たとえば平凡な自分を嫌う少年が、霊感能力を手に入れたなら
ななくさ ゆう
1.平凡すぎる僕と個性的すぎる転校生
世の中には『持っている奴』と『持っていない奴』がいると木村太郎は思う。
幼稚園児として3年、小学生として5年と5ヶ月も生活していればわかる。
『持っている奴』は何かの特徴があるのだ。
たとえば計算が速いが良い子。
たとえば英語や中国語が話せる子。
たとえば走るのが速い子。
たとえばサッカーがうまい子。
たとえばアニメに詳しい子。
たとえばゲームが上手い子。
たとえば誰もが認めるイケメンの男の子。
たとばクラスの皆が憧れるかわいい女の子。
たとえば将棋や囲碁が強い子。
たとえば絵がうまい子。
たとえば芸能界で子役デビューしている子……はさすがに出会ったことがないけど。
みんな、『自分だけの何か』を持っている。
だが、太郎には特に何もない。
成績は普通。
運動神経も普通。
顔立ちもごく普通。
その他特技も何もない。
極端な話、成績がクラスで一番ダメだったりすれば、それはそれそれでその子の特徴かもしれない。
しかし、太郎は不幸にしてそこまでダメでもない。
かといって、わざと0点を取ったりする勇気もない。
おまけに氏名まで『ザ・平凡』といわんばかりである。
つまるところ――
朝日第三小学校6年3組の木村太郎という少年を一言で表すのであれば『普通の男児』という言葉で事足りてしまう。
きっと、自分は普通に中学生になり、普通に高校生になり、普通に三流大学に入り、普通にサラリーマンになるのだろう。
漠然とだが、太郎はそう思っている。自分は限りなく普通であり、普通に生きていくしかないのだと。
小さい頃、太郎は夢見がちな子供であった。
自分はいつか皆のあこがれるヒーローになって悪い奴らをばったばったとなぎ倒したりするんだと思っていた。
だが、それも低学年までの話だ。
今の太郎はそんな夢想はしない。
オリンピックに出場することもなければ、新発見をしてノーベル賞をもらうこともない。
自分のような平凡な子どもは、きっと大人になっても平凡なままでの人生を送るのだろう。
とりわけ幸せでもなく、とりわけ不幸でもなく、ただただ退屈な人生を、これから70年以上すごすのだ。
そう思うと、太郎は今日もため息をつきたくなりながら、ランドセルを背負って学校に歩く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「太郎くん、おはようですぞ」
9月最初の登校日――つまり夏休み明け1日目の朝。
学校への登校途中、太郎に後ろから声をかけてきた者がいた。
振り返らなくてもわかる。『おはよう』に『ですぞ』などという言葉をつける奴は、太郎の知る限り杉宮健志郎しかいない。
「おはよう、健志郎」
太郎はそう言って振り返った。健志郎は相変わらずお腹に贅肉をタプンタプンと蓄えていた。ランニングシャツ一枚なものだから、余計目立つ。
あるいは、夏休み前よりも贅肉が増えているかもしれない。
健志郎は幼稚園の頃からの昔なじみだ。
幼稚園でも小学校でも違うクラスになったことがない唯一の子だ。友達というか、腐れ縁というかは微妙なところ。
ちなみに、幼稚園の頃からこんなしゃべり方だった。
家も近いし、2人とも登校時間ぎりぎりに学校へつくことがおおい(遅刻も多い)ので、なんとなく毎日一緒に学校に通う。
「ふふふふ、太郎くん、私はついに手に入れてしまったのですぞ」
健志郎は不敵に笑いながらそう言った。
正直、あまり興味がないというか、興味を持ちたくなかったのだが、ここは一応反応すべきだろう。
「何を?」
太郎は仕方なくそうたずねた。
「ふふふふ、『ピッチ☆ピッチ☆女子高生魔法戦隊 ネコレンジャー』限定フィギュアですぞ、しかも5体セット!!」
健志郎はそう言いながら自分のランドセルからそれを取り出した。
確かにアニメの女性キャラクター人形が五体ある。
ちなみに『ピッチ☆ピッチ☆女子高生魔法戦隊 ネコレンジャー』とは、一部でカルト的な人気を誇る深夜アニメ……らしい。
夜中のテレビなんて見ない太郎にはよくわからないが。
