(14)弱り目に祟り目
「よう、姫に逃げられた哀れな下僕。今頃はプールではなく自分の流した涙の池で溺れて、しょぼくれた濡れ鼠になっているか?」
挨拶代わりの第一声に、友之は不吉な予感を覚えながら慎重に問い返した。
「……いきなり何ですか、清人さん」
「今日の日中、真由美さんは大層ご立腹で、玲子お義母さんは爆笑しまくっていた。俺も一緒に観させて貰ったが、笑いを堪えすぎて腹筋が痛いぞ。どうしてくれる」
あまり当たって欲しくない予想が的中してしまった友之は、肩を落として呻いた。
「今日、母さんがそっちに行きましたか……」
「ああ。後生大事に、メモリアルムービーを抱えてな。お前、知らないところでキャラが変わったな」
「変わってませんよ! 今現在、色々な事で精神をゴリゴリ削られているので、いたぶるのはまたの機会にして貰えませんか!?」
「馬鹿話はそれ位にして、本題に入るぞ。春先に、あの女が東京に戻って来ている」
清人が急に声を低めながら告げてきた内容で、友之の顔も瞬時に真顔になる。
「あの時から半年は監視すると言っていましたから、昨年末で終了したのでは?」
「常時監視を付けるのは半年で止めたが、定期的に動向を把握させていた」
「そうでしたか」
「この間の事を端的に報告すると、あの女が金を借りた先のタチの悪い債権者どもに、さりげなく実家や兄弟の勤務先などの情報を流したら食い付いて、あちこちに押し掛けた。それで仰天した実家の連中が、あの女を大阪に呼び戻したそうだ」
それを聞いた友之は、深く納得した。
「ああ、それで俺や教授の妹さん達を訴えようと悪あがきをしていたのが、頓挫したんですね? 全く音沙汰が無くて、少し不思議に思っていました」
「そもそもまともな証拠がないのに、裁判を引き受ける馬鹿な弁護士はいないからな。しつこくあちこちの弁護士事務所を回って、初回相談料をむしり取られての繰り返しだ。俺としては親切心で無駄を省いてやったつもりだが」
そこまで聞いた友之は、思わず苦笑してしまった。
「本当に、お優しい事ですね。しかしよほどの事が無いと、親兄弟に借金を肩代わりする理由はありませんよね? 大阪にいたなら、保証人でもないでしょうし」
「確かに支払い義務は無いが、世間体とか信用と言うものがあるからな。特に客商売とか公務員とかだと、大変だろう。それで家族全員で揉めまくった末、親が子供達に財産を生前贈与する事になった。ただし嫁達が結託して、あの女は両親の面倒をみない代わりに、兄弟より額は格段に少なくなった。だが何とか借金を返せる位の額は貰ったそうだから、文句を言う筋合いでは無いな」
「それで借金は返せたと?」
「返せたんだがな……。これで懲りておとなしくすれば良いものを、東京に舞い戻った」
「それが春先ですか。何の為にですか?」
話が冒頭に戻った為、友之が改めて問いかけると、清人が呆れた口調で答えた。
「ホストクラブに押し掛けて、貢いだホストに『金を返せ』と迫ったそうだ」
「……そこまで馬鹿だとは思いませんでした」
「寧ろそこまで馬鹿だと、次の行動が読めなくて楽しいがな」
「笑い事では無いと思いますが」
呆れ果てて一瞬言葉が出なかった友之に、清人は笑いを含んだ声のまま続けた。
「ホストに鼻であしらわれた女は激昂して店内で暴れて、ホストの顔に傷を付けた挙げ句、備品や調度品も複数壊してな。傷害と器物破損の現行犯逮捕だ」
「それで?」
「当初、誰も保釈金を払おうとせずに、拘留が長引いた。身内や親しい人間に連絡がいった筈だし、本人が裁判時にきちんと出廷すれば、保釈金は全額戻るのにな」
「そこら辺の信用が全くない上に、これまで色々迷惑をかけられた挙げ句、更にかかわり合いなりたくなかったのでしょうね。それで、結局どうなったんですか?」
思わず頷いた友之に、清人が淡々と説明を続ける。
「結局は親が出したらしい。初犯だし、計算すると辛うじて被害額を弁償する位の金は手元に残っているだろうし、執行猶予が付いて終わりじゃないのか?」
「いっそのこと、前科持ちになりやがれ」
「ところでそろそろ女が釈放されそうだから、お前はともかく嫁に警護を付けるか? お前の住所は知られているし、そこに彼女が出入りしているのを見られたら、逆上して何をするか分からんと思ってな。このタイミングでそこを離れていて、正解だったかもしれん」
思わず悪態を吐いた友之だったが、冷静な清人の指摘に瞬時に真顔になった。
「それは……、そうですね。思い至りませんでした。社内では人目があるから心配要らないと思いますが、通勤時の手配をお願いできますか?」
「分かった。あからさまな感じではなく、尾行しつつ警護する感じて良いな?」
「はい。周囲に不審に思われるのは避けたいです」
「念のため、父親のマンションにいる間から始めさせるぞ? 嫁の予定を逐一知らせろ。あの女の方も、引き続き動向を把握するようにしておいて、変わった事があればすぐに知らせる」
「宜しくお願いします」
そこまで事務的に話を進めた二人は、無駄な話はせずに通話を終わらせた。そしてスマホを机に置きながら、友之が疲労感満載の声を漏らす。
「本当にこのタイミングで、厄介事が重なるとはな」
しかしすぐに気持ちを切り替えた友之は、父親に経過を知らせておくべく、いつもの表情で部屋を出て行った。
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