第15話

それから一週間後、サクヤはあれから新しく貼り付けてあった紙の指示通り、使われなくなった体育館に来ていた。

中に入ると、真ん中に椅子が一脚だけぽつりと置いてある。サクヤは歩いて行ってその椅子に座った。

床がうっすらと白く、埃っぽい臭いがする。

「よく来てくれたね」

突然、壁のスピーカーから変わった声が聞こえた。ボイスチェンジャーを使って話しているらしい。サクヤは正面二階にあるガラス張りの放送室を見上げた。この位置からはよく見えない。

「君が勇気を振り絞って来てくれて、本当に嬉しい。いや、罪悪感を抱く事はないんだ。秘密を知りたくなるのは人なら当たり前の事、まして目隠しの人生ならね。無理もない」

声はとても弾んでいるように聞こえる。

「では約束通りお話しよう。でもその前に」

スピーカーの声は少し沈黙した。

「__君の事を知りたい。こちらは君の事は生い立ちから経歴、何もかも判っている。しかしさすがに覗く事ができないのは心の中だ。何故君は今まで言われた通りにしていたのかね? 教えてくれないか」

 サクヤは沈黙した。

「いや、そんなに難しい事じゃない。ただ、どうして、という理由を教えて欲しいんだ。どうして君が今日までの行動を取ってきたのか、いや、取ってこれたのか? 」

 沈黙。

「今日ここに来たと言う事は、ずっと疑問を持っていたと言う事だろう? それなのに何故、君は二十年以上も言いなりになっていたのかね? 調べる手立てがなかったからか? 」

 沈黙。

 声が少し苛立ちを帯びてきた。

「恐怖か? 好奇心か? 達成感か? 何故なんだ? 」

沈黙。

「何故、何故おまえは39を読むんだ!? 」

 沈黙。

 それから五分ほど立ち、スピーカーからため息が聞こえた。

「残念だが、答えてくれるまでこちらも言うつもりはない」

 サクヤは初めて口を開いた。

「姿を__見せてくれませんか。これじゃアンフェアだ」

 すると、声の調子がいきなり凶暴になった。

「お、お前はいつだってそうだ。とりすまして。でもな、そうはさせねえ。実は、今回の事はピーター達に話してあるのさ。お前が秘密を知りたがっているとな。質問に答えたら今回は見逃すようにしてやる。でも答えなかったら・・・う、うわ、何だ! 」

 突然スピーカーの向こうでバン、と何かが壊れる音がし、大勢の靴音と怒声が聞こえた。

「お、お前ら!? は、放せ、放せ!! 」

 男の声が聞こえた。

しばらくしてスピーカーから何も聞こえなくなると、右手にあったドアから、ピーターを筆頭に、十数人の警官が出て来た。真ん中に服や髪が乱れた初老の男が暴れている。

 サクヤは椅子から立ち上がった。

図書館のスタッフだ。

名前は確か・・・。

モーリス。

怒り狂っている彼の顔は、笑顔しか見た事のないサクヤにとって、別人に思えた。

彼は腕を振り回し、無茶苦茶に暴れていた。たちまち七、八人の警官に乱暴に取り押さえられる。モーリスが喘いだ。

「お、お前ら、ピーター、何で・・・」

 ピーターは冷ややかな視線で彼を見つめた。

「お前はうまくやっていたと思っていたようだがな。サクヤから40の紙切れが貼ってあったと聞いた時から、密かに図書館のスタッフ全員を見張っていたんだ」

モーリスはもみくちゃにされながら、サクヤをきっと睨み付けた。

「裏切り者!! 」

 がらんとした体育館にモーリスの怒声が響き渡る。

「お前は、お前は知りたかったんじゃないのか!! 」

「はい」

サクヤは静かに答えた。

知りたかったんですよ。

ポケットから39と書かれた紙を取り出す。

「誰がこれを書いたのか」

それを聞いた途端、モーリスは動きを止めて、目をいっぱいに見開いた。

「そ、そん・・・お、お前は、お前にとっては・・・」

青くなった彼の唇がしばらくワナワナと震えていたが、やがてモーリスはがっくりと首を折れた。

すかさず彼の両手には手錠がかけられ、二人の屈強な警官が両方から彼の腕を取った。そのまま外へ引きずっていく。

モーリスはもう抵抗しようとせず、力なく歩いて行く。丸まった彼の背中が小さく見えた。

良かった。

あなたは、怒る事もできたんですね。



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