電光熱閃レイボーグ

オリーブドラブ

第1話 青年の見る夢



-Gaisou Knight Opion-


-1st Anniversary-


















 1体のロボットが、寝台の上で眠り続けている。


 幾つもの機械を繋げられ、怪しげな音声が絶えず鳴り響く中で――そのロボットは、長い微睡みの中に沈んでいた。辺りを行き交う白衣の男達は皆、そのロボットの目覚めを待ち焦がれていた。


神頭じんどう博士、起動準備完了しました」

「あぁ。……スイッチを入れてくれ」


 やがて、指揮を取る壮年の男性の前に、1人の科学者が進み出る。その進言に頷く指導者は、慈しむような眼差しで、寝台のロボットを見つめていた。


竜斗リュウト……今、父さんが起こしてやるからな」


 その様を一瞥していた科学者は――口元を歪に吊り上げ、ロボットの起動を促す機械に歩み寄る。

 そして、起動スイッチ……の、隣にある赤いレバーを、人目を避けるように掴んだ瞬間。


「――それは自壊用のレバーだな。何故そんなものに触る?」


 その手を、側に潜んでいた男に掴まれてしまった。紫紺のマッスルスーツを纏う、茶髪を切り揃えた絶世の美男子が――獲物を射抜く眼光で、レバーを握る科学者を貫く。

 科学者は乱暴に男の手を振り払うと、剣呑な表情で唇を噛み締めた。後一歩というところで……という口惜しさが、その貌に顕れている。


「てめぇ……キャプテン・コージ!」

「やはり『吸血夜会』が潜り込んでいたか……。貴様らがこの計画に潜伏していることなど、神の代行者たる私にはお見通しだ。大人しく縄に付け!」

「ちィッ……こうなったら!」


 科学者は白衣を脱ぎ捨てると――己の獰猛な表情を、徐々に怪物の仮面へと「変身」させていく。その様を目の当たりにした周囲の科学者達は騒然となり、指導者は目を剥いていた。


「ニュータント……! まさか、この研究所に入り込んでいたというのか!」

「……! いかん、逃げろ神頭博士!」


 キャプテン・コージと呼ばれたマッスルスーツの戦士は、指導者の背を押しこの場から避難させようとする。

 だが――怪物の仮面と鎧を身に付けた、ニュータントと呼ばれる超人は、それよりも速く。


「この研究所もろとも……消し飛びやがれェッ!」


 地下深くに位置する、この一室を破壊し尽くす「自爆装置」に手を掛けるのだった。刹那、この空間のありとあらゆる箇所から爆発が発生し、逃げ惑う科学者達を吹き飛ばしていく。

 断末魔が絶えず轟く、阿鼻叫喚の煉獄。その渦中に立たされた指導者は、黒煙に巻かれながらも懸命にキャプテン・コージの肩を掴んでいた。


「クッ……奴らめ!」

間阿瀬まあせ君……私達は、もうダメだ! 君だけでも……竜斗を連れて、逃げてくれ!」

「神頭博士、しかし!」

「いいんだ……! これは、私が背負うべき業なのだ! 息子の身体を切り刻んだ、この私の……!」

「……わかった。約束しよう、あの子は必ず私が守る。神の代行者、キャプテン・コージの名に懸けて!」


 煙を吸いすぎたせいか、肩を掴んでいた指導者――神頭博士は、崩れ落ちるように倒れ伏して行く。この事態を生んだニュータントは、いつの間にかその姿を消していた。


「……こ、の……資料を、頼む……! あの子の、たす、け、に……」

「神頭博士……!? 神頭博士ッ! ――クッ!」


 永遠の眠りに沈みゆく神頭博士から、数枚の資料を受け取り。キャプテン・コージは拳を震わせると――寝台で眠り続けるロボットに、手を伸ばす。


 そして……悲哀を込めた声色で、叫ぶのだった。


「行くぞ、我が『弟』よ!」


 ◇


「……っ!?」


 東京都台東区、上野駅周辺。

 都心からやや離れた林を抜けた先にある、自然に彩られたウッドデッキが特徴のカフェ――「COFFEE&CAFEアトリ」。


 その店舗の裏手にある、1軒のログハウスの中で――アーヴィング・J・竜斗リュウトは目を覚ましていた。彼はサファイアブルーの眼を見開き、住み慣れた部屋を見渡している。


