神様のたまご
高柳神羅
第1話 神様のたまご
僕は、気が付くと見知らぬ部屋の中にいた。
目の前には白いテーブルがあり、白いティーカップに淹れられたお茶が湯気を立てている。
周囲には見たこともないような観葉植物がたくさん置かれており、伸び放題の枝葉に隠れるようにして焦げ茶色のドアがひとつある。
天井はガラス張りで、真っ赤な夕焼け空がよく見えた。
僕は何故、こんな場所にいるのだろう。
僕はさっきまで、家の近所のホームセンターに園芸用品の買出しに来ていたはずだが……
小首を傾げていると、背後から女性の声がした。
「お待ちしておりました。有栖野(ありすの)樹良(きら)様」
振り向くと、そこには純白のマーメイドドレスを纏った金髪の女性が立っていた。
ファンタジー小説なんかに登場するような女神様、それを形にしたような絶世の美女だ。
あまりの美しさに、僕は思わず目を見開いて女性を食い入るように見つめてしまった。
「どうぞ、おかけになって楽になさって下さい」
女性は微笑んで、僕がいる場所と真向かいの席に移動した。
とりあえず僕は言われるままに目の前の椅子に腰を下ろした。
「私はラファニエルと申します。貴方をこの世界に御連れした、この世界を管理する古き神々の一人です」
本当に神様だったとは。
「貴方をこの世界に御連れしたのは他でもありません。貴方に、この世界を救済して頂きたいのです」
これは、よくある異世界転移物語というやつだろうか。
異世界から召喚された主人公が勇者になって凶悪な魔物や魔王と戦ったりする話である。
そういう話では、主人公は大抵の場合何らかの超人的な能力を神様から授けられて勇者生活を満喫するものだが……
黙って話を聞く僕に、ラファニエルは語った。
この世界は今、滅びの危機に瀕しているらしい。
滅びの原因となったのは、森羅万象を司る精霊たちが次々と謎の死を遂げたせいで自然界のバランスが崩れてしまったためだとか。
この世界を救う手立てはひとつだけ。精霊を復活させ、崩れてしまった自然界のバランスを元に戻すことだという。
そのための方法というのが──
「これはエルの卵です。これを孵すと、エルが生まれます」
ラファニエルは何処からか一抱えほどの大きさの卵を取り出した。
エルとは森羅万象を司る神の生き物で、様々な種類がおり、種類によって異なった森羅万象の力を持っているらしい。
精霊はエルより生まれ、エルが齎す力を糧に生きるという。つまり、精霊を復活させるにはエルの存在が必要不可欠なのだ。
「貴方には、多くのエルたちの育成者になって頂きます。エルが増えれば、自然と精霊も増え──自然界のバランスも元に戻るでしょう」
……つまり、ブリーダーになれってことだろうか?
てっきり勇者になるものだとばかり思っていたから、何だか拍子抜けしちゃったな。
こりゃ超人的能力とは無縁の生活を送ることになりそうだ。
まあ、生き物を飼うことは嫌いじゃないから、いいけれど。
「お願いします。この世界の運命は貴方に委ねられています。どうか多くのエルを育ててこの世界を滅びの運命からお救い下さい」
ラファニエルが差し出した卵を、僕は受け取った。
卵はほんのり赤味がかった色をしており、触ると温かかった。
これ、どうやって孵すんだろう。鶏みたく温めればいいのかな。
ラファニエルは席を立った。
「エルの卵はこの部屋にある『生命の揺り籠』で孵すことができます。案内しましょう。私について来て下さい」
神様を孵して育てる……か。言葉にすると何だか大変そうに思えるけど、牧場経営するみたいで楽しそうだ。
はたしてこの卵からはどんなエルが生まれるんだろう?
抱えた卵に期待を抱きながら、僕は部屋の奥に向かって歩むラファニエルの後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます