第二九話:魔王の言葉
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ――。
部屋中に鳴り響いていた音がやんだ。英二はその音の発信源の上からゆっくりと手を離した。
眠い眼をこすりながら、手をどかしたその正方形の置き時計の中を覗きこむ。
17:18。
そこには黄色い4文字の数字が並んでいた。
「やべっ!」
総会の集合時間までもう残り僅かな時間しか残っていないことに気付き、英二は慌てて飛び起きた。
昨日は遅くまでカジノに熱中し、ホテルに帰ってきたのは空が完全に明るくなってからだった。そこからひたすら眠りを貪り今に至るというわけだ。
英二はベッドから飛び降り、急いでシャワーを浴びて出発の準備に取り掛かった。着替えを終えて小走りに部屋を出る。
1階のロビーに降り、表示されたマップを確認するが幸いにもホテルからアリーナまではそう遠くない。
まだ十分間に合うな――
英二はほっと一息付き、少し歩幅を広げてアリーナまでの道のりを歩き始めた。
集合場所に着くと、もう既に大半のメンバーが集まっていた。
「こっちこっち!」
結有が手を挙げて英二を招く。
「結構ぎりぎりだったね。さっきまで何してたの?」
「寝てた。ずっと」
「さては朝までカジノに熱中してたなー?」
「俺、結構カジノのセンスあるみたいなんだよね」
英二に続いて2人の同期が到着した。これで新人全員が揃ったことになる。
しばらくして、アリーナの中から小柳津が姿を現してこちらにやって来た。
「素晴らしい、皆揃っているみたいだね。さあもう開場の時間は過ぎている。中に入ろうか」
小柳津に先導され、英二らはアリーナの中に足を踏み入れた。通路を抜けると、すがすがしいまでの開放感に包まれた。
「すげえ」
「ひろっ」
思わず声を上げる者達も出始める。アリーナ内のホールは、ちょっとした街の人々なら簡単に収容出来てしまえそうなくらい広々としていた。
中央の大きなステージをぐるっと囲むように、座席が無数に設営されている。
その数、数千、いや数万は優にあるだろう。
「ほら、君たちの座席はこっちだ」
小柳津はホールの大きさに見とれる新人達をスムーズに誘導する。
連れて行かれた席はステージの真下、数多の座席の中でも最前列の座席だった。ステージ上が容易に目に入る。英二ら新人達は大人しく誘導された席に腰を下ろした。
開場してまもなくということもあってか、英二達が席についた時は席の入りはまばらであったが、次第に続々と人が場内に入りだしアリーナは熱気と緩やかな喧騒に包まれ始めた。アリーナ内には何か期待と緊張がないまぜになったような感情が渦巻いているように感じられる。
時刻が19時を迎えようという頃、いよいよアリーナ内は満席に近いほど人が入り切った。これほど多くの人を一度に見るのは初めてかも知れない、と思うほどだ。
「こんなにたくさんの人の前で私達紹介されるんだね……なんか緊張しちゃう」
隣の結有は少し緊張しているようだ。
「エージェントの人達だけじゃないからな。総会は一般の人達も注目するイベントで、今日もたくさん会場にやって来ている」
近くに座る小柳津が補足する。確かに場内の席には仕切りがあり、前半分の席がエージェント達に割り当てられているようだった。
ぱっ――
急にライトが落ち、アリーナの中は暗闇に包まれた。「わっ」と結有が小さく驚く。
いよいよ開幕の時間のようだ。
唐突に五感を揺さぶられるような音楽が流れ出した。それにあわせてスポットライトが場内を縦横無尽に駆け回り始めた。
まるでショータイムだ。
内側の熱い気持ちを揺り動かされるような演出に、英二は気持ちの昂ぶりを感じていた。
しばらくするとライトの動きがステージ上に集約され始め、やがて1つの円に落ち着いた。光の中に、純白のスーツをまとった一人の男性が後方から現れた。左手を上に掲げ、右手に持ったマイクを口元に近付ける。
「ようこそ、皆さん。エージェント総会の開幕です! 私、今回の総会で司会を務めさせていただきます
場内から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「ありがとうございます。1年を振り返るこの総会、果たして栄冠に輝くのは誰か、どのチームか、今から発表が待ちきれません。早速、プログラムを進めて行きたいと思います! まずはこの方からお言葉を貰わなければならないでしょう。我らがヘッド、桜井凱!」
――!
英二はその言葉に思わずぴくりと反応した。壇上で読み上げられたその名は、紛れもなく慎や斉人達から伝えられていた自分の父の名前だった。
遂に親父が――
英二の頭の中には様々な感情が渦巻いていた。
壇上が一面ライトに照らし出される。ステージ後方には縦長い机が置かれ、その後ろに7人の男が座っていた。
中央後部席の男がゆっくりと椅子から立ち上がり、前へ進み出る。男はそのままステージ前方中央に用意された演説台についた。
名前しか知らなかった父。その父が遂に自分の目の前に姿を現した。ステージ下、最前列の英二からはその顔がはっきりと視認できた。
精悍で勇ましい顔立ち。まっすぐ射るように前方を見据えるその目からは、内に秘めた強い意志を感じ取ることが出来る。
何か、父からは獅子のようなイメージを感じ取ることが出来た。
「みんな、久しぶりだな」
凱の声がマイクに拡張されてアリーナ中に響き渡る。
「今年も、こうしてここにみんなで集まれて嬉しいよ。まずはみんなの頑張りを讃えさせてくれ。1年間本当によく頑張ってくれたな、ありがとう」
凱は聴衆に向かって語りかける。
「みんなの頑張りのお陰もあって、今年も我がファミリアは大きく飛躍を遂げた。受注数・収益ともに大きく伸び、構成員もさらに力をつけますます組織は磐石となった」
英二は場内をちらりと見回してみたが、みな誇らしげな顔を浮かべていた。
「一方で、ここ数年現れ続けている厄災の兆候、邪気の氾濫、テロ行為の横行など、不安と緊張が高まりつつあるのも事実だ。我々は確固たる決意でこれらの不安要素と向き合い、徹底的に戦っていく。このコミュニティを誰にも壊させはしない。みんなも、引き続きどうか力を貸してくれ」
凱がそうスピーチを締めくくると、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。凱は演説台から降り後方の自席へと戻っていった。
父親の雄姿が英二は少し誇らしかった。
「ヘッド、ありがとうございました! では続いて、エージェンシー統括の
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