第三十七話 男子高校生はビーチでナンパされる1

前話のあらすじ


海水浴にきた温泉宿で俺は酔っ払った宏海と夕夜の二人に無理やり露天風呂に入れられた。なんとか体を隠して湯船に入るがデジカメで全裸写真を撮られてしまった。部屋に戻ると悪酔いした宏海に押し倒されてどうなるのかと思ったけれど、まぁだいたいいつも通りの結末。


 ◇◇◇


「君たちぃ、どこからきてるのぉ?」


 真っ黒に日焼けした顔と金色に染められた短髪。背が高い二人組の男が、焼きそばの屋台の前に立っている俺とるちあに話しかけてきた。

 俺たちは昼食の買い出し部隊に任命されて、屋台の前でできあがったばかりの焼きそばやお好み焼きを受け取るところだった。前日の『偽レインボーかき氷事件』のことを踏まえてオマケを期待したのだ。そんなにイイ事ばかり続くものかと思っていたけど、店員のオジサンはオマケだよと言いながら十二個入りのタコ焼きを一パック余計にくれた。


「あっちで友達が待ってるんですぅ」


 るちあが笑顔で後ろを指差すと遠くでボンヤリと立ってる男が二人、俺たちに手を振り返す。宏海ひろみ夕夜ゆうやだ。オマケしてもらうために屋台の店員には女二人を演じて、ナンパ野郎が寄ってきたら男連れであることをアピールする。そのために二人にはビーチの向こうで待機してもらっていたのだ。

 彼らに買い物を任せることはできない。昨夜ビールを飲みすぎて頭痛と吐き気で立っているのもやっとの木偶の坊になっていたからだ。でも、海パンを履かせてビーチに置いておけばナンパ除けのカカシ程度にはなる。昨夜見たハズの俺の裸どころか、夜中に三人で露天風呂に入ったことさえキレイさっぱり忘れてしまってるようだった。好都合だ。


「なんだよ。男連れかよ!」


 そう言って金髪男たちは舌打ちしながら離れて行った。

 悪かったな。お前らが声かけた俺も男だよ。バーカバーカ!


「はい、これで十回目。あたしの勝ちぃ! マンゴージュースね」


 るちあが勝ち誇った笑顔でそう言った。


 焼きそばを買って帰るまでにどのくらい声を掛けられるか彼女と賭けてたのだ。

 買い出し役に俺とるちあが選抜された時、俺より樹里亞じゅりあの方が適任だろうと言ったけど、るちあが言うには樹里亞のような背の高い美人は男にとって近寄りがたいものらしい。だから、彼女より俺の方がオマケしてもらえるというのだ。

 ホントかよ?


 でも樹里亞って、端から見ると『近寄りがたい』イメージなのか? 見た目はモデル体型の超絶美人なんだけど、俺にとって彼女は昔の面影のままの『可愛い』少女だ。

 だいたい『近寄りがたい』なんて言葉は一種の線引き……つまりは『差別』に他ならない。俺が思う『近寄りがたい』イメージのベストスリーは……。


 第三位……『追い詰められて爆弾のスイッチを握りしめたテロリスト』


 第二位……『全身から出血して苦しんでる特効薬のない伝染病患者』


 そして映えある第一位は……『幽霊』


 なのだが……。

 いや、そんな事はどうでもよくて、やっぱり、樹里亞が行く方が良いんじゃないの?


「まぁ、騙されたと思って一緒にきてみなさいよ。戻ってくるまでにコレくらいはナンパされるわよ」


 るちあは両手のひらを俺に向けてそう言った。十回は声をかけられるというのだ。


「じゃあ、ナンパされなかったらジュースを奢ってもらうぞ」


 そんなくだらない経緯で賭けが成立した。まあ、買い出しに女の子だけで行かせるよりは安心だとは思ったけど……。


 ◇◇◇


 しぶしぶ彼女のジュース代も出したが、たかが十回程度のナンパで納得する俺じゃない。

 同じルートを通る帰り道なら声をかけてくるヤツはいないハズだ。


「やっぱり十回じゃ納得できないな。樹里亞だったらその二倍は声かけられるんじゃないか?」


「じゃあ、帰りも賭けてみる?」


 そして俺は、るちあの焼きそば代までおごるハメになってしまった。


 ◇◇◇


 昼ごはんには旅館で用意してくれた昼食を持たされていた。本来ならそんなサービスはないのだけど、バイト先のオーナー店長であり樹里亞の叔父のジーンさんに紹介された宿だからか、いろいろと便宜を図ってくれる。

 持たされた昼食は白身魚のフライのサンドイッチだった。宿の豪華な夕食に負けないくらい美味かったけど、育ち盛りの高校生たちにとってはちょっともの足りない。

 俺たちはサンドイッチの他に屋台で買ってきた焼きそばとお好み焼きのパックを二個づつ、それとオマケのたこ焼きをシェアしてやっと満腹になった。


「こんなに食べたらお腹出ちゃうわ」


「コレ着るか? るちあ。少しくらい腹が出てても目立たないぜ」


 キャミソールを捲りあげてお腹を見せる彼女に冗談半分に俺の水着を勧めてやる。それは昨日、女子大生ズのミキさんに無理やり着せられた勝負水着『マイクロビキニ』だ。体に巻き付く白い紐に申し訳程度の小さい布地が縫い付けてあるだけのこの凶悪な衣装は、とうてい水着などと呼べる代物ではない。

