第105話 ダーマー公の遠謀
「すいません、マリーさん。こんなところにご足労いただいて……」
「いえ、そろそろお呼びがかかるかと思っておりましたわ」
「本当はお茶でも飲みながら……、とも思っていたのですが、馬車以外で内密な話をするところがなかったので……」
「ヘレンさん……。お気遣いいただかなくて良いですわ。私共は、これ以上ないほど厚遇していただいておりますから」
薄暗い馬が外された馬車の中に、俺達は集っている。
「そうそう、エイミアさん……。ローラがご迷惑をおかけしているようで」
「い……、いえ……。ご……、ご迷惑だなんて……。ろ……、ローラは寂しくて仕方がないのでしょう。き……、気持ちは分かります」
「そう言っていただけると……。ローラも孤児なんです。お父さんと一緒に働いておられるエイミアさんがうらやましいのでしょう」
「……、……」
「でも、私が叱っておきますので、お許し下さいね」
「……、……」
エイミアはこくんとうなずいた。
マリーに言われなくても、薄々察していたのだろう。
何も言わないけど、エイミアって凄く人のことを良くみているからなあ……。
「さて、では、皆さんお揃いですので、始めますね」
「……、……」
「まずは、情報屋さんから、皆さんに先ほどの情報をお話し下さい」
「了解です。ああ、おいら、わざわざこんなところに忍び込んだかいがあったなあ。ヘレンさんから凄い報酬をもらっちゃったからさ」
「情報屋さん……。話が逸れてますよ」
「あ、ごめんっ! これ、おいらの悪いクセなんだ」
兵士姿の情報屋は、本当に反省しているのか分からないが、頭をかいて見せた。
「ヘレンさんからご依頼の件は、セイロの木の行方について……、だったんだ」
「セイロの木?」
「ああ、アイラさんが炎帝をぶっ飛ばすまで、セイロの木はパルス自治領から他所に輸出出来なかったんだ。だけど、どう言うわけか、パルス自治領内にあるはずのセイロの木がなくてね。ヘレンさんはそのことに気がついて、おいらに捜索を依頼したってことなんだ」
「セイロの木の皮だけじゃなかったのか? 輸出禁止になっていたのは」
「それが、そうじゃなかったんですよ。だけど、それっておかしいでしょう? ギュール共和国は、別にパルス自治領を取って喰いたいわけじゃないんだから」
「……、……」
アイラが不思議そうな顔で情報屋を見る。
「セイロの木の皮を集めるときに、あるはずの材木がないのでずっと疑問に思っていたの。ジンさんやオリクさんにも聞いたのだけど、ギュール共和国側が管理していたから分からないと言う答えが返ってきて……」
「ああ、それで、ジンは言っていたんだな? セイロの木の販権がどうのって……」
「そうなの……。ただ、ギュール共和国でそんなに材木が必要なことって、どうにも思いつかなかったわ。だから、マルタ港に入るまでは、疑問のまま半分忘れかけていたのね」
「……、……」
「でも、敵襲があって、ピンときたわ。だから、情報屋さんにお願いしたのよ」
「ピンときたって、何がだよ?」
「それを今から話すのよ。情報屋さん、続けて下さい」
「……、……」
ヘレンはそう言うと、情報屋に向かってうなずいて見せた。
「結論から言うと、材木をくすねていたのは、ダーマー公だな」
「ダーマー公? どうして材木なんか……」
「それはおいらにも分からなかった。だけど、物凄く大量の材木を集めていたことは確かだよ」
「……、……」
「それが、マルタ港近郊に運び込まれたことまでは突き止めたんだ」
「……、……」
情報屋は得意げに皆を見回す。
「臭いますね……。大量の材木がマルタ近郊に運び込まれたことと、ダーマー公がそれを指示していたと言うことが……」
「ええ、ジーンさん……。ダーマー公は戦争の指揮者です。砦の攻略のために手を打っていたとしか思えないです」
「手を打つと言うと、兵器か何かを作っていると言うことですか?」
「そうだと思います。大量の材木が必要な兵器を……」
ジーンは、ヘレンに向かってうなずいて見せた。
そして、
「砦攻略の兵器……」
とポツリと呟いた。
「マリーさん……。こんなことを聞いて申し訳ないのですが、今言ったことについて、何か御存知ではありませんか?」
「材木のことですか?」
「はい……。詳細までとは言いませんが、知っていることがあったら教えていただきたいのです」
「……、……」
「どんな些細なことでも良いのですが……」
「材木のことではないのですが、そう言えばあの人はこんなことを言っておりましたわ」
「……、……」
「木材を繋ぎ止めるための鉄がいる……、と」
「鉄ですか?」
「はい……。ちょうど雨を降らせ出した頃です」
「……、……」
「私は、宿舎でも建てるのですか……? と聞いた記憶があります」
「それで、ダーマー公は何て仰っておられました?」
「宿舎ではない。もっと高い建物だ……、と」
「ああ、やはり……」
「……、……」
やはりってどういうことだよ?
ヘレンは予想していたってことか?
大体、兵器を造っているんだろう?
だったら、建物なんて関係ないじゃないか。
「それ、砦の壁を越えるための兵器じゃないか?」
アイラがボソッと呟く。
「聞いたことがある。遠い異国で、塔のようなものに車を付けて馬で運び、高い壁の城を攻略したって……」
「……、……」
「塔の中に階段があるから、砦に兵器が隣接すればすぐに乗り込めるんだ」
「そうね……。アイラ、私もそう思うわ。私はその話は知らなかったけど、今のギュール軍の攻め方を見て砦を乗り越える兵器だと思ったわ」
んっ?
あ、それ、確か映画で観たことがあるなあ。
ほら、三国志とかで使ってたあれだろう?
攻城戦には必ず出てくるの。
この世界にはあまり馴染みがないのかな?
……って、俺、知っていたのに全然思いつきもしなかったよ。
これじゃあ、知っていても何の意味もないなあ……。
だけどさ、ヘレンってやっぱ凄いよ。
知らなくても察しちゃうんだから。
それも、敵襲が来てピンとくるんだからさ。
こういうところが俺のダメなとこなんだけど、でも、俺にヘレンと同じ洞察力を持つことなんて無理だしな。
いたしかたないよな、実際……。
「なるほど……、それで分かりました」
「……、……」
「ダーマー公が雨を降らせ続けたことも、今の敵襲に迫力がないことも」
「ええ……。ジーンさんのお考えが正しいと思います」
「つまり、ダーマー公は、兵器を造るための時間を稼ぎたかったのですね? それと同時に、疫病を流行らせて砦の兵士を弱らせることが出来れば一石二鳥だと……」
「……、……」
「敵襲に迫力がなかったのは、油断させるためですね。砦の西側を攻めていると言うことは、本命は東側……」
「……、……」
「こちらの油断を誘い、一気に攻略する腹づもりと言うことですね?」
「はい……、そうとしか思えません。そうやって考えれば、すべての意図が一本に繋がります」
そ、そう言うことかっ!
じゃあ、ドーソン将軍がご機嫌になってる場合じゃないんだな?
それに、水の魔女を誘拐されても、向こうの戦略は着々と続いているってことなんだ。
お、おい……。
これ、大変な事態じゃないか。
もし、ヘレンが気がつかなかったら、マジで砦が陥落してしまうところだぞっ!
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