第50話 提案

「痛たっ……。あれ? 手首に内出血した痕があるね」

「……、……」

「何だか、足首もチクチクと痛むような……?」

「レオンハルト将軍……、それは……」

「ん? ヘレン、何か知っているのかい?」

「……、……」

「それに、ここは何処なんだい? どうして僕はここにいるんだい?」

「……、……」

レオンハルトは、自身の置かれている状況がまったく分かっていないようだ。

 しきりと周りを見回し、寝ている胸元にすがりつくヘレンに、湧いた疑問の数々を尋ねる。


「えっ? ヘレン、まさか泣いているの? ヘレンを泣かしたのは誰だ? そんな奴には、僕の雷撃をお見舞いするぞっ!」

「いえ……、これには子細がありまして……。ですが、もう大丈夫でございます。すべて解決いたしました」

「どういうこと? 子細? ねえ……、ヘレン。詳しく教えておくれよ」

「はい……。少しお待ち下さい。込み入った話ですので、頭を整理してからお話しいたしますからね」

レオンハルトは不思議で仕方がないと言った風情で、ヘレンに問いかける。


 その姿を見るヘレンは、涙が止まらないでいる。

 しかし、その涙を拭おうとはしない。

 普段あまり表に出さない感情に、敢えてヘレンは身を委ねているかのようであった。


 エイミアも涙していた。

 ヘレンとレオンハルトが語り合うのを見て、ジンときたのだろう。


 エイミアは俺を抱き上げた。

 そして、涙で濡れた頬で、俺に頬ずりをする。

 俺の毛がエイミアの涙で濡れる。

 暖かい涙で……。


 俺達はホロン村でのレオンハルトを見ている。

 あの凄まじい雷撃を放っていたレオンハルトを……。

 そして、これほど愛おしく思っているヘレンをも、殺そうとしたことも……。


 だけど、今のレオンハルトを見ていると、俺にはどうしても同じ人物とは思えない。

 それほど、ホロン村でのレオンハルトは憎々しかった。

 人相すら違っていたのではないかと思うほどに……。


 俺は、あらためて裏切りのオーブの恐ろしさを思う。

 魂を覆い、感情すらも操れてしまう、卑怯としか言いようのない魔術に……。

 




 エイミアは、バックから薬を取り出すと、そっとレオンハルトの枕元に置いた。


「あ……、アイラ」

「んっ?」

小声でささやき、アイラの袖を引っぱるエイミア……。

 アイラが不思議そうな顔で振り向く。

 それに応じるように、エイミアが目配せをする。


「ああ……、分かった」

「……、……」

エイミアは何も言わないのに、アイラはうなずいた。


 そうそう……。

 今の俺達は、ヘレンとレオンハルトにとっては、単なるお邪魔虫だよ。

 ここはそっと出て行ってやろうよ。


 アイラは、ズボンのポケットから黄色い球を取り出すと、エイミアと同じように、そっとレオンハルトの枕元におく。

 レオンハルトはヘレンとの話に夢中で、気づいてはいないようだ。


 ただ、黄色い球は、枕元に置かれた瞬間に、急に艶々としだした気がする。

 持つべき者のもとに戻った雷のオーブは、今、何を思うのだろう?


「さあ……、ヘレン。涙を拭いてよ。そして、僕に子細とやらを話しておくれ」

「いえ……、もう少し、このままでいさせて下さい」

「そっか……。では、僕が涙を拭いてあげるよ」

「あっ、そんな……。もったいないことで……」

ヘレンとレオンハルトが仲むつまじく語り合うのを邪魔しないように、エイミアとアイラはそっとベットを離れる。


 大丈夫……。

 レオンハルトなら、事実を打ち明けられても、変わらずヘレンを想うに違いない。


 俺は、少しずつ遠くなる二人のむつまじい声を聞いて、そう思うのであった。





「ヘレンは、レオンハルト将軍の側におるのか?」

ゴードンは、帰宅早々に、アイラに尋ねた。


 かすかにうなずくアイラ……。

 レオンハルトの寝ている部屋から出た俺達は、もう夕食を食べ終わって一服していると言うのに、まだヘレンは出て来ない。

 きっと、話しにくいことを、ヘレンが苦心しながらレオンハルトに説明しているのだろう。


「そうか……、ヘレンはいないのか」

「……、……」

「本当は、三人一緒に話したかったのだが……」

「……、……」

ゴードンは、思案顔で呟く。


「エイミア……、お主、両親はどうしておる?」

「りょ……、両親でございますか?」

「うむ……」

「……、……」

唐突に、ゴードンが尋ねる。

 エイミアは困惑したような表情で、聞き返す。


 ……って、いきなり何だよ、ゴードン?


