(21)出だしは順調

 何とか無事に年内勤務を終え、年末休暇に突入した十二月二十九日。友之と沙織はゆっくりと羽を休めるわけにもいかず、慌ただしく整えた旅支度の最終確認を終え、翌日の三十日を迎えた。


「二人とも、そろそろタクシーが来る時間じゃない?」

「忘れている物は無いな?」

 早い朝食を食べ終えてから身支度を整え、スーツケースを携えた二人がリビングで待機していると、真由美と義則が些か心配そうに声をかけてくる。二人はそれに苦笑しながら応じた。


「はい、大丈夫です」

「子供じゃないんだから。じゃあ時間だからそろそろ出るよ。父さん達もゆっくりして来てくれ」

「それでは、良いお年をお迎えください」

「ああ。久しぶりに、夫婦水入らずで過ごして来るよ」

「気をつけて行ってらっしゃい」

 軽く頭を下げた沙織に義則と真由美は笑いかけ、予約時間通りにやって来たタクシーに乗り込んで成田までの快特停車駅に向かう息子夫婦を、門の所で見送った。


「さて、予定通り出かけたな。私達も一時間後には出るぞ。準備は大丈夫か?」

「ええ。勿論よ、あなた」

 そしてタクシーが角を曲がって見えなくなると、どこか人の悪い笑みを浮かべながら声をかけてきた夫に、真由美は悪びれない笑顔を向けて、二人で家の中に戻って行った。


「年末だけに色々と忙しかったが、何とか仕事の片が付いて、準備も間に合って良かったな」

「本当に。それにお義母さん達が私達をあっさり送り出してくれたのが、ちょっと意外でした。てっきり『せっかくだから、私達も一緒に行くわ』とか、言い出すかと思ったのに」

 タクシーの後部座席に並んで座りながら沙織が何気なく口にした台詞に、友之は真顔で応じた。


「確かに、それは俺も意外だった。特に母さんがな。だが沙織の親を呼んでないのに、うちの方だけ同伴するわけには行かないだろう?」

「そうですよね……。未だに和洋さんが良い顔をしていないのにそんな事になったら、拗ねるのを通り越して、殴り込みに来るのが確実だわ」

「洒落にならない上、怖い事を言わないでくれ……」

 頷きながら沙織がしみじみと呟くと、友之がうんざりとした口調で応じる。しかしすぐに気を取り直して話題を変えた。


「そう言えば父さん達は、どこの温泉に行くって言ってたんだ?」

 それを聞いた沙織は、少し驚いたように問い返す。

「聞いて無かったんですか? 有馬温泉に連泊するって言ってました。一応、お互いの滞在先を控えておきましたし」

「そうか。年末だから色々忙しくて、すっかり聞きそびれていたな。今度休みが取れたら、もっと近場で良いから俺達も温泉に行くか」

「良いですね」

 順調な旅の滑り出しに気を良くしながら、友之達は笑顔でそんな会話を続けた。



 成田から四時間程のフライトを終え、無事に宿泊ホテルにチェックインを済ませた二人は、部屋に荷物を置いて人心地付いてから、予め連絡をしていたホテル内のブライダルコーナーに向かった。


「予約してある松原ですが」

「松原様、お待ちしておりました。ご案内します」

 常時日本語対応可能を売りにしているそこは、友之達の予約時間に合わせて受付に日本人と見られる女性が待機しており、二人は全く不安を感じずに促されるまま奥へと進んだ。しかしその安堵感は、残念な事に長くは続かなかった。


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