第3話


「あっそうだアニ、これ」


「これはにゃんにゃ?」




 荷台から女性用の衣服を取りだし、それをアニに渡しす。

 さすがに、白毛のピクピク動く小さな耳、細長い白毛のしっぽ。

 村の中でこんな個性的な体の一部を晒して歩くわけにはいかない、おそらく、すぐに監視の兵士に連れてかれてしまうだろう。

 それに、俺のこのシャツ一枚の軽装は……そろそろ寒い、限界だ。


 アニは綺麗な羊の毛で編まれたセーターと、少しぶかぶかなズボンを着た。

 柄は……白と黒の縦線模様と、少し地味だが、許してくれ、これしか渡せる商品は無いのだ。




「主よー、これはいいにゃ、暖かくて肌触りも最高にゃ!」


「良かったよ……一応売り物だけど、アニにプレゼントするよ」


「売り物? いいのにゃ? これがにゃいと━━」


「いいのいいの、それ、ずっと売れ残ってたやつだから、誰かに着てもらった方が、その服も喜ぶよ」




 アニは「じゃあ」と言って喜んでいる。

 この服は使っている素材は良いのだが、いかんせん柄が地味と言われ続けていて、誰も手に取らなかった品物だ、これで喜んで着てくれるなら、商人としては嬉しい。

 アニは隣で立ち上がり、器用にくるっと一回転する。




「どうかにゃ? 主よ!」


「うん、サイズもピッタリで良かったよ」




 アニの耳はフードですっぽり隠れ、尻尾はズボンとセーターに挟まれ隠れている。

 これで、容姿だけでばれる事はないだろう。

 そして、俺達の目の前には門が近づいてきた。




「さあ入るけど、くれぐれも、はしゃいで目立たないでよ? 一応俺達は余所者なんだから」


「わかったにゃ! 大人しくしてるにゃ!」




 本当にわかったのかな? そう思ったが、まあ大丈夫だろう。

 できれば、にゃーという可愛い言葉も抑えてくれると助かるんだが━━それは無理な話か。


 荷馬車は門へと近付く。

 門の前には二人の兵士の姿、青白い鎧を見にまとい、右手には槍を持っている兵士。

 村を守る監視兵、魔物が村に入ってくるのを阻止し、不審な人物が村に入らないようにする兵士だ。




「止まれ!」




 力強い声が聞こえ、俺は手綱を引き、アインとツヴァイを止める。

 荷馬車から降り、兵士の前に立つ。




「すみません、私ラノ商会のラノ・ホーフェンと申します、今日と明日、このヘクタールの村で商売を行うんですが」


「ラノ商会……ああ、話は聞いてるよ」




 監視兵に身分を証明する通行証を見せると、監視兵は何度か俺の顔と、通行証の写真を交互に見比べ頷く。


 この通行証は商人には大切な商売道具だ。

 これが無いと村に入る事も、商売する事もできない。

 そして、向かう前にはあらかじめ監視兵長に連絡をしておかなければならない━━昔、商人になった頃はよくこの段取りを無視して師匠に怒られていたな。


 そして、監視兵は荷馬車に目を向け。




「すまないが、上から荷台も調べろと言われててな、調べてもいいか?」


「ええ、どうぞ?」




 監視兵は荷台を調べ始める。

 物騒っていう噂は本当なんだな……やっぱりこの辺の森に異常があるのか。


 監視兵は荷台を調べ終えると、アニをじっと見つめている、その時、俺は肝心な事を忘れていた事に気付いた。




「ラノさん……この方は?」


「えっあ、その」




 通行証には俺一人の名前しか書いてなかった、基本的に通行証に書かれた名前しか入れない。

 どうする、ここで上手いことを言わないと。


 だが、フードを被ったまま、アニは囁くようにして口を開く。




「私はラノ様の奴隷です……奴隷ならば、通行証に記載しなくて良いはずですよね?」


「えっ、まあそうだが。奴隷にしては随分堂々としているな、ちょっと降りて素顔を見せてもらえないか?」




 奴隷、あまり好きではない言葉だが、この世界にはよくある話だ。

 親のいない子供や、金の無い者、その者達を金で取引する、それが奴隷売買だ。


 だけど、顔を見られては全てが台無しだ。

 だが、アニは少し顔を赤くしながら、フードの奥から赤い瞳を覗かせる。


 



「すみませんが━━昨晩、ラノ様に調教された身ですので、ここから降りてしまうと……あられもない姿を披露してしまいます、恥ずかしいのでそれは控えていただけませんでしょうか? それとも、お二人方もそういった事がお好きですか?」




 ん? この猫は何を言っている?

