第5話 病魔
そろそろ暖房を入れるかどうか悩む晩秋の朝だった。店休日を利用して、美香は大切な話をするために、店長の家を訪れた。
「そう言う訳で、申し訳ありません。2か月ほどお休みを頂きたいのですが」
「美香さん、本当に早く見つかってよかったわね。店のことは気にしないで、2か月でも3か月でも休むと良いわ。復帰できそうならいつでも復帰して。抗癌剤を使うようだと、多分休みも必要になるけど、病気を退治するのが一番だから。一年は他のみんなとシフトを調整して頑張るから、美香さんもしっかりね!」
「はい」
返事をしながら、美香の目に涙があふれてきた。
数日前に見つかった癌は、まだ小さいけれど手術が必要だった。泣きながら家族や担当医と何度も話し合った結果、出来れば手術が終わったら職場復帰できるよう、店長にお願いすることにしたのだ。
「ヒマワリマートは、今の私にとって生き甲斐なんです。しばらくはご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
ずっと預かっていた第4倉庫の鍵を差し出すと、店長は美香の手にもう一度それを握らせて言った。
「いいのよ、これは予備の鍵なんだから。早くこれを持って帰ってきて頂戴。美香さんの選んだ商品、すごくよく売れて助かってるのよ」
「あ、ありがとうございます。大事に持っておきます」
「そうだ。今日、もうちょっと時間があるなら、引継ぎをしたいので今から一緒に第4倉庫まで行ってくれるかしら?」
「はい。もちろん大丈夫です」
店休日のヒマワリマートは人影もなく静まっていた。裏口から入った2人は、掃除道具置き場からいつものように殺虫剤と竹ぼうきとチリトリ、美香のお気に入りのレーキを持って、第4倉庫に向かった。
店長は黄緑色のリボンのついた鍵を取り出して、
「ほら、これがマスターキーなのよ」と言うと、それを使って扉を開けた。
美香がレーキを握り締めて扉の中を覗くと……
コンクリートに固められたこじんまりとした四角い部屋がそこにあった。
「……あれ?」
「どうしたの?美香さん。あっ!キャーーーーー、黒い悪魔が!」
慌ててレーキを振り上げる美香。
しかしそこに居たのは、一匹のゴキブリだった。
店長は悲鳴をあげつつも、殺虫剤でゴキブリを退治した。
「いくら退治しても、出てくるのよねえ。ほんと、どこから入ってくるのかしら」
店長は死んだゴキブリをさっさと箒でチリトリに掃き入れると、そばにあった赤いゴミ箱に捨てた。
「前なんかもう、最高5匹くらいいっぺんに出てきたのよ。今は美香さんがきちんと掃除してくれてるから、少なくなったのね、きっと」
黒い悪魔って……ゴキブリだったんだ。
美香は小さく呟いたが、その声は店長には届かなかった。
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