 胸の下にぐるりと回された紐に、乳輪を覆うだけの幅しかない縦長の布が左右二枚。その布から上に伸びた紐を首の後ろで結ぶのだ。こんな紐に、るちあのあの大きな母性の象徴を支えるだけの強度はない。

 ボトムスだって同様の小さい布が股間の前から股下までのごく短い距離をカバーしているだけだ。股下から後ろの部分は紐だけしか存在しない、いわゆるTバックというヤツだ。この過剰な露出度をフレアスカートタイプの短いパレオで微調整するわけだが、できれば前側を隠したい俺としては、トレードオフとしてTバックの尻を見せて歩くことになる。

 るちあが着けるならどうするか興味があるところだけど、バストにもヒップにもボリュームがある彼女が着たら、やっぱり凄いコトになりそうだ。

 そんな俺の冗談に、彼女は……。


「嫌よ、そんな罰ゲームみたいな水着」


 と言い放った。

 やっぱり罰ゲームに見えるのか? 昨日は似合うって言ったくせに!

 そう言えば夕夜も罰ゲームだって言ってたな。


 それにしても……と、俺は自分の胸を見下ろす。こんな真っ平らな胸を見て声をかけようと思うヤツはいない。近づいてきた男たちはどうせみんな、るちあの巨乳が目当てだったんだろう。

 水泳の授業の時は生理前だったせいか少しは膨らんで見えたけれど、いまはホントに真っ平らだ。るちあの隣に立つと余計にぺったんこに見える。

 トップは小さく尖ってるけどブラの布地が引っ掛かるほどではないから、昨日はあちこちで誤爆するハメになったのだ。こんなことなら最初から潔くトップレスでビーチを歩くべきだったんだけど、ランさんたちがいるせいでそれもできなかった。最初から見せているのと隠しているものを見られるのでは後者の方が何倍も恥ずかしい。

 露天風呂の女湯でランさんたちに会わなければこんなことにはならなかったのに……。


 そうだ。ランさんと言えば、今日も彼女たちからのお節介で勘違いな指令をもらっていたのだ。


◇◇◇


 午後のビーチは太陽が一層強く照りつけ、気温もグングンと上昇していた。

 ランさんたちのアドバイスに律儀に従う義務なんかないのだけど、俺には教えてもらわなくちゃならないことがあった。『解けない紐の結び方』である。ランさんのミッションをこなさないとそれを教えてもらえないのだ。


 ミッションの内容はこうだ。この勝負水着を着てビーチの端から端まで歩くこと。その時、男連れで歩いちゃダメだと言う。

 でも、るちあと歩いたらさっきみたいにナンパされまくるのは目に見えている。ちょっと歩く度に声を掛けられてたら、あっという間に夕方になって帰る時間になってしまう。巨乳もモデル体型も邪魔なだけだ。このミッションはソロでなくては攻略できない。


 ◇◇◇


 そう思っていた時期が俺にもありました。

 ビーチで寝転ぶみんなと別れて俺は一人、海水浴客でごった返すビーチに足を踏み出す。しかし、ほんの一~二分歩いただけですぐに声を掛けられた。

 しかも、ナンパ野郎のしつこさがさっきの比じゃない。相手が一人だと思って強気に出ているのだろうか。ドライブに誘ったり食べ物で釣ろうとしたり、あらゆる手を使って誘惑しようとする。

 そんな連中が数分に一人くらいの間隔で声をかけてくる。その度に、ビーチの向こうで寝そべっている宏海たちを指差して、男連れをアピールしなければならない。

 はっきり言って面倒くさい。こんなミッションにいったいなんの意味があると言うんだろう?


「セクシーな水着だね。お嬢さん、一人できてるの?」


 一人じゃないし、こんなの水着とは呼べない。第一、俺は『お嬢さん』じゃない。

 心の中でそう毒づきながら、そんな顔は一切しない。


「友達ときてるんですぅ」


 るちあの喋り方を真似た女の子っぽく聞こえるようなトーンで話しながら、後ろを振り返って向こうを指差す。


 あれ?

 宏海たちが見当たらない。二日酔いが醒めたのか、手を振るだけの役に飽きて泳ぎに行ったのだろうか。

 こんなペースじゃビーチを横断して戻ってくるまでどのくらい時間がかかるかわからない。この男もさっさと振り切って先を急がなくてはならないのに……。


「友達なんてどこにいるんだ?」


 今までの男たちは、男友達と一緒にきてると言えばたいがい疑いもせず引き下がっていた。しかし、こいつは今までで一番諦めが悪い。


「なあ、『友達ときてる』って言って断るってことはよぉ、その友達が見当たらなければ俺と付き合うってことだよなぁ!」


 大声でそう言うとナンパ野郎は俺の腕を掴んだ。

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