第8話 広場の奥へ

 気を取り直した美香に、ひとまず安心した一同は次の行動を話し合う。


 先ほど見た様子から考えて、このまま奥に進むよりも一度広場のイブリースの死体を片付けたほうが良さそうだ。

 美香が持ってきた台車のコンテナボックスにイブリースの死体を積めるだけ積んで、外に運び大きな穴の中に埋めることにした。穴は美香が居なかった2日の間に三人が掘ったものだ。

 小柄で力仕事には向かないダダは、鉱道の奥から魔物が現れないよう、見張っている。


 単調で陰鬱な作業が続いたが、美香も音を上げずに、鉱道の広場にあるものは一匹残らず運び出して埋めた。

「ダダ、ガット、ズーラ、殺虫剤の残りの影響はある?」

 2日もたてばさすがに殺虫剤の匂いはもう残っていないが、美香よりも繊細な三人が心配だった。

 不安そうに聞いてみたが、薬剤がついていたであろうイブリースの死体に触れても、三人とも大丈夫のようだ。


「じゃあ、このまま奥の様子を見に行きましょうか」

「そうですね。依頼書によると奥には採掘によってできた広場があと三ヶ所あります。その奥は美香がぎりぎり通れるくらいの通路が何本かありますが、あまり長くはありません」


 奥に行くにしたがってますます暗くなる洞窟に、ズーラがライトの魔法を唱えた。途中、通路にぽつん、ぽつんとイブリースが落ちている。

 もしかして奥まですべて、殺虫剤がいきわたったのだろうか。そんな楽観的な想像がこみあげてきたが、前回の反省を生かして、四人は退路を確保しつつ用心深く先に進んだ。



 最初の広場から数えてふたつ目、みっつ目の広場には全く何もなかった。ほっと息をつき、しかしまた気を引き締めて最後の広場へと進む。そしてその入り口にたどり着いた時、奥の掘りかけの細い鉱道からゆらりと大きな黒い影が出てきた。


 美香の胸くらいの背の高さがある真っ黒いそれ。広場に出て羽を広げると美香よりもはるかに大きく見える。それは今まで美香が見たことがない巨大なイブリースだった。



「あ、あれは……気をつけて!サキュバスです」


 先頭で様子をうかがっていたダダが警戒の声を上げる。

 美香は狭い通路から飛び出すと、レーキを構えた。


 サキュバスは広場の天井近くまで舞い上がって、美香を見下ろしている。その顔や身体は短い黒い毛におおわれてまるでビロードで出来た全身スーツを着ているようだ。


「キッキッ、キュィイイイイイイイイッ」

 耳障りな叫び声と共に、サキュバスからキラキラと光が流れ出した。


「美香!その光は魔法です。サキュバスは幻惑の魔法を使います!……ズーラ!早く!!」

 美香の後ろで「ギュッギュ」というズーラの呪文が聞こえ、流れ出した白い光がサキュバスの魔法と絡み合い美香の目の前で渦を巻く。幻惑の魔法を打ち消すような効果のものなのだろう。光の渦に一瞬気をとられた隙に、天井近くに居たサキュバスが目にもとまらぬ速さで近付き、顔の前で爪を振るった。


 サキュバスの鋭い爪は美香の頬を傷つけ、びっくりした美香が反撃するよりも早く、また上へと逃げてしまった。

 その後を追うように、シュッと風を切る音。美香の背後から飛んだ矢がサキュバスの羽根を貫いた。ダダの放った矢だ。

 バランスを崩したサキュバスは、それでも落ちることはなく浮いている。

 美香の隣にガットが並んで剣を構えた。


「美香、大丈夫か?」


 小柄なガットの姿が、逞しく、大きく見える。

 負けてはいられない。美香は頬を左手で拭い、改めてレーキを持つ手に力を込めた。


「ええ。問題ないわ」

「では行こう。美香のその武器であいつを叩き落としてくれ。あとは俺が!」


 再び上から魔法を使うサキュバスに、ズーラも慌てず対応している。

 美香は思い切って前に出て、レーキを右手一本で持ち、高く振り上げた。

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