19.ミニサイズでも大容量収納
『エイルは、アインスが嫌い? アインスはいい子だよ。確かにね、バカばっかりやってるけれど、あの子は優しい子だ。ただ、すごく寂しがり屋。こっちに来たばかりの頃も、マジナの家族に会いたいって泣いてばかりいた。特にね、エイルに会いたいってよく言ってたよ。怖くて強くて厳しくて、でもすごく優しくて楽しいお姉さんなんだって、教えてくれた。アインスは、エイルが誰よりも大好きなんだよ。だからエイル、もし私がいなくなったらアインスを受けとめてやってほしい。アインスの居場所を、作ってやってほしい。君にしか頼めないし、君にしかできないことなんだよ、エイル』
そんな真剣にお願いされたらさ、嫌だなんて言えないよ。
でもオルディン、あたしに託すつもりだったなら、あんなに凶悪に育てることなかったんじゃないの?
もう少し、優しさってのをうまく表現できるように育てられなかったもんかね、オルディン。
ねえオルディン、返事してよ。
おいオルディン、黙って死んでんじゃねえよ。
オルディン、オルディンってば!
「……エイル? エイル!」
目の前にブルーグレーの瞳を認識すると、あたしは掴み掛かった。
「∞ F 門 † l ↑ ! I † м v м я キ ∝ я x l v м Σ ∝ ∏ , ∝ я ∞ l † !!(てめえ、オルディン! 絶対許さねえからな!!)」
と、怒鳴り吠えたところで――あたしは、掴んでいるのはオルディンでなく彼と同じ色の瞳を持つアインスで、何故かアインスだけでなく猿友軍団もあたしを覗き込んでいて、さらに寝ているのが自宅のソファだということに気が付いた。
「あ? え?」
意味がわからなさすぎて呆然と周りを見渡していたら、アインスが抱きついてきた。
「エイルごめん! ごめんなさい! もうあんなえげつない技かけない! 本当にごめんなさい! 食事も作れなんて言わない、洗濯も自分でやる! だから許してください!」
あ、なるほど。こいつに腕三角絞め食らって落ちたんだな。そうかそうか。
「……じゃねえ! 誰が許すか、バカ猿! そこのお仲間達とおとなしく猿山帰れ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ!」
アインスを含めて一人ずつにバカをくれてやってから、あたしはまた気付いた。
「うお!? 何で猿どもがあたしの部屋に集ってんだ!? ここは猿山じゃねえ、散れ散れ! ハウス! ハウス! ハウス! ハウス! ハウス!」
今度は一人ずつ、わかりやすくハウスの命令を下す。が、誰も動かない。
少しの間を置いて、ようやくジンとかいう猿がため息混じりに呟いた。
「……こりゃ、噂以上の極悪ぶりだわ」
その言葉に一同が一斉に頷いて、嵐のような大爆笑が巻き起こった。
アインスとその仲間達のエテ公どもはその後あたしに謝りに謝り、まあバカ相手にしても疲れるし意味ないし、大人のゆとりってことで許してやった。アインスから、もう一万ぶん取って。
鬼だ悪魔だと言いながらも、アインスは素直に金を出した。うふふん、これで暫くは生活に困らないな。
ゴールド札に頬ずりしながら、あたしは猿達に笑顔でまたハウスの命令を下してやった。しかし、奴らは人間語がわからないらしく、帰る気配も素振りも見せやしない。
代わりに、どっか飲みに行こう等とほざく始末。
猿仲間の一味だと思われるのは嫌だけど、奢りという言葉につられて、あたしもご一緒することになった。
お誘い先は奴らが行きつけだという、安さが売りの近所の居酒屋チェーン店。
グラズヘイムの従業員っていうから金持ちなんだろうと思ってたのに、がっかりだ。かといってお高いお店だと気を遣うし、ドレスコードなんてあったら困るしな。
と、あたしは落胆したような安心したようなおかしな気持ちで、愉快なお猿達と共に店に入った。
「さ、姉さん! 何でも好きなもん、いっちゃって下さいよ!」
「マオリ、俺、金ないよ? 鬼に奪われたから」
「いいよ、アイちゃんも奢ってやる! 先輩に任せとけ!」
「そんなデカい口叩いて大丈夫か? アイちゃん、かなり飲むよ?」
「え、そうなの? それ早く言えよ〜。マキシマこそ俺の先輩なんだから俺に奢るべき!」
「じゃ、俺は自分の分くらいは出すかな。奢るのも奢られるのも苦手だし」
「ナリスは偉いなあ。俺も見習わなきゃ! あ、ジン、言い出したのはお前なんだから、姉さんの分はお前持ちな!」
「わかったよ、仕方ねえなあ。で、姉さん、決まりましたあ?」
ああ、うるせえ奴らだな!
本当だったら今頃はファランとまったり帰宅前の愛のティータイムだったってのに。何でこんな野猿の王国にいなきゃなんないんだ? あたしは飼育員じゃねえっての!
「じゃあまずは……夢陽炎、ボトルで五本」
この店で一番高い酒を口にすると、途端に皆が静かになった。
「じゃ俺、吹雪舞のボトル五本」
アインスも真顔で二番目に高い酒を読み上げる。
「いいね、あたしもそれ気になってた。半分こしようぜ。で、クイックメニューはどうする?」
「全種類五つずつ頼んどけば、食事来るまでの繋ぎになるんじゃね?」
「あとはサラダ全種類と、飯物と麺類も全部。揚げ物と焼き物は、人数分の二倍あれば足りるか?」
「俺、鍋も食べたい! 鍋は、っと……何だ、三種類しかねえじゃん」
「具材追加すりゃいけんだろ。最初はこのくらいでいいか」
アインスとオーダーを決定して顔を上げてみれば、四人の顔色が何だか大変悪い。
「店のメニュー、全部食い尽くす気っすか、あんたらは」
マオリとか呼ばれてた茶金グラデ頭の小動物系フェイスが、死人みたいな顔色で額を押さえている。あたしとアインスは顔を見合わせた。
「そんくらい、普通にやったことあるよ?」
「確か、モルガナが宝くじ当たった時だったよな」
「前日から腹減らして、近所のファミレスに半日居座って」
「支払いする時、軽くドキドキした。足りなかったらどうしようって」
「あ、でも今日は昼フルコースだったからそんなには食べないよ」
「酒も飲むしな!」
二人して笑顔でガッツポーズを決めたのに、誰一人として笑う奴はいなかった。
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