第六十一話 男子高校生は愛を探してさまよう2
前話のあらすじ
樹里亞に置き去りにされた傷心の俺は、るちあに慰められる。彼女と夕夜は俺の秘密を知っていたのだ。しかし、友達としての慰めは不十分で、悩んだ俺は早瀬の元へ。自分が傷ついていたことに気づかされて、俺は早瀬とベッドを共にすることに。
◇◇◇
マンションと言っても小さいタンスや机以外大した家具も置けない八畳程度の広さのワンルームで、部屋の中央をキングサイズのベッドが占領していた。その光景はまるでいつか見たラブホテルの部屋に似ていなくもない。るちあや樹里亞の部屋にもでかいベッドがあったけれど、生活スペースの大半がベッドで占められていてほとんど床が見えない部屋は初めてだった。
机に椅子はなく、ベッドの端に座ると教科書を広げるのにちょうどいい位置に置かれている。しかし、その机には洗濯済みなのか脱いだままなのか、靴下やら下着やらが山積みになっていた。
部屋の壁紙は淡いピンク色に統一されていて、男っぽい早瀬の趣味には合わないような気がするけれど、その他に女の子っぽさを感じさせるものは何もない。ぬいぐるみでいっぱいのるちあの部屋に比べるとなんとも実務的だった。
信じられないほど少ない調理器具であり合わせの夕食を作って一緒に食べ、俺は樹里亞との思い出を少しづつ話して聞かせた。それを早瀬は嫌な顔もせず聞いてくれる。
俺は赤ん坊のように泣きながら自分の心に澱のように溜まったものを少しづつ吐き出す。そんな面倒臭い俺をヤツはずっと抱きしめていてくれた。
それから俺たちは狭いユニットバスでくっつくように一緒にシャワーを浴びた。髪はショートだから乾かすのもあっという間で、二人とも裸のままベッドに入って……そのあとは割愛する。
◇◇◇
そして今、早瀬と一緒に登校した俺は学校の玄関で、隣のクラスの女生徒と口論の真っ最中だった。以前、俺がホントに
由理は校門前で俺たちを見つけると、鬼のような形相で俺に食ってかかってきた。
「アンタ。昨日は王子と一緒だったんでしょ? だから今日は彼と喋っちゃダメなのよ!」
「ちょっと待てよ! そんな話、早瀬から聞いてないぞ」
「当たり前でしょぉ。王子は関係ないもの。これは親衛隊の淑女協定なの。次のアンタの順番は二週間後。それまでは接触禁止。必要事項以外喋るのも禁止なのよ。ルールを守れない場合は除名になるわ。本来なら三ヶ月間は仮入隊であのマンションには入れないのに、王子が勝手に連れて行っちゃうから! だいたい、王子に興味ないって顔してたくせになんなのよ。アンタのせいで
そう言って由理は俺を睨みつける。
なんだこれ? どうなってんだ? ついでに菜々子って誰だ?
「俺は入隊するなんて言ってねぇよ! 勝手にそんな変な集団に入れるな!」
「あっそう? だったら今後、王子には近づかないでね。迷惑だから!」
さすがにコレにはカチンときた。
「早瀬は俺の親友だ。そんなこと言われる筋合いはないぞ」
「どこの世界に親友にベッドで抱かれる女がいるのよ! アンタも王子に朝までアンアン言わされたんでしょ! なにカッコつけてんのよ!」
「な! 抱っ! アンアンって!」
突然なにを言い出すんだこのビッチ!
なぜだかとてつもなく顔が熱い。俺の顔面は臨界温度を突破してなおも上昇し続ける。
……てゆーか、俺は『アンアン』なんて……。
そんな声……。
どっ! ど、ど、ど……どっから見てやがったーっ?!
いや、違う! そうじゃない!
こんなレズビッチにそんなこと言われる筋合いなんかないぞ!