(……あぁ、もう。またあの夢か……)


 見知らぬ研究所で殺戮が繰り広げられ、血みどろの地獄の中で眠る自分に、何者かが手を差し伸べ「弟」と呼ぶ。

 そんな意味不明な悪夢を、ここ最近は毎日のように見ているのだ。


 竜斗は気だるげに身を起こし、汗にまみれた肌を拭いながら鏡と向かい合う。

 ――艶やかな黒髪に、サファイアのように煌めく碧眼。186cmの長身に、筋肉質でありつつもしなやかなラインを描く肉体。引き締まった顔付きに、端正な目鼻立ち。

 北欧ハーフとしては理想的な、美男子と言えるだろう。

 ……しかしそんな外見に反して、彼自身は異性との関わりには乏しく、齢19でありながら未だに恋人がいた試しがない。


 それは主に、彼自身の奥手な性格が原因なのだが――それだけではなかった。


「……」


 竜斗は自分の肌にまとわりつく汗を拭いながら、鏡を神妙に見つめる。そこに映された、鉄を継ぎ接ぎしたような跡を。


 ――そう。彼の体は、生身の人間と呼ぶにはあまりにも硬いのだ。人工皮膚から滴る汗も、所詮は人間の器官を模倣するためだけに造られた機能でしかない。

 自分自身の身体のことを知ればこそ……竜斗は、誰とも深い仲にはなれずにいたのだ。


 そんな現実に、ため息をつきながら。彼は素肌の上に、愛用の黒い半袖パーカーを羽織ると、部屋を後にして行く。

 階段を降りる途中、アトリのマスコットである1羽のカラスが、竜斗の肩に飛び乗ってきた。


「おはよ、クゥちゃん。今日も早いね」


 クゥと呼ばれたカラスは、心配げに竜斗をじっと見つめた後、窓から自然が広がる外へと翔び出していった。

 それを見送った竜斗は、1階に降りてリビングに向かう。そこでは1人の美女が、朝食の支度を済ませていた。


 年齢は20代後半。身長は163cm程度であり、Eカップの隠れ巨乳。

 明るい茶髪のセミロングを左耳の後ろ辺りで、お洒落なバレッタを使って纏めており、毛先を少し左肩に流している。


「おはよう、カオルさん」

「あぁ、おはよう竜斗。ほら、今日もあなた目当てのお客さんがいっぱい来るんだから、さっさと食べちゃって」

「みんなの目当てはカオルさんのコーヒーだと思うけど……まぁ、いいか。頂きます」


 ――加倉井かくらいカオル。何年も前からアトリを切り盛りしていた彼女は、1年前に身寄りを失った竜斗を預かって以来、保護者として彼をこのログハウスに住まわせている。

 竜斗も、アトリでウェイター兼バリスタとして働くことで、その恩返しをしているのだ。


「……あなたを拾ってから、もう1年になるけど。そろそろ、学校にでも行ってみたら?」

「いいよ別に。僕が学校行き出したら、店も人手が足りなくなるし。必要なことは、もう学んでるから」

「でも、友達できるでしょ?」

「……」

慶吾けいご君と佳音かのんちゃんだって、いつかは来なくなっちゃうかも知れないんだから。あなたはあなたで、ちゃんと友達探さなきゃダメよ」


 カオルの言葉に俯きながら、竜斗は黙々とトーストを齧る。彼女自慢のコーヒーを味わいながら、竜斗は憂いを帯びた表情で、窓の向こうに広がる景色を見遣った。


「……この身体の僕と、友達になってくれる人なんてそうそういないよ。芝村しばむら君や乃木原のぎはらさんみたいな人なんて、滅多にいない」

「なぁに言ってんの。ロボットみたいな身体って言ったって、ご飯は食べるし汗もかくし、人間とあんまり変わんないじゃない。気にし過ぎなのよ、あなたは」

「そうかな……」


 そんな彼の言葉を笑い飛ばし、カオルはテレビを付ける。画面には、朝一番のニュースで「ヒーロー」の活躍が多数報じられていた。


 純白のスーツを纏い、穢れなきマントを靡かせる法の守護神。

 悪魔の如き鎧を纏う、魔界の皇子。

