36.同じバカなら踊らにゃソンソン
舞台の上空に、その救世主達は現れた。
「我々は妖精。悲しみに暮れる者の涙を拭い、寂しさに打ちひしがれる者を慰め、叶わぬ想いに身を焦がす者の願いを叶える者」
グリーンの光に包まれた二人組のイケメン妖精が、心地良いハーモニーを奏でる。
あれ……こいつらも見たことあるぞ。こんな小さくなかったけど。
ええと、焦げ茶頭で切れ長アイズが賢そうな雰囲気なのがナリスで、ブルネットゆるパーマの気怠げムードが妙にエロいのがマキシマとかいったか。おお、ちゃんと覚えてたぞ!
出会った時は見上げるくらいの身長だった二人は、妖精らしい手のひらサイズとなっていて、歌いながら階下から階上へと自在に飛び回った。その度に、黄色い嬌声が上がる。ふむ、これもファンサービスというやつか。
一頻り会場を沸かせると、二人は舞台の真上に戻った。
「皆の願い、聞き届けた。その思い、今こそ叶えよう。この者達に、奇跡の魔法を!」
妖精コンビが声を揃えて高らかに宣言するや、音楽が華々しいものに変わった。
二人の妖精が、それぞれ獣人と少女の周りを激しく旋回する。その度に、グリーンの軌跡が描かれる。軌跡は消えずにじわりと滲み、虹色に変化し、獣人と少女をどんどん包んでいく。
これはきっと、アインスの魔法じゃない。最新技術を凝らした光演出だ。
息を飲んで見守る時間は、長いようにも短いようにも感じられた。
爆発音に似た、大きな効果音が轟く。
と同時についに、愛し合う二人を分かつ人垣が消え、奇跡の魔法にかけられた二人の姿が現れた。
「…………ふぁっ!?」
思わず奇声をあげちゃったよ!
あたしだけじゃない、会場のあちこちから飛び出た変な声がミックスされて、一つの変な歓声を作り上げる。
「おや?」
「あれ?」
舞台の二人も、お互いの姿を見つめて首を傾げ合う。
「あの時の、姫君?」
と尋ねるのは、人の姿になってはいたけれど何故かアインスが着用していたらしいウィッグを被せられ、赤い口紅を塗りたくられ、体型に合わないぴちぴちのボロドレスを着せられるという、適当極まりない女装をさせられた、ジン。
「あの時、王子様?」
と尋ねるのは、逆にジンの衣装に交換させられ、顔を真っ黒に塗って丸い黒鼻と頬にヒゲをくっつけ、ケモ耳カチューシャを着けただけという、これまた適当極まりない獣人化したアインス。
二人は暫し見つめ合い、それから揃って叫んだ。
「素敵! タイプ! 抱いて!」
「可愛い! 最高! 俺の嫁!」
そしてお互いに駆け寄りかけたところで――――ジンの着ていたドレスが肉体の圧迫に耐え兼ねてバリーン破れ落ち、アインスが着ていたぶかぶかの服はストーンと脱げ落ちた。
それを合図に、明るいポップスが炸裂!
「私はグラズ、あなたはヘイム♪ こうして二人は一つになったよ♪ 私とあなたは一心同体♪ ああ、グラズとヘイムが結ばれた♪ そして生まれたグラズヘイム♪」
ジンとアインスが、それぞれ前後に『グラズ』『ヘイム』と書かれたパンツ一丁というバカバカしい格好で、バカバカしい歌を歌いながら踊りだす。
お尻を振り振り、腰をくねくね、バカすぎる踊りを、しかし二人とも真顔も真顔、超がつくくらいの真顔で踊る。
会場みんな大爆笑! 先程までのキュンキュン展開はどこへやら、あたしも腹を抱えて笑った。
バカだ、すげえバカだ!
盛り上がってくると、ステージから出ていたスタッフも戻ってきて、同じ格好同じ振りで踊り始めた。何だこれ、最高にバカじゃん!
「せっかくだから、下に行こう!」
あたしの気持ちを読み取ったように、シファーが声をかけてきた。そっか、舞台は可動式らしいけどダンスに慣れてないスタッフが乗っかってるから無闇に動かせないんだな。
あたしは笑顔で頷き、シファーの提案に賛成の意を示した。
ステージ周辺は、凄まじい熱気に包まれていた。人が多くて圧縮されそうになったけど、上から眺めているだけではこの生き生きとした空気は感じられない!
皆、面白バカダンスを踊っていた。こうやって誰でも楽しめるように、簡単な振りにしたんだろう。もちろん、あたしも踊る。ステージにいる奴らは真顔だけど、ステージ以外の皆は笑いながら踊っていた。笑う。踊る。笑う。踊る。
舞台会場一体になったバカダンスは暫く続き、飽きが来る前を見計らった絶妙のタイミングで、元獣人王子現オカマ姫と元物乞い少女現チビケモはスタッフ達に胴上げされながら退場した。
それから音楽はスタイリッシュな方向へと転換。今度は本物らしいプロダンサー達が集い、冷めない熱狂の渦の中、あたしは意味もわからないまま踊り続けた。
「お疲れ! どうだった?」
一時間近く踊り狂うとさすがに喉が渇いて、あたしはまだ踊り足りないとだだをこねる身体を宥めすかしてシファーと元のボックス席に座った。
「すっげえ楽しかった! 毎月こんなことやってんの? こりゃ皆してグラズヘイムにハマるのもわかるわ。何回も来たくなる!」
「そう言っていただけると嬉しいな。最高の褒め言葉だよ」
本当に嬉しかったようで、シファーはこれまでの柔らかな微笑ではなく、子供みたいに無邪気な笑顔を見せた。
ボトルから注いでもらったお酒を一気に流し込み、喉を潤したところで――あたしは肝心なことを思い出した!
「ちょ、ショウ・フエスさんは!? いくらなんでももう来てるよね!?」
シファーが笑顔で頷く。
「もう出会ったじゃない」
は?
もしかして……ショウ・フエスさんて、シファーのことだったの?
確かにカリスマといえばカリスマ、みたいけど――人波に紛れても、皆が挨拶して道をあけてたし、握手してもらって泣く女すらいたくらいだし。
ショウ・フェスが本名で、何とかシファーは通り名なのか?
アインスがわざわざわかりにくい名前の方で言ったのは意地悪だから、で理解できなくもないけど、でも従業員のマオリが知らないなんてことないよね?
あたしの訝しげな視線に、シファーは腕を上げてホールを指し示した。
「ショーフェスは、ショーフェスティバルの略。今まさに、この会場で行っているのがショーフェスだよ。お姉さんは多分、それを人名と聞き間違えて、勘違いしてたんじゃないかな? でも、すごく盛り上がったでしょ?」
…………だ、ま、さ、れ、た!!
それであの猿、あんなに笑い転げてやがったのか!
うおお! ムカつくムカつくムカつく!!
「シファー、てめえもグルだったんだな? あのバカ猿の後で、貴様も処刑だ!」
シファーのスーツの胸元をがっちり掴んで、今度こそ本気の殺人予告をかましていると。
「……М ψ ト л ∑ 門 м !(失礼します!)」
甲高い女の声に振り向けば、キャミソールにミニスカートといった出で立ちの、ありえないくらいに可愛い女の子が立っていた。
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