「だっ! だいたいお前ら。女同士でハーレムだとか気持ち悪いんだよ!」
由理に向かってそう言ってやった。
俺は男同士として早瀬と知り合ったんだ。早瀬はホントは女だったし俺もいつの間にか女になってしまったけれど、俺たちの間にあるのは男同士の友情だ。
お前たちとは違うんだ。
「いい加減にしろよ、東條!」
低く押し殺した声に視線を上げると、それまで黙っていた早瀬が俺を睨みつけていた。
一瞬、ヤツがどうして怒っているのかわからなかったが、すぐに思い至った。誰しも自分の彼女が馬鹿にされたら腹が立つだろう。俺だって樹里亞が貶されたりしたら黙ってはいない。もう俺と彼女の間になんの関係もなくても……だ。
早瀬との友情にヒビが入るかもしれないが、この程度で壊れる友情など俺はいらない。それに、ここで怒るということは、ヤツ自身が俺と自分の彼女たちを同じカテゴリーに入れているということだ。
「東條。俺は中途半端な人間だ。それは認める。身勝手な俺のせいで彼女たちにも迷惑を掛けてる。だがなぁ、女同士の愛情を批判することは許さない! だいたいなぁ、女に振られて他の女に泣きついたんだぞ、お前。そんな女がレズビアンをディスるってのはどういう了見だ?! あぁ?! 昨夜は俺のテクで『ヒーヒー』言ってたじゃねぇか!」
「ひっ! ヒーヒー……テキトーなこと言うな! それに、女だったら誰でも良いって訳じゃないぞ。樹里亞だから好きになったんだ! だいたい不自然なんだよ、女同士なんて! 子供だって作れないじゃないか!」
そう……だから俺は樹里亞を諦めなくちゃならなかったんだ!
女だったら誰でもいいハーレム野郎……ましてや、ベッドでの事を他人に喋るような下衆ヤロウに俺の気持ちがわかるものか!
「わかってるよ、そんな事。昨日今日女になったヤツに言われたかぁねぇ! 俺たちは覚悟の上でやってるんだ。女同士が不自然だとか子供ができないからダメなんて言ってやがるが、女がイヤだってんなら最初から男に抱かれりゃ良いじゃねぇか!」
なっ!
男に……抱かれる?
「何言ってんだ早瀬! そんな気持ち悪……」
そこまで言ってふと気がついた。
俺の考えは矛盾している?
喋ることができなくなってしまった俺に早瀬が優しく答える。
いつものいたずらっ子のような笑顔で……。
「しっかりしろよ、東條。お前も女だろうが!」
◇◇◇
十二桁の数字が打刻されているプラスチックのカードを診察受付機に差し込む。自分の名前がプリントされた用紙を受け取って、待合室のビニール張りの椅子に腰掛けた。
ここは近隣の大学病院。去年の秋に俺の体の異常を見抜いて、それからずっとお世話になっている
予約の時間までまだ十五分ほどあった。待合室に設置された液晶テレビでは、昨年結婚したタレント議員が無事に男の子を出産したニュースが流れていた。政治にあまり関心がない俺でも知ってる『女は子供を産むための機械じゃない』という国会での発言があまりにも有名だ。
彼女は結婚して子供を産む権利を行使したのだろうか? それとも宗旨替えして義務を遂行したのだろうか? 結果は同じだが、言い方が違うだけでイメージはまるで違ってしまう。
「あれぇーっ? やっぱり
診察室に入るなり看護師さんが俺に抱きついてきた。ピンク色の制服を着た若手の看護師だ。ビックリしてその場に立ったまま固まっていると、目があった多岐川先生も口をポカンと開けていた。
「久しぶりだね。雪緒ちゃん」
そう言って微笑む顔は、化粧が大人しくなってわかりにくかったけれど間違いない、今年の夏に友達と出かけた海水浴で出会ったお姉さんたち。通称『女子大生ズ』のスーさんだった。
「うわー、スーさん! 久しぶりーっすー!」
「改めて、
俺たちは両方の手を握り合ってブンブン振った。まるで女子高生のような挨拶だけど、俺は正真正銘の女子高生だから良いのだ。今日だって午前中は学校に行って、午後から早退して病院にきている。だから女子の制服姿だ。
あれ? でも、スーさんが看護師ってことは、俺が間違って女湯に入ってたのがバレちゃうんじゃないの? いやでも、俺はもう女子高生なんだからセーフなのか?
「その格好で登校してるんなら女の子として生活してるってことだよね。まぁ、結局それが一番良いと思うよ。体に負担もかからないしね」
多岐川先生はそう言うと、おもむろに俺の胸にペタリと触る。
「血中のホルモンは正常値の範囲内なんだけど、胸がまだ成長してないな。まぁ胸は遺伝もあるけど、遅いようだったら治療してみるかな。本当なら自前のホルモンが一番なんだけどねぇ」
そんなことを言いながら俺の体をペタペタ触る先生。
別にイヤな感じはしないけれど、これって絵面的に問題ないのか? 医者だから患者に触っても良いってことなのか?
