第28話 ナイトメアスレイ・システム
足を踏み入れると図書館の香りがする。古い本の匂いだ。
部屋の明かりを点けると父親がもし戻ってきたときにバレてしまうので、ダイヤモンド・サーチャーを展開し、《全知の視界》と己の瞳を同期させ、暗闇を無効化する。
書斎内は何処で見つけてきたか分からない絵画や観葉植物、値がはりそうな壺などが置かれている。
「こんな銅像まで……」
壬剣を追い隠す程の巨大な盾を構えた騎士の銅像まで置かれており、まさか自分の銅像を作らせたのかと錯覚してしまうほどだ。さすがにあの父親でもそこまではしないだろう。
いつからあの父親はこうなったのか。
少なくとも壬剣が小学生くらいのころはもっと整理整頓され、机とソファーくらいしかなかった気がする。あのときは「あの父親らしい無駄のない部屋だな」と思った記憶がある。
今では何故こんなにも物で溢れているのか。
力を手にし、長い間、その力を任務以外で使い続ければ、いずれはこうなってしまうのだろうか。
そう思うと悲しく感じてしまう。結局その力は正しく使われなかった気がするからだ。
本棚を確認すると経済学や株、医学に関する本が並んでおり、騎士関連の本は見当たらない。
場所を移動しデスクの上を確認すると、父親のデスクは何やら書類が散らばっている。
「あった」
年期の入ったハードカバーの本が幾つも積まれている。
形状からして地下書庫にある本と同じ系統のものだ。
しかしこれほどナイツオブアウェイクや遺物に関する資料が多く残っているという事は、ナイツオブアウェイクの中に書記でもいたのだろうか、と疑問に思うがこの部屋に長いはしたくないので思考を切り替える。
本の配置を変えないように一番上から丁寧に確認する。
魔術、魔物、悪魔、天使、聖遺物、騎士紋章――いかにもオカルト本といったタイトルが並び、やはり禁書と言われる内容の本はないと思われた時、今手に取った本が真っ黒な事に気がつく。
「なんだ、この本は」
何か生き物の皮で作られた様な手触りで、これも他の書物同様に時間経過を感じられる。
表紙には何も書かれておらず、開こうとしても蝶番が付いていて外れないため中を確認できない。ダイヤモンド・サーチャーで構造を確認すると何か魔術公式によって本が封印されている事が分かる。
「斬る訳にもいかないか」
なんとなしに左手で表紙に触れると左手の甲が真っ白な光を放ち、天井に金剛騎士の紋章である剣が浮かび上があがる。
「なに?」
本の表紙に魔法陣が展開され、カチッと小さな音を出して封印が解かれた。
「騎士紋章が反応した?」
なんだか今日は偶然に助けられてばかりだ。
機械人形とやりあったときも己の未熟さ故、命を落とす筈だったのに機械人形は何処かえ消え去ってしまい、禁書に関しては騎士紋章によって鍵が外れた。
まるで誰かの思惑の上で転がされている気分だ。
舞台の上で都合の良い道化を演じている錯覚に囚われる。
(いや、考えすぎか)
自身の立場と能力に関して知らない事が多すぎる。
騎士になると騎士紋章が全ての《脅威》を判断するとは聞いていたが、禁書の封印を解く鍵になるとも知らなかった。
騎士鎧に関しても同様だ。
壬剣と凛那はよく分からず騎士鎧を扱っている。感覚で動かし、感覚で能力を使用する。
騎士のメインシステムである騎士紋章と騎士鎧、そんなよく分からないものを力として運用するにはあまりにも知識が足りない気がして、寒気を感じた。
封印が解かれた黒い書物を開く。
ページの材質も皮で出来ているようで、厚さの割に内容は少ない様だ。
「騎士とは人類を存続させる為のシステム――」
それはどの書物にも記されている。
だが、次の文は初めて目にするものだった。
「――例え、文明や星が破壊されたとしても人間という種が存在出来るのであれば、他の生物の命を絶やしてでも、別次元を崩壊させてでも、宇宙の法則を乱してでも、存在という概念の天秤が崩れようとも『人類の存在』を優先するガーディアン……だと?」
壬剣は騎士とは人や星、はたまた世界に生きる全ての生物を救済するシステムだと考えていたが、そんな生ぬるいモノではなかった。
人間という種が存在するのであれば、その他の存在が消えても構わないレベルのシステム、それが騎士と書かれている。
「その判断基準は騎士紋章にある、か」
『テストを行っている次元内のうち、人類が滅亡した第一次元から第四次元、人類が生存している第五次元から第十六次元までの平行世界の善悪をデータベースとして構築、事例を吸い上げ、人類存続の脅威となるモノを排除する。それが第零次元に存在する《ナイトメアスレイ・システム》であり、過去現在未来、空間に関連性はなく、脅威のみを的確に判断する』
「また――」
と、文章は続ける。
「騎士はナイトメアスレイ・システムから逃れる術はなく、人類の脅威となる存在は必ず消滅する事となる」
並行世界とはオカルトなどでよく用いられる、選択されなかった未来や可能性が存在している世界――とても似ているようで何処か違う世界――パラレルワールドという奴だろう。
しかし壬剣は並行世界よりも、穏やかではない文面に目を引き付けられた。
必ず消滅するという文面に違和感を感じたのだ。
「騎士が任務放棄、または敗れた際は騎士鎧が騎士を飲みこみ、強制活動に入る……?」
強制活動モードにより、必ず脅威は消去されるとの事らしい。
「消滅後、強制活動モードは解かれるが騎士の意志を反して起動している事や肉体限界を超えての活動の為、これまでの生存者は無し……」
つまりこれは壬剣と凛那が黒騎士討伐に失敗すると、己の騎士鎧に飲み込まれ、黒騎士を討伐後に、
「――命を落とす」
と、同意義の内容だろう。
どうやら騎士が『主』となるのではなく、騎士紋章が『主』として決定権を持っているに等しい様だ。脅威を排除するためにどんな手段を用いても良いが、脅威に対して拒否権も退路もないという事だろう。
「という事は黒騎士は黄玉騎士の強制活動モードか?」
だがそうなると人を襲う理由が分からない。
脅威のみを倒す強制活動モードならば、あの状態はなんだというのだろう。
騎士鎧についての詳しい内容もあり興味をそそられるが、今は次々とページをめくり、黒騎士の手掛かりを探す。
――と、ある部分で手が止まり、壬剣は内容に目を落とす。
「騎士の意志が折れた状態は騎士鎧に身体・精神が耐えられず、騎士鎧に侵食される状態となる、か」
騎士鎧は騎士の心が失われた場所から侵食していき、全てが浸食されると心喰状態となるらしい。すると騎士鎧と紋章は輝きを失い漆黒に飲まれる。人類を守るための騎士が人類を喰らう黒騎士となる内容が記載されていた。
(どれほど他の書物を探っても、黒騎士と似たような魔物が見つからない訳だ。やはりあれは元騎士であり、騎士として生きる事に絶望した黄騎士に他ならない)
騎士を救出する術があるのか確認したがそれらしい方法はなく、黒騎士を討伐する以外に活動を止める方法はないらしい。
そしてこれらの事実は騎士たちの士気に関わる為、騎士団長以外、安易に目を通せないように禁書とする内容が綴られていた。
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