14.魂を送る先

 健志郎の周りに立ち上るっていた黒い影。

 今の太郎の目にそれは人の姿に見える。

 佳恋の産まれた里の始祖。

 そして、始祖に取り込まれた無数の魂たち。


 恐ろしく醜悪で強力、それでいてどこか寂しく儚げにも見える、そんな存在。


「これからどうすればいいか、解りますわね?」


 佳恋が太郎に尋ねる。


 確かにわかる。

 重三、ゲンジジイ、翠子、祖母、そして佳恋。

 5人の霊体と共に、健志郎にとりついた悪霊をあの世に送る。


 佳恋から知識を受け継いだ今の太郎にはその方法が分かる。


「だけど、本当にいいの? キミはこれからもずっと生きていけるのに」

「私は11歳のあの日に死んでいるんです。

 確かに、あの時は死が怖かった。

 でも、いまは死が待ち遠しくて仕方がないのですよ。私は自ら死ぬこともできません。

 紙人形に定着した魂を分離させるには、お父様の呪術を破るほどの霊能力者が不可欠ですから」


 100年の間、佳恋は自らの魂を紙人形に宿した呪術を解く方法を探し続けていた。

 術者以外が呪術を解く方法は見つかったが、自らには使用できなかった。

 今の太郎はその方法を受け継ぎ、霊能力も活性化している。


(つまり、僕なら佳恋を解放できる。でもそれは……)


「よろしく、お願いしますわ」


 分かっている。

 彼女はもう十分苦しんだ。


 太郎はうなずき、佳恋の胸に手を当てた。


「太郎くん、私がこの体から離れれば、魔法円による結界はなくなります。お犬さんの人形が一斉にあなたに襲いかかるでしょう。でも、今のあなたなら問題ないですわね?」

「うん、大丈夫」


 太郎は今の自分に何ができるのか、あるいは何ができないのか、どちらもよく理解していた。

 フィギュアの攻撃など、どうにでもさばける。


「では……」

「佳恋……その、色々ありがとう」


 佳恋は口では何も答えず、にっこりと笑った。

 そして、太郎は唱えはじめる。

 佳恋から受け継いだ知識に元ずく解呪の言葉を。


 同時に、太郎の両目からは大粒の涙が流れ出した。


(僕はこれから佳恋を殺す)


 本人はとっくに死んでいると言っていたし、それは確かにその通りかもしれない。


(でもっ)


 太郎がこれからおこなうことで彼女の魂はこの世から消える。

 それはやっぱり、太郎が彼女を殺すのと同じだ。


 その責任は一生背負わなくてはいけない。

 太郎はその思いに押しつぶされそうになりながら、呪文を唱え続けた。


 そして――


 呪文が全て終わったとき。

 佳恋の身体が発光する。

 光の中で、彼女の身体は徐々に消えていく。


 ――やがて。


 光が消えた。


 ひらりひらり


 小さな人型の古ぼけた白い紙が1枚風に舞い、そして地面に落ちる。

 ほんの数分前まで、佳恋だった紙人形。

 その傍らには彼女が愛用していた丸い水晶も転がっていた。


 それを確認してから見上げると、太郎を見守るように5人の幽霊が浮かんでいた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『太郎くん、きますわ』


 幽霊となった佳恋が叫ぶ。


 結界が消え、萌え萌えフィギュアたちが一斉に太郎を見つけ襲いかかってきた。

 その先頭は佳恋フィギュア。右手にカッターナイフ、左手にマイナスドライバー。

 他のフィギュア達も様々な武器を手にしている。


 一つ一つ相手になんかしていられない。

 太郎は両手を天に向けた。


「はぁぁぁぁぁ!」


 呪文など必要なかった。

 太郎自身の霊能力が目覚め、佳恋の力と知識を受け継いだ今、太郎は佳恋と同等かそれ以上の霊能力者を操れる。

 太郎の声ととに、フィギュア人形たちが爆散していく。


(健志郎、ごめん)


 思いつつも、太郎は力を制御し、全てのフィギュア人形を破壊していく。


『素晴らしい、それこそ我らの望む肉体』


 健志郎の声で、始祖が声を上げる。


 太郎は彼を睨み、両手を前に突きつけた。


『ふっ、また封印でもしようというのか? 同じ手は2度と……』

「そんな必要ない!!」


 太郎は叫び、受け継いだ呪文を唱える。

 死者の魂と共に悪霊を天へと送る呪術。


「みんな、お願いっ!!」


 太郎の言葉に、5人の霊体が頷く。


 まず、翠子が前に出る。


『じゃあ、太郎くん、私を見つけてくれてありがとうね』


 翠子の霊体がそう言って健志郎の方へ向かった。


 次はゲンジジイ。


『太郎くん、もし良かったら、姫子と友達になってやってくれ』


 そして、重三。


『太郎くん、佳恋を救ってくれてありがとう。君には、辛いモノを背負わせてしまったな。

 許してくれとは言わない。

 だが、それでも君のこれからの長い人生に幸多いことを祈る』


 重三が佳恋を太郎に近づけさせたのは、最初から彼女の呪法を解くためだったのだろう。

 つまり、自らが永遠の命を与えてしまった娘を解放すること。

 太郎の能力を封印してほしいというのは表向きの理由にすぎなかったのだと思う。


 佳恋の記憶はそう判断していたし、太郎自身もそれに賛成だ。


 祖母が太郎の前に優しく微笑んで浮かぶ。


『太郎、ヒーローになんてならなくてもいい。

 特別な力があろうとなかろうと、お前はお前なんだよ。私のかわいい孫さ。お前が生まれてきたという、ただそれだけのことで、私にとってお前はヒーローだったんだ』


(おばあちゃん!)