 というよりおい、おいおいおい!

 悪魔を見るような目で俺を見ているぞ、この兵士達。




「そ、そうかそれは……えっと、災難だったな、もう大丈夫だ」


「いえ、私はラノ様が初めてで良かったと思っています、それではラノ様、参りましょうか?」


「あ、ああ、わかった。それでは失礼します」




 俺は急いで荷馬車に乗り、再び馬を走らせる。

 兵士が後ろで話しているのを聞こえる、何を言っているのかわからないが、一つの単語だけははっきりと聞こえた。




「おい、あの兵士達に『悪魔』って言われてるんだが?」


「にゃははは、主には悪いと思ったけど、にゃんとかにゃって良かったにゃ!」


「……彼らが俺に向けてる評判は最悪になったけどな」


「それはそれにゃ、あまり気にするにゃ」




 隣に座るアニは大笑いしている━━こっちは全く笑えないんだが?

 まあ、もう会うこともないかもしれない兵士の印象はさておき、




「それより、アニは普通に喋れるんだな?」


「にゃ? まあ、全神経を使えばだけどにゃ? 主はこの喋り方は嫌いにゃ? 主が嫌にゃら」




 少し落ち込んで、両目をこするアニ。




「いやいやいや、全然こっちの方が好きだから、そのままでいいからね!?」


「良かったにゃ!」




 泣き真似か、また騙された。

 まあ、この喋り方の方が可愛いし、それに大事な時になったら普通に話してくれるのなら、今のままでいい。


 そんなどうでもいい会話をしながら、俺達は村の中に入って行った。

 木で作られた家屋に、砂の道、入り口の方はぱっとしない風景。

 だが、奥に見える綺麗な湖に近付くと、全く別の村かのように、レンガで建てられた家屋、石畳で作られた道だ。

 ゆっくりな下り坂になっており、手前が貧民、奥が富豪と言われている。


 かなり上下が激しいヘクタールの村、人口も約五百人と少ないが、近くに森も洞窟もあるため、多くの冒険者がこの村の宿に泊まり、多くのお店が出店されている。

 商人にとっては有難い村だ。




「主よ、まずはにゃにから始めるにゃ?」


「そうだね……あまり気分は乗らないけど、まずはベルベット商会の首領ボスに会いに行くよ」


「さっき言ってた、この村の商人かにゃ?」


「そうだよ、さすがに縄張りに混ぜてもらうのに、無言で入るわけにはいかないからね、それに、明日の武器と防具を販売する場所の抽選もあるからね」


「抽選にゃ?」


「うん、この村は十字街になっていて、この村にはさっきの門が一つしか無いんだ。それで中央にある湖の周りを商人が囲って商売するんだけど━━そうだな、アニはどの場所が一番人が通ると思う?」




 アニに問い掛けると、表情が暗く見えるフードから赤い瞳を光らせ、唸り《にゃー》声を発している。

 そして、少しの間が空いてから、ぱっと表情を明るくさせた。




「にゃー! ここの真っ直ぐの場所にゃ!」


「そうなんだ、要するに門から真っ正面の所は人目に付くし、逆に反対側の場所なら人目に付かないってわけさ!」


「にゃるほどにゃ、その場所を決める為の抽選にゃ?」


「そういう事━━さっ、着いた。ここがベルベット商会だよ」




 目の前には大きな赤いレンガの建物。

 その前には他の商人が来ているのだろう、沢山の荷馬車と、それを護衛する兵士の姿がある。


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