「ふふふふ、すばらしいでしょう、うらやましいでしょう!! 私など、この夏休み、ずっとこの人形に萌え萌えだったのですぞ」
それはなんというか、あまりにもつまらない夏休みのような気がする。
太郎はどう答えたらいいのかわからなかったが、健志郎は一人盛り上がり続けた。
「なにしろ、限定30セットしか作られていない幻のフィギュアなのですぞ。ネットオークションで6万円も出してようやくゲットしたのですぞ」
「へ、へぇ……って、6万円!? どうしたの、そのお金!?」
小学生が簡単に使えるお金じゃない。ちなみに太郎の小遣いは毎月500円。今年のお年玉だって5000円だった(しかも母親に強制的に貯金させられた)。
「もちろん、父上のアシスタントをして稼いだのですぞ。べた塗りとトーン貼り100ページ分はかかったのですぞ」
そうだった。健志郎の両親は漫画家なのである。父親は週刊青年誌で連載中だし、母親はプロですらないものの、同人誌作家とかいうやつらしい。
父親の方の漫画は、太郎も一度だけ読んでみたことがあるが、なんか美人女子高生がいっぱい出てくるなぁという印象しかない。
健志郎はその父親の漫画の手伝いをしてお給料をもらっているらしい。
ちなみに、べた塗りとは黒く塗りつぶすこと。トーン貼りとは漫画でよくある点々模様を張ることだ。最近はパソコンでもできるらしいが、健志郎の父親は手作業でやっているらしく、結構な人数のアシスタントが必要らしい。
小学生にして親の仕事とはいえ、きちんと稼ぐことができる。それも漫画の手伝いという普通の人にはできない特殊技能で。
そういう意味ではこの健志郎というオタク少年も『持っている奴』であると思う。
「ふむ、なんだか全然興味なさげですな」
そういわれても、本当に興味がないのだから仕方がない。
「太郎くんも昔はアニメや特撮に萌えていたではありませんか」
確かに太郎は昔、ヒーローアニメや特撮が大好きだった。
だが萌えていたのではない。燃えていたのだ。
ヒーロー達に憧れ、自分もいつか世界を救うヒーローになるのだと本気で思っていた。
それも小学1年生までのことだ。
「どうでもいいけど、アニメの人形なんて学校に持って行ったら校則違反だろ。先生にばれたら取り上げられるぞ」
太郎はあきれながら言った。
「む、それはそうですな。私としたことがあまりの萌え萌え興奮にうっかりしていたのですぞ。くぅ、皆に自慢して、クラス全体で萌え萌えにひたろうと思っていたのに、そんな基本的なことを忘れるなんて、ネコピンクにお仕置きされたいですぞ」
「いや、仮にクラスでそれを見せたとしても、みんなそんなモノにひたったりはしないと思うけど……」
「何を言いますか、太郎くん。『ピッチ☆ピッチ☆女子高生魔法戦隊 ネコレンジャー』の限定フィギュアですぞ。これほど萌え萌えなものが他にありますか」
「いや、それはしらないけど……ほら、もういつまでもこんな馬鹿な話していたら遅刻しちゃうよ。とっととそれをランドセルの奥底に隠して学校行こうよ」
太郎はまだ何か言いたげな健志郎の話を無理矢理終わらせ、学校へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新学期一日目の教室は担任の野々村先生の一声によって始まった。
「さーて、みんな、今日は転校生を紹介するぞ!! ちょっと変わった子だが、仲良くしてやってくれよ!」
野々村先生は確か二十五歳。今年初めて担任のクラスを持った男の先生だ。
若いからか、どこか児童達とお友達といった雰囲気があり、それゆえに人気もある。親たちからは不安がる声もあるようだが。
「転校生だって、どんな子だろうね」
太郎は隣の席の健志郎に言った。
先生があらかじめ『変わった子』なんて言い方をするほどなのだ。期待半分不安半分である。
「さあ、私にもわからないのですぞ。でも萌え萌えな女の子を希望するのですぞ」
などと、相変わらず馬鹿な答えが健志郎から帰ってきた。
だが、教室に入ってきた転校生はいきなり太郎達クラスメートの度肝を抜いた。
