第22話


「それじゃあ結局、二人は弓矢を出せないって事でいいのかな?」


「……残念ながら」


「申し訳ない、一応精霊には得意な武器があるんだよ、私は剣だけど、雷神の精霊であるフィーナの精霊術を使ってるアグニルなら、ひょっとしたらと思ったんだけど」




 二人は僕に頭を下げる。

 要するにエンリヒートは剣が得意な精霊なのか。それでアグニルは以前契約した雷神の精霊フィーナが弓矢を扱ってて、そのフィーナの精霊術を使ってるなら━━と思ったわけか。

 だけどさっきまで普通に雷の剣出してるなら剣しか使えないってわかるでしょ?

 それにアグニルもエンリヒートが弓矢使えないってわかってたんじゃないの?


 なんだかな……凄いため息しか出ない。




「それで、主様とお話している精霊の得意武器はなんですか!?」


「急に他力本願になったね!?」


『……弓矢ですけど』


「……弓矢だって」


「おおお! 契約しよう! 直ぐにしよう!?」


『……私の意見を完全に無視ですか、貴女達? 主様の戦う明確な理由がわからないので契約できませんと伝えた筈ですが?』


「━━だって、やっぱりまだ駄目みたいだよ」


「だからー、それが良くわからないんだよな? 何だよ明確な理由って」


『それは……とにかく明確な理由です! 信念! 覚悟! 野望です!』


「━━だって」


「信念? 覚悟? 野望? なんだか薄っぺらい妄想みたいですね。本気でそんな事思ってるのか聞いてください主様」




 この伝言ゲームは帰ってからも続くのか、いっその事三人で話してほしいよ、僕を介さないで。

 でも……確かに薄っぺらい気もする。それになんだか回答が遅かった、何より普段の大人っぽい落ち着いた声とは違い、なんだか━━声も言葉も子供っぽい。




『とにかく、今はまだ主様は足りません!』


「━━って言ってるけど」


「だから、何が足りないんだよ? 具体的に言えよ!」


『それは……その』


「もういい、主様……そいつの名前を教えてくれ! 私はある程度の理想郷シャングリラにいた精霊の名前は覚えてる、どんな奴かは直ぐにわかるからな!」


『駄目! 絶対に駄目ですよ主様!!』


「駄目だって……ちょっと、二人とも何をしようとしてるの!?」




 二人は笑顔のまま僕へと接近し、ありとあらゆる所を触ってくる。

 アグニルは上半身、エンリヒートは下半身━━これは色々とまずい。




「主様……よーく考えた方がいいぜ? 言葉しか喋らない精霊と、目の前で触られてる精霊達、どちらの指示に従った方がいいか」


『駄目! 絶対駄目! 主様負けないでくださいよ!?』


「二人とも! 少し落ち着こう!? 一度ゆっくりって、アグニル何処触ってるの!?」


「もう話す事はありません、私達の求める答えは二つ、今すぐ契約を結ぶか、今すぐ契約を結ぶかです」


『二つとも一緒じゃない!』




 二人の目は真剣だ、そして、カノンの声はすっかり落ち着いた大人の女性という声質は消え、アグニルとエンリヒートよりも幼い、ただの少女の声にしか聞こえない。




「さあさあ選んでください、じゃないと主様の初体験は私達になりますよ?」


「ちょ、ちょっと助けてよ━━カノン!」


『ああああぁ!!』




 堪える事のできなかった僕は、カノンの名前を言ってしまった、その瞬間、カノンの叫び声が頭の中に響き渡る。

 その名を聞いた二人は僕から離れ、





「……カノン? その精霊はカノンって言うのですか?」


「いや……その」


「私は知らないけどエンリヒート……知ってる?」


「いや、知らん!」




 アグニルの問い掛けにきっぱり答えるエンリヒート。一切の悩む素振りを見せなかった、もう少し悩むとか唸り声を上げるとかさ━━色々あるしょ?

 でもまあ、これでカノンも許してくれる、




『知らない……私を知らない?』


「えっと……どうしたの? 様子がおかしいけど?」


『私は……私はお姉ちゃん達の事を、誰よりも知ってるのに? 私の名前すら知らない? ハハハハハッ』




 これは……完全に壊れているのか?

 明らかに様子がおかしい━━なんだか嫌な予感が、





「二人とも、本当に知らないの!? 思い出してよ!」


「いやー、そう言われてもな……大抵の精霊の名前は覚えてる筈なんだが、さっぱりだ」


「私も……名前だけじゃさっぱりです、すみません」




 ぺこりと頭を下げ、テーブルへと戻る二人。

 そのままアグニルは牛乳を、エンリヒートはアイスコーヒーを飲み、なんだかまったりくつろいでいる。


 終わり? もういいの?


 ……でも、なんだか二人の様子がおかしいような気がする、わざとやってるみたいな、




『そうですか……そうですかそうですかそうですか、わかりましたよ! 姿を見せてあげますよ!』


「えっ! いいの!?」


『さあ主様、早く詠唱を始めてください!』


「ここで!?」


『早く!』




 確かに精霊召喚に必要な詠唱はわかるけど━━こんなにあっさりで良いのか?

 さっきまで頑なに、まだだ、まだだ、と言っていたのに急な態度の変わりよう、




「我は歌を奏でる精霊、全ての音色は我と、我は全ての音色と、開け、神秘たる歌の門よ、召喚サモンネージ!」






 あっ。部屋の中で召喚して良かったっけ?





 部屋の中、というよりも建物自体が大きく揺れ、棚等が倒れてくる。

 これは……やってしまったな。うん、どうしようかな。


 

 ピンク色の六芒星が出現し、その中から少女が、いやこれは完全に幼女だ。身長はアグニルよりも遥かに小さい。

 薄い桃色の髪は地面まで付く程長く、肌色の綺麗な肌、開いているのかわからないくらい細い目。そして、そんな容姿にお似合いなくらい、可愛らしい花柄のワンピースを着ている。


 そんなカノンの姿を見たアグニルとエンリヒートはニヤニヤと笑って見て、




「よっカノン! 元気してたか?」


「どういう事ですか、お姉ちゃん達! 私の事を知らないって!」


「カノン……あれは嘘だよ? ちゃんと覚えてたからね?」


「……えっ?」




 やっぱり、二人の様子がおかしかったのはわざとか。

 普通なら名前を聞いて知らなくても、二人の事だ、無理矢理にでも聞く筈だ。

 それなのに妙にあっさり引いた、さすがにおかしいと思ってたが、




「じゃあなんで? なんで知らないなんて言ったんですか?」


「カノンの性格を知ってたからな、前から私達に執着してたカノンには、このやり方の方がいいと思ったんだよ」


「そんな……私てっきり」




 カノンは涙を流しわーわー泣き出してしまった、カノンは嬉しいのか、嬉しそうな泣き顔だ。

 そんなカノンに二人は寄り添い、抱き合っている。この光景だけを見れば微笑ましいのだが、ようはカノンを騙して召喚させた事になる、なんだか複雑な気持ちだ。




「主様、カノンは心強い精霊ですよ、歌の精霊ですから」


「歌の……精霊?」




 三人はこちらをじっと見つめてくる。




「おい如月! お前部屋で何してんだ!」


「……あっ」





 扉を勢いよく叩く仲神の言葉に、ふと我に帰り部屋の惨状を見る。

 部屋の中はまるで、泥棒に入られた後のように荒れていた。


 ━━なんて言い訳しよう。

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