美人
「さようなら」
担任の掛け声とともに教室がどっと騒がしくなる。
終わった。苦節7時間。ようやく帰路につける。
喜雨「あ、あの」
所謂陰キャにとってクラスメイトに話しかけられるイベントというのは基本苦痛であるが、これから3年間この学校に通う限り、必死に返事を絞り出して対応するしかない。
喜雨「霧雨さんのお家って、どこら辺かなって」
紅雨さんと打って変わってか細く小さな声だ。ゆったりとした口調が心地よい。
紅雨「あ、一緒に帰るの?私も一緒に帰りたいな」
件のコミュ力おばけが割って入る。もしやこれはもう友達ってやつなのでは。
喜雨「私は三浦海岸の方なんだけど」
紅雨「だったら私は途中まで一緒かも。霧雨さんは?」
霧雨「私、家がちょっと遠いんだよね。西の方だから、方向は別かも」
なにか不思議な感覚がして私にしてはスラスラと会話が進む。
紅雨「そっか、残念。じゃあ駅まで一緒に行こう?」
そう言って俯く私の顔を覗き込む。俯いて垂れ下がってきた横髪が私の頰を撫でふわりと甘い香りが。そして視界に紅雨さんの顔が。
霧雨「かっ」
紅雨「か?」
霧雨「可愛い、です、ね」
気づくと既に私はそう言い終えていた。”可愛いですね”そんな気恥ずかしい言葉が驚くほどに自然と口を衝いて出た。
俯いて垂れ下がってきた横髪が私の頰を撫でる。
まっすぐに肩まで伸びる綺麗な髪の毛は赤みを帯びている。
主張の強い二重まぶたの大きな眼とシャープな輪郭を何処と無く幼い顔付きが和らげ調和している。
喜雨「私も思った、凄く可愛いなって」
紅雨「そ、そうかなぁ。は、早く教室から出ないと」
そう言って恥ずかしそうに教室とこの会話からの脱出を試みる紅雨さん。慌てて頬を紅潮させている。
地味で地味な私とは大違いで華美だ。
喜雨「そ、そうだよね。もう私たちが最後だよ」
そう言う喜雨さんの方をそっと見やると喜雨さんもこれまた相当な美人である。
おどおどとした小刻みな体の動きに合わせて揺れる真横に結わいた黒髪に目を惹かれる。
紅雨さんとはまた違い可憐だ。美しいより可愛らしいの方がしっくりくるだろうか。
紅雨さんがさながら陽光桜であるならば喜雨さんは清澄枝垂( キヨスミシダレ )とでも言おうか。
紅雨「 霧雨さん、家は西の方って言ってたけど、どこら辺なの? 」
霧雨「 えーっとね、熱海ってわかるよね、あそこ 」
紅雨「 え!観光地じゃない 」
喜雨「 住むところあるんだ..... 」
紅雨「 ちょっと、失礼だよー 」
霧雨「 あはは。でも私が住んでる所も温泉旅館だったりするから、ホントに住むところはないかもね 」
喜雨「 え!本当に!? 」
美人2人に囲まれ変に緊張する。メガネの細い銀フレームを持ち上げ何となく気を引き締めてしまう。
誰かとこんな冗談を言い合って笑ったことなんて、最後はいつであっただろうか
あの熱血教師がThe体育の先生ならば私はThe教室の端でいつも一人本を読んでる物静かな図書委員女子である。
無口( というよりただ上手く話せないことは伏せておくが )で色素の薄い髪の毛を片側でおさげにしている。今日は朝早かったから編みが少し汚い。真っ直ぐに落ちた前髪が少し長くて邪魔だ。どうやらピンで留めて来るのを忘れていたようだ。やはり朝が早いと調子が狂う。
家に帰るまでには直さなくては。
こんな私であっても流石にそれなりの乙女心はある。
紅雨「 もう駅ついちゃったね。 」
霧雨「 わ、私はこっちの電車だけど 」
喜雨「 じゃあやっぱり私達とは別だね 」
霧雨「 じゃあここで。また明日。 」
そう言って2人と別れホームに向かう。
こんなに人と話すことは久しぶりだ。ちゃんと振る舞えていただろうか、と今日一日の言動を振り返ってしまう。
今日はどっと疲れた。電車でひと眠りしようか。
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