(13)友之の現状

 休日にこんな茶番をするなんてと、内心では激しく愚痴っていたものの、日曜日に友之はそんな事は面には出さず、寧子と向かい合って高級フレンチのランチコースを食べていた。

「ねえ、友之。あの妹達は、まだぐずぐず言ってるわけ?」

 この間の進展具合を面白く無さそうに寧子が尋ねてきた為、友之は苦笑しながら応じる。


「それはそうでしょうね。兄嫁と円満な関係を築いていたなら、嫌みの一つや二つで済むでしょうが、何と言っても寧子さんは前科がありますから」

「前科って何よ。人聞きの悪い。警察に捕まるような事はしていないわよ?」

「そうですね。前科は無いですよね。ただ教授やその身内に煮え湯を飲ませて、親戚や友人達からこぞって後ろ指をさされただけの事ですよね」

 サラッと口にして切り分けた肉を口に運んだ友之を、寧子は軽く睨んだ。


「……嫌みを言うのは止めてくれる? せっかくの料理が不味くなるわ」

「嫌み? とんでもない。俺は事実を口にしただけですが。どこか嫌みに聞こえましたか?」

「…………」

 大真面目に問い返した友之に、彼女は何も言い返さずに食べ進めた。そしてメイン料理を食べ終えて、皿が下げられたタイミングで、友之が再び問いかける。


「それで、どうしますか? このままだと、向こうは家裁で自分達の正当な権利を訴えるつもりですよ」

「全く! 時間もお金も手間もかかるのに、馬鹿なんじゃないの? そこまでしたって、大した物は手に入らないのに!」

「もう手にする金額の問題では無いのでは? 単にあなたに、嫌がらせをしたいだけですよ。きちんと判決が下りるまでは、あなたは財産に一円たりとも手がつけられません。もし勝手に使ったら、相続人の欠格事項になりますしね」

「…………」

「それで? どうするんです?」

 重ねて現状を指摘してきた友之に、寧子は少し黙り込んでから、媚びを売るような声を出した。


「友之、何とかしてくれない?」

 しかし友之は全く感銘を受けずに、淡々と言い返す。

「だから、さっさとある程度纏まった金額を渡して、納得して貰うのが一番だと言っているでしょう?」

「だから、その纏まった現金が、今手元に無いから用立てって言ってるのよ。相続したらきちんと返すから」

 それを聞いた友之は、わざとらしく問い返した。


「どうして俺が、その金を用立てなければいけないんですか?」

「だってあなた、私の事が好きなんでしょう?」

「ええ、好きですよ?」

「だったら!」

「好きですがあなた以上に、あなたがこれから相続する財産が」

「…………」

 面と向かって、金目当てだと言われた寧子は黙り込んだ。しかしそんな彼女に向かって、友之が含み笑いで応じる。


「寧子さん、都合良く忘れていませんか? 当時教授の他に、俺にも煮え湯を飲ませてくれた事」

「それは悪かったと、謝ったでしょう?」

「言葉の他に、誠意を見せて貰わないと。寧子さんの為にこれだけ動いている俺に対して、更に金の無心ですか?」

 若干馬鹿にした笑いを浮かべた彼を見て、寧子は顔を顰めた。


「昔と随分変わったのね。前は可愛げがあったのに」

「三十過ぎの男が可愛いだけだったら、単なる馬鹿ですよ。生憎と寧子さんレベルの美人は、他に何人もいますのでね。金は持っていませんが、若いし良い身体をしてます」

 要はあんたの魅力は、多少見栄えのする顔と金だけだろうと揶揄した友之だったが、寧子は以前のように自分に男が進んで群がって来ない事は知り抜いていた為、彼に怒りをぶつけたりはしなかった。そのタイミングでデザートの皿が運ばれてきた為、少しの間黙ってから軽い嫌みを口にする。


「金持ちなのに、しみったれてるわね」

「金は幾らあっても困りませんから。どうします? 教授に頼まれたし、以前の借りを返して貰えるかと思ってお付き合いしましたが、やっぱり若くて可愛げのある男の方が良いなら、俺は別に構いませんよ?」

「そうは言ってないでしょう!?」

「それじゃあ俺の気を引く為に、金策を頑張ってください。未だに教授名義の不動産を担保にして、銀行から融資を受けるのは無理でしょうし、消費者金融を数社から限度額まで借りられるだけ借りて、後は教授と再婚した事を知っている親戚や友人に事情を話して借金して、かき集めるんですね」

 そう言ってすました顔でコーヒーカップに手を伸ばした友之を見ながら、寧子は小さく歯ぎしりした。しかしすぐに諦めて、具体的な金額を尋ねる。


「取り敢えず、どれ位集めれば良いの?」

「そうですね……、一人五百万で、二人で一千万ですか」

「ちょっと! どうしてそんなに、あの女達に渡さなくちゃ行けないのよ!?」

「資産算定額の四分の一を渡したら、もっと持っていかれますよ? だから目の前で現金を積み上げて、動揺させつつ説得するんじゃないですか」

 思わず声を荒げた寧子だったが、平然と言い返された内容を聞いて、困惑した顔になった。


「現金? そんなに大金なのに、振込とかじゃ無くて?」

「単なる数字の羅列より、現物を目の当たりにした方がインパクトが強いですよ。そこを揺さぶりつつ、これ以上ごねると面倒な事になると、脅しつければさっさと事が片付きます。それに必要な人員の手配もありますので、さっさと必要な物を揃えて貰いたいんですが」

 それを聞いた寧子は脅迫するか、監禁でもして財産放棄を迫るつもりかと推測し、友之に苦笑してみせた。


「可愛げが無くなっただけじゃなくて、随分と悪い男になったのね」

「社会に出ると、色々面倒な駆け引きをするもので。悪い男は嫌いですか?」

「いいえ、嫌いじゃないわ」

「それは良かった。それなら考えられるだけの相手に土下座でも色仕掛けでも何でもして、金利なんか考えずに手当たり次第に金をかき集めてください。寧子さんが俺だけに頭を下げて済ませるなんて、つまらないですからね。暫くは想像するだけで酒が美味くなって、深酒しそうです」

 そんな事を言いながら、如何にも満足そうに笑った友之を見て、寧子が憮然とした表情になる。


「……やっぱり以前より、性格が悪くなったわね」

「とんでもない。寧子さんの事は、以前以上に好きですよ? ここの支払いは俺が持ちますし」

「分かったわよ。何とか急いでかき集めるわ。そうよね。ちょっと金利が高くても、相続できればすぐに返せるから、大して問題にはならないわよね」

 白々しい物言いの友之に少々気分を害しながらも、見目の良い彼を連れ歩く事は寧子の自尊心を大いに満足させていた為、この関係を維持するための方策を、彼女は本気で考え始めた。


(さて、これで何とかなりそうか? こんな茶番を延々とやっていたら、こっちの神経が焼き切れそうだし。それにしても……、沙織に会いに行く母さんにくっ付いて父さんまで出向くなんて、一体何をやってるんだか)

 自分はこんな女が相手でホスト紛いの事をやっているのに、夫婦揃って沙織に会いに行っているなんて羨まし過ぎると、友之は心の中で父に向かって恨み言を漏らした。

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