第11話

 遊歩道に入ったとき、唐突に、男が二人、駆け寄ってきた。チンピラグループとは違う装いである。一人は、かっぷくのよい腹にエプロンもかけ無精髭をはやしている。かけているメガネがチカチカと空の色を反射させている。もう一人は痩せていて四十代に見えるが白髪頭。顔はどちらも何かを頭に詰め込み過ぎて神経質な表情を呈していて、腕章をつけている。広場で食糧を配給していた代表者らしい。米兵に迫るなり、まず無精髭が、人とのコミュニケーションが今まで取れていなかった性格を表すように、頼りない口の動きを示す。


「あ、あのさあ、あんたたちアメリカ兵?……戦争反対! 人は皆平等! 暴力で解決するのはよくないぞ。人権があるんだぞ」


 ルシアの隣を歩く軍曹が足を止めた。アサルト・ライフルを片手に、文句をたててきた男の胸へ人差し指を鋭く突き立てる。


「さっきの出来事を一部始終見ておきながらの、実に美しい言葉を散りばめたレビュー、ご苦労様です。なにが人権だよ。偉そうな事を旗印にするのなら、足元のことを見て見ぬふりをするなよ!」


 言い返してしまった軍曹へ、もう一人の白髪が青白い顔の、瞬きしない目の上がピリピリと痙攣し、眉毛が震える。


「神さまを信じている私のやっていることは正しいんだ! 神さまは人を裁いてはいけないと言っている! 最後は神さまに全てを委ねなければいけない!」


 まくしたてて口角泡をとばす白髪頭を前に、軍曹は、後悔した顔へと変わる。


「ああ、しまった……そういうことか。日本もいるんだな。この手の……洪秀全ほどの胆力もないくせに……といっても通じないし。I don't get it! もしかして、お前ら、テロリストかもしれなくもないかなあ? 腹が不自然にでかいぞお! もしかして自爆装置? ああ!? 」


 米兵に吠えられた無精髭と白髪が、向けられたライフルの銃口を見つめた。共に後退りし、尻餅をつく。震えはじめた身体を転がすように、おそらく元いた場所、好きなまま夢を見られる縄張りへと逃走した。


「ああ、大尉殿、笑ってないで。やってしまいました。せっかく、ハッピー・エンドになっていたのに。これでか弱い女の子を助けた正義の味方から、狂気の善意を看板にしている民間人を襲った悪魔の在日米兵というバッド・エンド……」


「そう、ボヤくな軍曹」


 ひっそりとした樹木の中の遊歩道を、男女の米兵が来た道を逆に車の止めた所へ向かって歩いていく。ライフルの具合を手際よく確かめながら軍曹は、いましめる横目を上官へ向けた。


「それにしても、あの多数を一人で相手にしようとするなんて。ヒヤヒヤしましたよ。胃が痛いです。途中で胃薬買ってくださいね」


「安全装置は解除していたのか?」


「ええ、パニック起こしそうだったから三弾連射モードにしていましたけどね。相手はここが縄張りのギャングですね。自分はアクション映画の格闘技ヒーローにはなれませんし……」


「武器など、必要なかったのだぞ」


「ああ、そうでしたね。大尉は見た目だけは、か弱そうなお姫様みたいなんで、つい私もあの緊迫した空気に飲まれて西部劇気分で……」


「南米から移民した私の気持ちはわからんだろう?」


「いえ、わかりますよ。自分もイタリア移民の子孫ですからね。ムッソリーニやマフィアを連想しますか? できればパスタとチーズ、オリーブ、それとワインにして欲しいです。 ああ、言っておきますけれど先祖はイタリア北部です。南部のラテン系とは違いますからね。遠い親戚はヴェネツィアにいますけれど……」


「……なるほど、それでか……ところで……気づいたか?」


「何がです?」


「いや、何でもない。世の中、人間らしいロボットと、心の腐った人間のどちらが良いかと思ってね」


「はあ?」


「……しかし、うまくかわされてしまった……フフフ……」


 ベレー帽のない紫色の髪。褐色の顔は目が忍び笑った。


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