「総長さん……。エイミアのお父さんは戦争に行っているよ、救護隊でな」

「そうか……」

「普通、兵役って言うのは、一年交替だろう?」

「うむ……」

「だけど、エイミアのお父さんは優秀な薬師なんで、何年経っても帰れないんだ。替わりが見つからないんだとさ」

「……、……」

「だから、エイミアは一人で薬屋を営んでいるのさ」

「……、……」

「戦争に負けられないのは分かるけど、いい加減、エイミアのお父さんは帰してやって欲しいよ」

「うむ……」

アイラがあけすけに説明すると、ゴードンは深くうなずいた。


「……で、母はどうしておる?」

「は……、母は……」

「……、……」

「わ……、私が、お……、幼い頃……。な……、亡くなりました」

「……、……」

「と……、突然、ご……、強盗に、は……、入られまして……」

「す、すまん……。辛いことを聞いてしまったな」

ゴードンは、しまったと言うような表情で、エイミアに謝る。

 しかし、エイミアは首を振り、少し寂しげに笑って見せた。


「エイミアが人と話すのが苦手なのは、お母さんが亡くなった現場に居合わせてしまったからなんだ。強盗に襲われるところを見たショックで、普通に喋れなくなった」

「……、……」

「だけど、エイミアは芯の強いところがあるからさ。心の傷として残っているけど、今はしっかり生きているよ」

「うむ……」

「まあ、触れられたくない過去ではあるだろうけど、起っちまったことだからな。受け入れるしか仕方がないのさ」

「……、……」

ゴードンは、沈痛な面持ちでアイラの説明を聞いていた。

 警備総長として、忸怩たる思いがあるからか……。

 それとも、健気なエイミアに感じ入ったのか……。


「エイミア……、すまなかったな。だが、悪気はなかったのだ。許してくれ」

ゴードンはもう一度謝ると、深々と頭を下げた。


 ……って言うか、俺、ゴードンのこういうところが好きだな。

 自身が謝るべきだと思えば、相手が誰であろうとちゃんと謝れる。

 そう言う男って、そうそうはいないよ。


「唐突に何を聞くのかと思っただろうが、これにはわけがあるのだ」

「わけ……?」

「奥がな……。是非にも、お主達三人を引き取りたいと言うのだ。お主達さえ良ければ、娘としてな」

「あたし達を……? 娘に……?」

「うむ……。まあ、アイラ、その方はシュレーディンガー家を継ぐ身であるから、断ってくれて構わん。きっとジェラルドも戻るだろうしな」

「……、……」

「エイミアも、父が健在だそうだから、娘としてではなくて良い。ただ、奥の話し相手としてでも良いので、この屋敷に留まってはくれぬか?」

「……、……」

エイミアは、思いもよらないゴードンの言葉に、目をパチクリさせている。


 ……って、そりゃあそうだよ。

 ゴードン、いきなり何を言ってるんだよ。


「ヘレンは孤児だそうだな? それに、レオンハルト将軍と想い合っているようだな?」

「ああ……」

「奥が言うにはな、二人を添い遂げさせてやるには、ヘレンを然るべき家柄の家に養子に入れるべきだと言うのだ」

「……、……」

「レオンハルト将軍は名家の出……。このままでは、周りの反対に遭うに決まっていると……」

「……、……」

「アイラとエイミアを娘にするのは難しいだろうが、ヘレンなら、ヘレン自身のためにもなろう。どうだ、そうは思わんか?」

「……、……」

ゴードンは、エイミアとアイラを見較べながら、熱心に語る。


 うん……。

 ヘレンは良いよな。

 きっと、ゴードンの仕事の相談にも乗れそうだしな。


 それに、レオンハルトと結婚できるって、素敵なことじゃないか。

 奥さん、良く気がついたね……。

 俺、ヘレンに関しては大賛成だよっ!


 エイミアとアイラは戸惑っているようだったが、俺は勝手に大乗り気でゴードンの話を聞いていた。

 ヘレンもこれを聞いたら喜ぶだろうな……、と、思いつつ……。


                             

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