(21)兄も相当なシスコンだった件

「CSCの業務内容から考えると、この場合、セキュリティシステムの性能を確認したり弱点を探り出す為の、仮想敵役を担う社員の総称ではないですか?」

「はい。我が社が考案、構築したシステムにサイバーアタックをかけ、技術者達のプライドとメンタルをへし折る、システム部監査課五人組の別称です。社内で、特にシステム部開発課及び運用課全員の、恐怖の対象となっています」

「…………」

 相変わらずにこやかに微笑んでいる柚希の隣で、真剣そのものの顔付きで解説する豊。彼が口にした内容に誇張も嘘偽りも皆無だと悟った沙織と友之は、思わず無言になった。しかし、まだ今一つ分かっていなかった真由美が、再度義則に尋ねる。


「要するに、どういう事?」

「つまり、柚希さんが非合法に複数のシステムに侵入し、秘密裏に田宮さんと吉村君の個人情報を、集めまくったという事だな」

「凄いわね! スパイ小説みたい!」

「あまり楽しい話では無い筈だがな……」

 途端に目を輝かせた真由美を見て、義則は思わず溜め息を吐いた。そこで何とか気を取り直した沙織が、あまり核心に触れたくなかった為、微妙に話題を逸らしてみる。


「豊。さっき柚希さんは『ファーストYUZU』とか言ってなかった? レディーファーストだから?」

「違う。単に、柚希がシステム部監査課課長だから『ファースト』だ」

「……え? 課長? 聞いてないけど」

 沙織は内心で(そんなえげつない事をしている人達の親玉?)と戦慄したが、それは微妙に表情に出ていたらしく、柚希が困ったように弁解してきた。


「あ、沙織さん、誤解しないでね? 私は最年少で、力量としては良くても四番手なの。だけど私以外に、毎日スーツを来て出社する人がいなくて、課長職を押し付けられちゃったのよ」

 その主張に、横で豊が深く頷きながら付け加える。


「以前は社長直属で、仕事は二の次三の次の野放図集団だったからな……。妻子をこよなく愛する専業主夫と、全国の記念列車運行に合わせて旅する鉄オタと、女装好きが高じたゲイバーのママと、ラーメン食べ歩きでガイドブック出してる食レポ野郎を、親父が『社員の肩書きをやるから、暇な時にちょっと働いてくれ』と口説いたんだ。そして本当に暇な時にラフな格好でフラッと出社してくるか、どこからか片手間に侵入してきて、システムをいじりまくって人知れず去っていく……」

「あ、でも二年近く前にちゃんと課として確立して私が課長に就任してからは、『最年少の私に面倒な事務処理を押し付けて、申し訳ないと思わないんですか? せめて四半期毎の社内システム一斉臨検日位は、ビシッとスーツで出社してください』とお願いしたら、『世間に通用する肩書きを貰っているんだから、それ位の義理は果たすか』と納得してくれて、三ヶ月に一度は全員揃うようになったのよ?」

「……その日、社内の有給休暇申請率が物凄い事になっているがな」

「そんなに怖がらなくても良いのに。話し込むと超絶に面白いわよ? 皆、独特の価値観を持っている人ばかりだし。第一、お義父さんが『次期社長修行の一環だ』と言って、皆さんの管理を含めたシステム部の部長職を三十そこそこの豊に任せたのに。未だにまともに会話が成立しないって、正直どうかと思うわ」

「あの連中と会話が成立するのなんて、柚希位だ。もう本当に、部長職をお前に譲りたい……」

「えぇ~、嫌よ。そんな面倒な事。課長だけでも面倒なのに」

 心底うんざりした様子で頭を抱えている豊の横で、すました顔でお茶を飲んでいる柚希を見て、友之と沙織は豊に深く同情した。


(きっと社内でも、憐憫の眼差しを向けられているんだろうな)

