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緊張して見ていると、青石さんはくすくすと笑いながら上坂の肩にもたれかかって、その手元をのぞきこむ。

「蓮が皿洗いする姿なんて、考えたこともなかったわ」

 それは、女子相手には絶対出さない甘えるような声。少し視線を落としたその顔も、男ならかわいいって思うんだろうな。けど、上坂はそんな態度にも慣れてるのか、顔をあげもしない。


「見ないでー。かっこわりー」

「男の人だものね。苦手で当然よ。私、手伝ってあげようか?」

「え?」

 嬉しそうに振り返った上坂に、山口がぴしゃりと言った。

「手、出すなよ。それ蓮の仕事」

「はあい。じゃあね、蓮。がんばって」

「おー」

 青石さんは可愛らしく首をすくめて、玉木さんたちと一緒に家庭科室を出ていった。


 上坂の洗ったお皿を拭いて、それぞれの棚にきちんとしまう。これで調理実習は終わりだ。

「まだ時間あるし、まとめ書いちゃう?」

 冴子は、プリントを取り出す。今日の計画が書いてあるそれに、あと感想と反省を書いて提出することになっている。

「そだね。ここで……」

「美希、終わり? じゃ、いこ」

 同じようにプリントを取り出そうとしていた私の手を、上坂が握った。


「いこ……って、どこへ?」

「腹いっぱいになったら、眠くなった。昼寝、つきあって」

「私は、枕じゃないんだけど」

「大丈夫よ、提出は来週だから」

「冴子?!」

「では、デザートいただいていきます」

 あっけらかんと言った上坂に目を丸くしていると、冴子がぼそっと私に聞こえるだけの声で言った。

「ノンフィクションで」

 何を話せというのよ。

 はあ。今日は、プリント提出できないか。


  ☆


 ごはん食べた後で眠くなるのはわかる。実際、屋上でお弁当を食べた後は、上坂はたいてい昼寝をしていた。それも、私の肩だの足だのを枕にして。

 あまりにも上坂が平気でこういうことするから、むしろ変に意識する方が恥ずかしくて、ダメとも言えず私は上坂の好きにさせていた。ただ、その間の私は思いきり暇だった。今度は本でも持参しよう。


「髪、きれいね」

 手持無沙汰な私は、太ももの上に乗せられた上坂の髪を、みょーんと引っ張ってみる。栗色の、癖のあるやわらかい猫っ毛。私とは正反対だわ。

 もう半分うつらうつらしながら、上坂は半目の状態で答えてきた。

「そう? 結構手入れしにくいんだ。毛質が細くて」

「染めるのは校則違反よ」

「あ、これ、地毛」

「嘘ばっかり」

「ホント、ホント。ちゃんと美容院から証明もらってるよー」

「……ホントに?」

「うん。もともと毛が細くてね。母親がこういう髪質だから、多分、遺伝だと思う」

「え……でも」

 言いかけた言葉を、私は慌てて飲みこむ。あまり、人ん家の事情に首を突っ込むものじゃないわ。


「んー?」

「ううん……なんでもない」

「美希の……髪も、きれい……」

 目を閉じていた上坂が最後は独り言のように言って、そのまま眠ってしまった。


 上坂は、寝つきも寝起きもいい。見ている限り毎日お昼寝してるけど、夜、ちゃんと寝ているのかしら。まあ、夜中まで遊び歩いているらしいしー? 誰と遊んでいるのかなんて、聞いたこともないけどー?

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