ると、案の定女の子は消えていた。

「へへ、一昨日来やがれってね。しかし、眠い……」

 長い夜を終え、今日こそは暇な一日で……。

「あの、すいません。足が……」

 くっ、無念……。

 こうして、今日も忙しい一日が始まるのだった。

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