野々村先生が『変わった子』と言った理由も一目でわかる。
「みなさま、ごきげんよう」
そう言いながら入ってきた少女は赤紫をベースにした蝶柄の和服姿であった。
まるで、時代劇に出てくる昔のお姫様みたいなかっこうだ。
現代では七五三か成人式か結婚式くらいでしか見かけない姿である。
教室の中が静まりかえる。確かに、この学校は制服などないのでどんな服を着ようと自由だが、着物姿で登校する小学生など聞いたことがない。
少女はスタスタと黒板の前に歩いて行く。よく見てみれば履き物は学校指定の上履きだ。これは校則で決まっているのだから当然と言えば当然だが、少女の姿の服装からは浮きまくっている。
少女はチョークを手に取るとすらすらっと黒板に『朝倉佳恋』と文字を書いた。
「わたくし、朝倉
そう言った少女の言葉は丁寧だった。
しかし、太郎は彼女からどこか他人を見下すような雰囲気を感じてしまった。
たぶん、それは他のクラスメート達も同じだろう。
……太郎の横に座るオタク少年以外は。
「う、うぉぉぉぉぉお、も、萌え、リアル着物萌え少女出現でありますぞぉぉぉぉ」
シーンとなった教室で、馬鹿な叫び声を上げだしたのは、言うまでもなく健志郎である。
健志郎は感極まったとばかりに席を立ち、佳恋の元に走る。
「佳恋様、私、杉宮健志郎ともうします。是非私を犬とお呼びください」
そう言って健志郎は佳恋に膝をついた。
もはや何が何だか意味がわからない。
「まあ、このクラスにはずいぶんと変わったお犬さんがいるのですね」
佳恋は健志郎を見下ろしながらそう言った。
「それで、お犬さんはわたくしに何をしてくださるのかしら?」
「はい、それはもうなんでも、あなた様が望むことならいかなることでもいたしますぞ」
とても小学生が教室内でするものとは思えない会話である。
太郎は頭が痛くなってきた。
「え、えーっと、それじゃあ朝倉さんの席は……」
野々村先生が二人の会話を打ち切るようにそう言うと、佳恋はスタスタと健志郎の席――つまり太郎の隣の席へとやってきた。
「わたくし、この席を希望いたしますわ」
「い、いや、希望するって、ここは健志郎の席なんだから……」
太郎は隣にやってきた佳恋に思わず反論した。
「私、あなたという殿方にとても興味がありますの。ですから隣の席に座らしていただけたらと」
佳恋は太郎の瞳をのぞき込んで言った。
微笑みの中の彼女の瞳は、何故かとても冷たく感じる。
「き、興味って……?」
「あなたはもうすぐ目覚めますから」
まるで意味がわからない。
「お犬さん、わたくしに席を譲ってくださいな」
健志郎の方に向き直り、佳恋は言った。
「は、もちろん、佳恋様がそうおっしゃられるならばっ!! なんでしたら私が椅子になってもかまいませんぞっ!!」
そういって、本当に四つん這いになってみせる健志郎。
「あらあら、せっかくのご厚意ですけど、汗臭そうですから遠慮させて戴きますわ。お犬さんはどこか遠くに行ってくださいませ」
「そんな……ああ、でもそうやって罵っていただくのもまた快感……」
セリフだけ抜き取れば、小学校の教室ではなく夜つかれたサラリーマンが迷い込むアブナイお店の会話である。
健志郎のオタク体質と佳恋のどこかズレた感性が絡まって、教室内が異様なふんいきになっている。
「先生、かまいませんわね?」
「いやまあ、杉宮がいいならかまわんが」
先生もさすがにこれ以上教室内でアブナイ会話を続けてほしくなかったのだろう。
頭を抱えつつも許可を出す。
結局、太郎の隣の席に佳恋が座り、健志郎は教室の一番後ろの席に座ることになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして太郎のクラスに転校してきた和服少女は、初日から色々な意味で強力なインパクトをあたえることになった。
だが、彼女との出会いが太郎の平凡な人生を180℃変えてしまうことになるなど、このときの彼はまだ知るよしもなかった。
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