(24)吉村の改心

(さすがはお義父さんだ。恫喝具合と威圧感が半端じゃない。吉村もこの様子だと、相当肝が冷えただろう)

 自分の横で杉田が盛大に溜め息を吐いたのを契機に、友之は吉村に向き直り、控え目に声をかけてみる。

「その、吉村?」

 すると吉村は、まだ幾分信じられない様な顔で問いを発した。


「課長……、本当に俺が鹿取技工を辞めた事情を、ご存じだったんですか?」

「まあ、一応は。だが一々周囲に言わなくても良い内容だと判断したから、関本の父親の情報と同様に、俺のところで止めておいた。実際に接してみて、君の人間性にそう問題があるとも思えなかったしな。変な先入観を植え付けかねない誤った情報を、わざわざ公表する必要は無いだろう」

「そのように配慮していただきながら、このような騒ぎを引き起こしてしまって、本当に申し訳ありませんでした!!」

「そうなると本当に、君があの騒ぎを引き起こしたのか?」

 涙声で謝罪してきた吉村を見て、杉田がまだ信じられないような顔で確認を入れる。周囲の者達も同様の視線を向ける中、すっかり観念した吉村が洗いざらい白状した。


「はい。友人の結婚披露宴会場で、偶然一之瀬社長と関本が二人でいる所を目撃しまして。つまらない勘違いを」

「それはともかく、どうしてこんな事を? 君は別に、関本とは揉めていなかったよな?」

「その……、前の職場で経営者の一族から煮え湯を飲まされた事で、創業家の一族とかにろくな奴はいないとの先入観がありまして……。三十前半で課長に就任するなんて、普通ありえないですし……」

 躊躇いがちに述べられた内容を聞いた杉田は、頭痛を堪えるような表情になって問いを重ねた。 


「その理由が、社長令息だからと邪推するのはともかく、それと関本がどう関係するんだ?」

「それが……、関本が課長の女性の世話をしていて、その見返りに課長が彼女に何らかの便宜を図っているのではと……」

「はぁあ?」

「…………」

 今度こそ杉田は呆れ返った声を上げ、吉村は面目なさげに項垂れた。周囲もあまりの馬鹿馬鹿しさに怒る気も失せたらしく、あちこちで盛大な溜め息が漏れる。そんな中、気を取り直した風情を装った友之が、結論を出した。


「あまり分かりたくなかったが、事情は良く分かった。取り敢えず一之瀬さんに謝罪して、訴訟を取り下げて貰うしか無いだろう。今日は無理だが明日か明後日に、一之瀬さんに時間を取って貰う。吉村、予定を空けておけ。俺も一緒に頭を下げに行く。関本の事情を周囲に話さなかった俺にも、落ち度はあるからな」

「分かりました。ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」

 友之に庇って貰う形になった吉村は心から邪推していた事を反省し、深々と頭を下げた。しかし杉田が難しい顔になりながら、懸念を口にする。


「ですが課長。あれだけ憤慨していた一之瀬社長が、謝罪したいと言っても聞く耳を持ちますか?」

「ああ、俺もさっきむきになって余計に怒らせたみたいだしな……。仕方がないから、父に仲介を頼む。仕事上での付き合いはあるし、そこは何とかして貰おう」

「本当に申し訳ありません! 松原社長にも、改めて謝罪に伺います!」

 自分のせいで勤務先のトップの手まで煩わせる事態になったと、吉村は本気で戦慄し、再び勢い良く頭を下げた。そんな風に恐縮しきっている彼を見て、周りの者達も当初の怒りや呆れが消え去り、苦笑の表情を見せる。


「やれやれ、何事かと思ったぞ」

「入社早々やらかしたな、吉村」

「これから頑張って、課長に恩返ししろよ?」

「その前に関本が戻ったら、真っ先に頭を下げろ」

「そうそう。一発位殴られるのは覚悟しておけ」

「関本が帰って来たら驚くぞ?」

「そうだよな。課長の女の世話って、なんなんだよ」

 緊張感から解放された面々が、吉村を囲んで彼を小突きながらからかっていると、課長席の内線の呼び出し音が鳴り、友之は急いで机に戻った。


「はい、営業二課松原です。……は? 受付? 一体何の用…………、はぁ!?」

 ここで受話器を取り上げた友之が素っ頓狂な声を上げた為、室内の視線が一斉に彼に集まった。


「はい……。いえ、分かりました。すぐにそちらに向かいます。……すまない。ちょっと一階エントランスまで行ってくる」

 些か乱暴に受話器を戻した友之は、慌てて机を離れて出入り口に向かった。その背中に、杉田が驚きながら尋ねる。


「課長、どうしましたか?」

 すると彼は足を止め、早口で電話で聞いた状況を説明した。

「状況が悪化した。関本が一之瀬社長相手に、エントランスで暴れているそうだ。宥めて引き取ってくる」

「はい? 関本が暴れているって、どういう」

「とにかく、行ってくる。後はよろしく」

「課長!?」

 杉田の困惑声を無視しながら、友之はエレベーターホールに向かって駆け出した。


 それから遡る事十分程。

 その日は午後から佐々木と外回りに出ていた沙織は、社屋ビル付近まで戻って来たところで、和洋からのメールを受け取った。


(はいはい、左様でございますか。万事予定通り、田宮常務にガンつけて、吉村さんを恫喝してきましたか……。この、文面を見るだけで上機嫌と分かるメールって、相当危ないと思うわ)

 内心でうんざりしながら、スマホを元通りしまった沙織に、並んで歩いている佐々木が嬉しそうに話しかける。


「午後に二社を回る予定でしたから、もう少し時間がかかるかと心配していましたが、何とか定時過ぎの時間に戻って来れて良かったですね!」

「そうね……。直帰できれば良かったけど、三鈴金属からの申し入れ文書は、大至急開発部に回さないといけないし……。本当に、もう少し押すかと思ったのに、最後はほぼ予定通りに終わるなんて……」

 最後は愚痴っぽくなってしまった呟きに、佐々木が不思議そうに問い返す。


「先輩? 予定通りに終わったのに、嬉しく無いんですか?」

「嬉しいわよ? 嬉しいんだけど……。間が悪いと言うか、寧ろタイミングばっちりなのが、どうしてくれようかと言うか」

「先輩? 良く意味が分かりませんが」

「独り言みたいなものだから気にしないで」

「そうですか?」

 かなり強引に沙織が話を終わらせると、佐々木もそれ以上食い下がったりせず、揃って社屋ビルに入って行った。

 既に定時を過ぎており、退社する社員の流れに逆らうように二人がエントランスに入ると、幾らも歩かないうちに待ち構えていたように和洋が駆け寄ってくる。


「沙織!」

「え?」

「……来た」

 佐々木がキョトンした顔になり、沙織がボソッと呟く間に彼は距離を詰め、勢い良く彼女に抱き付きながら歓喜の声を上げた。

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