(そんなに敬遠される部長職って……。だいたい和洋さんも、そんな人達をどこでどうやって見つけてスカウトしたのやら)

 しかし呻いたのは少しの間で、豊はすぐに気を取り直し、沙織を見据えながら訴えた。


「話を戻すぞ。柚希があちこちに潜りまくってさっきの内容を調べ上げたが、報復措置として吉村とやらの個人情報をばらまいても意味が無いし、沙織側からのリークだと判断されて泥沼化だ。それに沙織の愛人疑惑を否定しても、拡散してしまった情報を完全に消し去る事は無理だろう。中途半端に耳に入れた連中から、何年も経ってから無責任に蒸し返される可能性もある」

「確かにそうですね……」

「それならどうしろと? まさか事実だけ公表して、泣き寝入りしろとは言わないわよね?」

 難しい顔になって友之が同意したが、沙織は憤然として言い返した。すると豊が、予想外の事を言い出す。


「完全に消し去れないのなら、よりインパクトのある噂を流して、それを上書きすれば良いだけの話だ」

「はぁ?」

「それでこの際、親父には盛大に泣いてもらう事にした。だが今回沙織との父娘関係を公にできる上、沙織の為に泣くなら親父だって本望だろう。しかも沙織の名誉回復に一枚も二枚も噛む事ができるんだから、これは完全に親孝行だ。俺はなんて孝行息子だと、親父から絶賛されてもおかしくはない。親父が言う筈は無いがな」

「…………」

 そんな事を大真面目に言われて、沙織と友之は思わず顔を見合わせた。盛大に泣いてもらうなどと、どう考えても穏便に収まる気配の無い話に、沙織が恐る恐る確認を入れる。


「豊……、何か結構容赦が無い事を考えていない?」

「親父は主演男優で、松原さんと友之さんには助演男優をやってもらうが、真の主演女優はあくまでお前だ。気合いを入れて頑張れ」

「私だけじゃなくて、友之さんやお義父さんにまで何をさせる気よ!?」

 他人事のように淡々と告げる豊に、沙織は思わず声を荒らげた。するとここで柚希が、友之に向かって話しかける。


「確かにこのやり方だと、今後沙織さんの社内での評判が微妙な事になるかもしれないけど、そうなると間違っても社内で沙織さんが口説かれる心配は無くなるから、友之さんが安心できてお勧めの話だと思うの」

「そうなんですか?」

「友之さん! 何言ってるの!」

「だが沙織。一応、話を聞くだけ聞いてみよう」

 結構乗り気になった友之が沙織を宥め、そんな二人に豊はすこぶる冷静に、順序立てて説明を始めた。その話が進むにつれて二人の顔が強張っていっても、豊は妹達に全く口を挟む余地を与えず、最後まで話し終える。それから豊は妹夫妻の反論や反対を強引にねじ伏せつつ打ち合わせを終え、腰を上げた。


「今日は遅くまで、お邪魔いたしました」

「それでは失礼します。沙織さん、頑張ってね?」

「はぁ……、頑張ります」

 礼儀正しく挨拶をして豊は柚希を連れて自宅に戻って行き、それを玄関先で見送ってから、友之が沙織に尋ねる。


「なあ、沙織」

「何?」

「豊さんは傍目にはそうは見えないが、沙織に愛人疑惑が持ち上がって、かなり怒っているんだよな?」

 その問いかけに、沙織は小さく肩を竦めながら答えた。


「相当怒っているわね。昔から淡々としているようで、一旦本気で怒ると本当に報復が容赦なかったわ。子供の頃、私が喧嘩で怪我をした時とか」

「そうか……。さすがは沙織の兄だな。本気で怒らせないように、今後一層気を付けよう」

「どういう意味よ!?」

 そんな風に完全にむくれてしまった沙織を友之が宥める横で、真由美が「田宮さんの反応を、実際に見られないのが残念。後でちゃんと教えてね?」と義則に頼み込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る