 赤と青の、人造人間。

 正義を体現した、白き騎士。

 神の子と呼ばれる、伝説の英雄。

 酔拳を得手とする、仮面の龍拳士。

 鋼の鎧を纏う、異形の闘士。

 そんな個性豊かな勇士達が、絶えずテレビに映されている。


 ――マイティ・ロウ。銀行強盗を一瞬で鎮圧。

 ――デーモンブリード。神嶋市かみしまし内の犯罪組織を撃滅。

 ――マジンダー01。東京都内に出現した、ガングーのヴィランを破壊。

 ――神装刑事しんそうけいじジャスティス。東京郊外を徘徊していたアクゥーの怪人を撃破。

 ――カンダ綜合警備保障、蒲田に上陸した大型ヴィランを鎮圧。「プロヴィデンス」の威光、未だ衰えず。

 ――冥帝めいていシュランケン、神嶋市外への逃亡を図っていたひき逃げヴィランを捕縛。警察の取り調べによると、飲酒運転の余罪も上がっているという。

 ――謎の鎧の戦士、異次元より出現せし鋼鉄兵団を撃滅。彼の者は敵か、味方か。


 彼らの雄姿を大々的に讃える内容は、どのニュース番組でも必ず放送されている。

 「ヴィラン」の脅威に晒されている市民にとって、日常生活を送る上で安心を得るためにも、「ヒーロー」の実績という情報は欠かせないものなのだ。


 ――20XX年。世界は、突如発生した未知のウイルス「ニュートラル」によって、混沌の渦中に追いやられていた。


 人や動物、果ては無機物にまで感染し、特殊能力を持った「超人」を生み出すその病魔は、人間社会に多大な混乱を齎したのである。

 ――やがて、そうした超人は「ニュータント」と呼称されるようになり、そう言った感染者達を管理する為に様々な制度が新設されることになった。「ヒーロー登録制度」も、その一つ。


 ニュータントの力を正しく、人々のために使う「ヒーロー」として登録された彼らは、その働きと引き換えに市民権と名声を得ることが出来る。

 反対に、ニュータントの力を悪事に利用する者達は「ヴィラン」と呼称され、ヒーロー達から討伐の対象とされるようになっていた。


 ヒーローとヴィラン。善と悪。

 同じニュータントでありながら、その力の行く先を巡り対立する双方は、互いの生存を賭けて日々争っているのだ。


「……なんだか、血生臭い世の中になっちゃったよねぇ。私が子供の頃は、こんな物騒な世間じゃなかったわよ」

「……僕も、ヒーローに登録した方がいいのかな」

「あら、あなた戦いたいの? 全然そんなタイプに見えないんだけど」

「いや、そうじゃなくてさ。……ニュータントは皆ヒーローに登録してなきゃ、ヴィラン扱いされる風潮があるって聞いたし……僕も、ニュータントとは違うけど……やっぱり普通じゃないからさ。もし何かがきっかけで悪者にされたりしたら、アトリにもカオルさんにも迷惑が――!」

「はいストーップ、そこまでそこまで」


 そんな世情を鑑みて、思い至った竜斗が席を立った瞬間。カオルは彼の肩に優しく手を置くと、そのままゆっくりと座らせてしまった。


「別に私はあなたを戦わせるために、1年も面倒見てきたわけじゃないのよ。変に戦ってあなたがケガしたりして見なさい、そっちの方が寝覚めが悪いわ」

「でも……!」

「そういう人を思いやるところ、私は嫌いじゃないわ。でもね、人のためにしか働かないような人は、自分も他人も幸せには出来ないの」

「……」

「まずは、あなたがちゃんと幸せになりなさい。誰のために頑張るとか、そんなことはそれからよ。――さっ、店の支度始めるわよ! とっとと着替えて来なさい!」


 やがて彼女は快活に笑い、食べ終わった竜斗の食器を持ち去っていく。機械仕掛けの青年は、ただその背中を見送ることしかできなかった。

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