 叫びたくなる。

 でも、口にはできない。

 今、呪文を中断したら呪法が無に変える。

 始祖の霊は強力だ。1度呪法を失敗したら、2度目はたぶんない。


『泣くんじゃないよ』


 言われて、太郎は自分が涙を流していると気づく。


(ダメだ、笑え。おばあちゃんの最後の記憶を僕の涙にするな)


 太郎は笑顔を作る。

 それはたぶん、太郎が好きだったヒーローたちのようなカッコイイ笑顔じゃなくて。

 涙にまみれた情けないモノで……


 ……それでも、その時に太郎ができる最大の笑顔で。


『私たちを導いてくれるんだろう?』


 祖母は太郎の頭に手を乗せた。

 霊能力が強まったとはいえ、霊体に触れるわけじゃない。

 それでも、太郎は何故か祖母の暖かさを感じて。


 太郎は涙を拭い、力強くうなずいた。


『よし、これで私も安心して逝ける』 


 祖母は、健志郎の方へと飛んでいった。


 最後は佳恋だった。


『太郎くん、これでやっと、わたしくしも本来あるべき場所に向えますわ。ありがとう』


(違う、僕は何もしていない。ただ、ヒーロー気取りで暴走して、佳恋の苦しみも何も理解していなかった。ただの大馬鹿だ)


 涙が止まらない。止められない。


『それが理解できたならば、あなたも成長したということです。さあ、私たちを送ってください』


 どうやら太郎の言いたいことは伝わったらしい。

 111年の人生経験は伊達だてではないということか。

 彼女の記憶や知識を受け継いだとはいえ、今の太郎には彼女のように人の心を推測するなど無理だろう。

 

 5人の霊体が健志郎を――健志郎にとりついた始祖の霊を囲むように円を描いた。


 太郎の瞳から涙がぽろぽろ落ちる。

 佳恋とも、祖母ともこれでお別れだ。

 ゲンジジイや翠子、重三はそこまで親しいわけではない。だけど、それでも彼らがその人生をかけて太郎と健志郎を救おうとしてくれていることはわかる。


 太郎は最後の呪文を唱える。


 5人の霊体が始祖を中心に五芒星を描く。

 始祖と共に、霊体達が天へと召され始めた。


 同時に、それを囲んだ霊体もまた、天へと向かう。

 始祖の霊が健志郎から離れ、徐々に天に昇っていった。


 ありがとうと言いたかった。

 ごめんなさいと言いたかった。

 だけど、もう言えない。


『ふ、ふざけるなぁぁぁ、100年だぞ、100年、我はあの忌々しい封印の中にいのだぞ。ようやく解放され、これからというときに……』


 始祖が泣き叫ぶ。

 100年。

 佳恋が永遠の命の苦しみを味わったのと同じように、始祖も永遠の封印に苦しんだ。


(だから、もう終わりにしよう)


 最後の瞬間、幸せそうに笑う5人と、苦しみあがく始祖の対比が印象的だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 全てが終わった後。


 太郎の目の前に、健志郎が倒れていた。

 5人の魂はは天に召された。自分が送り出したのだ。

 そして、始祖も。


 太郎は「ふぅ」っとため息をつくと、地面に落ちた紙人形と水晶を拾ってポケットにしまう。


「健志郎、大丈夫?」


 太郎は健志郎の頬を叩いた。

 少なくとも、息はしている。


「う、うぅぅんですぞ……」


 健志郎は気絶したままうなる。


(うなり声にまで『ですぞ』とつけるってすごいなぁ)


 そう思うと、太郎はなんだかおかしくなって、笑ってしまった。

 数十秒後、健志郎が目を覚ます。


「た、太郎くん? 一体何がどうなっているのですかな?」


 健志郎は上半身を起こして騒ぎ出した。


(よかった。いつもの健志郎だ)


 太郎は安心しつつも、何をどういったものか首をひねる。


「えーんと……」


 太郎がなんとか言い訳を考えていると、健志郎は今度は泣き叫びはじめた。


「な、なんということでありましょうか、『ピッチ☆ピッチ☆女子高生魔法戦隊 ネコレンジャー』限定フィギュアの頭だけが転がって……ま、まさかこの両腕がもげたのが胴体!!

 こっちの『ドッキドキ♪魔法美少女ウェディングムーン』の限定フィギュアに至っては顔が焼きただれて……

 ……た、太郎くん、一体何がどうなっているのでありますかぁぁぁぁぁぁっ?」


 太郎の肩を両手でグワシとつかむ健志郎。


「い、いや、だから……」

「誰がこんな事を……ゆるさん、ゆるさんですぞぉぉぉぉぉ!!」


 嘆きながら太郎の体をゆっさゆっさと揺する健志郎。


「お、おちつけ、お前、落ち着けって……」

「これが落ち着いていられましょうかぁぁぁぁぁ!!」

「いや、あの、本気で脳みそがシェイクされるからっ!!」


 そんな太郎と健志郎を囲むように、街の人々達が集まってきていた。


(ど、どうしよう……なんか、警官までいるし……)


 結局、大人達が止めてはいるまで、太郎は健志郎に揺さぶられ続けるのであった。

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