第9話 死んだと思った? 残念! フィクションでした!

「––––みたいな物語を書いてみたんですよ」


 ぺかー、と言った擬音が似合いそうな笑みを浮かべ、ナズナは俺に書きかけの原稿用紙を渡してきた。

 文芸部は伝統的に、新年を越す前に文芸誌を発行することになっている。


 今年は俺とナズナ、そして新たに入る予定の、白嶺しらねユウの三人で書くのだ。


「いやいや、勝手に俺を殺すなよ……」


 彼女の小説の中の『俺』は、どうやら考え事に夢中で安全確認を怠り、トラックに轢かれるというなんとも情けない死に方をしたらしい。

 因みに、ナズナのテーマはSFだ。


「別人ですよぅ。先輩は妹に会ったことあるじゃないですか」


「ああ、バスケ部のエースな。俺は殆ど話したこと無いがな」


 あの様な事件第七話は全てナズナの脳内での出来事であり、現実に起こった事でない事をここに明記する。

 まあナズナの妹はワカナだし、容姿も描写と大体同じだが。

 但し性格はナズナと似ており、裏表の無い良い性格の持ち主だが。


 付箋に誤字の訂正を書き、それをナズナの原稿用紙に貼り付けて彼女に返却する。

 轢殺されてからどうやってサイエンスフィクションに持っていくか、だんだん興味が湧いてきた。


「あの……私、恋愛小説って書いた事無くて……」


 入る予定とは言ったが、入部はほぼほぼ確定の白嶺にも、参加してもらうことにした。

 白嶺は恋愛小説担当だ。


「ん……まあ無理そうだったらテーマを変えても構わないよ。ただナズナとジャンルは被らないようにな」


「いえ……最後まで頑張ります。小説家たる者、どんなテーマでも書き切るものです」


 白嶺は小説家志望だ。

 そして彼女が、例の『マイノグーラ』、ニャルラトホテプの従姉妹の末裔である。


 マイノグーラは、その活動に関する文献が殆ど残っておらず、人間と交わった以降は、何の為に存在しているのか、子孫達は彼ら自身ですら分からなくなってしまったと言われている。

 ただ白嶺自身は、邪神と人間と、そしてそれ以外の全ての種族が共生できる世界を望んでいるとか。


「そうか。期待してるよ」


 俺はそう言って、俺の書きかけの原稿に取り掛かる。

 俺は文体模写をテーマに作品を書いている。

 太宰治か芥川龍之介かで迷ったが、迷った挙句に夏目漱石風に書く事に決めたのだ。


 俺が進級し、二個上の先輩が卒業をし、ナズナが加わり、そして白嶺が加わった。

 最後の文芸部員になるかと焦った日もあったし、ナズナ以外の者が出入りする事にも忌避感があったが、しかしこうやって、部員が増えると、やっぱり嬉しいものだった。


 季節はまだ、残暑の残る九月の中旬だが、それ以外のイベントもあるので文芸誌は毎年、かなり早めに仕上げなくてはならないのた。


(冬コミ、受かると良いなぁ)


 蜩の寂しげな鳴声を聴きながら、そんな事を考える木曜日の夕方だった。

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