「じゃあ、そこに横になって、下着を降ろしてくれるかな」
多岐川先生が診察室の横のベッドを指差す。
先生に見せるのは半年ぶりくらいか。立ち上がってパンツを降ろすと、ベッドに横になって診察を待つ。
こういう時、スカートって便利だなぁと思う。
「うんうん、もう十分だね」
先生が手袋をした手で俺の股間を触診しながら言う。
え? 十分ってどういう意味だ? 十分診たってこと? それとも十分女性ってことなのか?
「それで、性交渉はあったのかな?」
は?
質問の意味が理解できず、俺はポカーンとしてしまう。
え? 性交渉ってエッチしたかってこと?
そう言われて俺の頭に浮かんだのは三人の女の子の姿だった。
一人目は幼馴染の
二人目はるちあ。手のひらに余るほどの大きなおっぱいを前方に突き出して、魅惑的なポーズをとっている。そしてやっぱり彼女も全裸だった。
三人目は早瀬だ。ヤツはベッドに仰向けになっている俺の足元に跨り、つないだ両手で自由を奪い、唇だけじゃなく……。
自分の顔が熱くなって、先生の視線から目を逸らす。
「あぁ、そうか。高校生だから経験あるかも知れないと思って聞いたんだけど、東條くんだからなぁ……」
「やだセンセー。それってセクハラですよー!」
頭をぽりぽり掻きながら笑う多岐川先生と、笑顔で突っ込む看護師のスーさん。
なんだなんだ! ここは銀座のキャバレーかっ?! ……いや、銀座のキャバレーがどんな所か高校生の俺にはよくわからないけれど……。
しかし、いつまでも笑っている二人を見ていると、なんだかフツフツと怒りが芽生えてきた。つまり『お前にはそんな経験ないだろう』と笑われているのだ。下着を脱いで脚を開いたポーズは十分恥ずかしいのに、経験がないと笑うなんて俺も舐められたものである。
「はぁ? あるに決まってるじゃないですか!」
ヤレヤレといった表情で診察用のベッドから身を起こすと、一瞬だけ診察室が静寂に包まれる。
エッチの経験がないと決めつけられては男の沽券に関わる。女だけどね。
「あああっ! そうだよね。東條くんだってもう立派な女子高生なんだから、そういう相手がいてもおかしくないよね。失礼なことを言ってしまったね。ゴメンゴメン。わかってると思うけど、避妊も忘れずにね」
「え? 避妊?」
なんで避妊なんて言い出すんだ? まさか、俺の体質に関係があるのか? でも、避妊するってコンドーム? いったいどこに着けるんだ?
「あのぉ……。女同士でも避妊するんですか?」
意を決した真剣な質問が俺の口から出た途端、なぜか診察室の空気がふたたび固まった。
多岐川先生もスーさんも、口を開けたまま呆然としている。
数秒たって先生が突然笑い出した。
「僕の聞き方が悪かった。単刀直入に言えば『男性器の挿入があったかどうか』が知りたかったんだ」
「しっ! ……してませんっ!」
俺が男となんかするハズない! なに言ってるんだ、この先生?
……てか、男としてないって断言しちゃったから、さっきの『経験済み』宣言が女の子相手だってことがバレてしまうじゃないか!
今の俺は女の子なのだから、つまりはレズビアンのカミングアウトをしたことになる。
恥ずかしさでイヤな汗が吹き出す。
「東條くんの性的指向は置いといて、今は興味がなくてもこの先男の子が好きになるかも知れないだろう? だから、男性とちゃんと性交渉できるかどうかは重要なんだ。それで聞いてみたんだよ。CTと超音波でも診てるし正常に生理があるようだけど、もしも膣内壁や子宮口に問題があったらいざという時困るからね。初めての時に痛みが酷かったり不正出血したりしたら、初めての痛みなのか、なにか問題があるのかわからないだろう? そのまま無理に入れようとしたら、中をひどく傷つけちゃうかも知れない。そうなったら困るよね。まぁーだいたい数分の触診でわかるから、もう一度下着を降ろして横になって」
多岐川先生はそう言って、白いラテックスの手袋をした両手を俺に見せた。
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