(10)フォローの通告

 柏木夫妻と約束した日曜日。庶民に喧嘩を売っているのかと悪態を吐きたくなるような、広い敷地を囲っている塀をぐるりと回り、広い門から中に足を踏み入れた沙織は、屋敷の玄関で真澄から熱烈な出迎えを受けた。


「いらっしゃい、沙織さん! 来てくれて嬉しいわ!」

「真澄さん、お招きいただき、ありがとうございます。こちらはつまらないものですが、宜しかったら召し上がってください」

「そんなに気を遣わなくても良かったのに。今日は楽しんでいってね? それじゃあ、両親や子供達を紹介するわ」

 一応持参してきた手土産を手渡すと、真澄は申し訳無さそうな顔になったものの、すぐに沙織を連れて庭に回り、家族達に引き合わせた。

 本来、家族親族のみが集まっての花見の席であり、「友之の元カノで玲二の見合い相手」として参加説明を受けていた柏木家の者や親族達は、興味津々なのを隠そうともせずに沙織を観察し、対する彼女も笑顔で応対していた。


「その……、友之さん? 彼女、来ましたよ?」

「そうみたいだな」

 花見とは言っても柏木邸の広い庭に幾つもテーブルや椅子を並べ、各自が好き勝手に酒や料理を少し離れたテーブルから持って来て、思い思いに寛ぐ形式だった。自然に友之達若手のテーブルの集まりと、親世代のテーブルとに分かれて座っており、沙織が真澄に連れられて年配者達のテーブルで紹介されてから、そこに混ざって何やら話が盛り上がっているのを見た修が囁くと、友之は平静を装いながらグラスに残っていた酒を喉に流し込んだ。


「ところで今日は、彼女と玲二の見合いを兼ねてるって聞いたんですけど、本当なんですか?」

 修の弟である明良が何気なく口を挟んできた為、周囲の者達は無言で咎める視線を送ったが、友之は素っ気なく問い返しただけだった。


「それは誰から聞いた?」

「真由美叔母さんから、母が聞いたそうです。母の話では『甲斐性無しの息子なんか、もうどうでも良いわ! 沙織さんが玲二君と結婚したらどのみち親戚にはなるんだし、変わらず友人付き合いしますって言ってくれてるしね!』と、叔母さんが相当怒っていたそうで」

「…………」

 明良の説明を聞いた友之は、不愉快そうに無言で顔を背け、微妙に悪くなってきたその場の雰囲気に、周りの男達は顔を寄せて囁き合った。


「何だか向こうのテーブル、特に女性陣が盛り上がってるよな」

「何の話題で盛り上がってるのか、怖くて聞きに行けない……」

「何だかヘアセットに出向いた時とは、随分印象が違いますね。あんなに愛想が良い人だったかな?」

 玲二が遠目に沙織の様子を眺めながら、不思議そうに小首を傾げると、彼女の様子を眺めた友之が冷静に告げる。


「あれは多分、営業Αバージョンだな」

「はい?」

「何ですか?」

「本人曰わく、売り込み時必須の、笑顔とトークスキルだそうだ」

 不思議そうな顔の従兄弟達に説明すると、玲二が感心したように頷いた。


「さすが営業職。普段のローテンションを、微塵も感じさせないとは」

「Aって事は、Bバージョンとかもあるんですか?」

 明良が続けて突っ込みを入れると、友之はそれにも律儀に解説を加える。


「そっちは真顔で、ひたすら押せ押せモードとでも言うべきか……。同席した事がある奴の話だと、顔も声も結構怖いらしい。加えて、スッポン並みのしつこさだとか」

「……ちょっと嫌ですね」

 明良が正直な感想を口にすると、玲二が少々狼狽気味の声を上げた。


「あ! 何か彼女、こっちに来るんですが!?」

「おい、まさか今の話を聞かれて無いよな?」

 正彦も狼狽しながら周囲を見回す中、友之と彼の従兄弟達がいるテーブルまで沙織がやって来て、友之が言う所の「Aバージョン」の営業スマイルを振り撒きながら、彼らにお伺いを立ててきた。


「殿方同士でご歓談中、失礼します。少々宜しいでしょうか?」

「は、はい……」

「どうぞ」

「すみません、ちょっと思い出した事がありまして、松原さんにお知らせしておこうかと。プライベートの内容ですし、休日にお話ししても構いませんよね? すぐすみますし」

「ああ。構わないが」

 何を言われるのかと若干警戒しながら友之が頷くと、沙織は彼にとって予想外だった事を口にした。


「一昨日、由良に尋ねられたんです。課長がどこぞで年上の下品な女と腕を組んで歩いてたのを目撃したけど、最近そんな女と付き合っているのかと。何だか従来、私経由で漏れ聞いていた女性の系統とはかなり違っていたらしく、少しショックを受けていました」

「…………」

 一斉に従兄弟達の視線が自分に集まるのを意識しながら、友之は何とか無表情を保った。沙織はそんな彼を冷静に眺めながら、淡々と話を続ける。


「まあ、そんなわけで、変な噂が社内に広がるのも後々面倒かと思いましたので、課長がフェミニストなのにつけ込んだ、質と頭の悪い勘違いストーカー女にまとわりつかれて、実は対処に困っていると説明しておいたんです。でも後から良く考えてみると、ひょっとしたら今現在、実際に結構年上の女性とお付き合いしている可能性は皆無では無いかと思ったものですから、一度きちんと確認しておこうかと思いまして」

 そこで沙織が口を噤み、相手の反応を待つ態勢になった為、友之は何とか気を取り直してそれに応じた。


「いや……、そう言った事実は無い。彼女は無関係だ」

「そうですか。それなら、その女性に関しての説明は、別に訂正しなくても宜しいですね?」

「ああ、構わない」

「それで同様の変な噂は、耳に入り次第潰すように、《愛でる会》内で周知徹底して貰っています」

「それは助かる」

「報告は以上です。それでは失礼します。お邪魔しました」

 そうして最後まで笑顔を崩さずに話し終えた沙織が、一礼して元のテーブルに戻って行くと、友之は緊張のあまり強張った顔の従兄弟達から、口々に追及される羽目になった。


「おい、友之。どういう事だ? 彼女と別れて直後に年上女と付き合うって、まさかお前」

「別に、大した事ではないし、誰とも付き合ってないから」

「友之さん、《愛でる会》って何の事ですか?」

「何でもないから気にするな」

「いや、何でもないって言われても」

 何やら背後で揉め始めたテーブルを振り返りもせず、沙織が女性陣のテーブルに戻ると、楽しげに声をかけられた。

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