ブラック騎士団へようこそ!
ながやん
・プロローグ
第1話「王都に吹くは黒い風」
混迷、そして
世に魔物は満ちて、邪悪の
――栄えある騎士、
王都を取り囲む城壁と、巨大な石造りの門。
名は、ラルス・マーケン。十六の誕生日を迎えて、
彼が初めて目にする花の都は、驚きと興奮に満ち満ちていた。
「これが……
そんなラルスを道のド真ん中に避けながら、往来を行き交う人々は忙しい。
頭に買い物用の大きな
城門から出入りする荷物を整理する男達。
道端ではしゃぐ子供や、店先に集う老人でさえ、華やいで見える。
「っし! まずは
自身の
自然と人混みが一つの流れとなり、騒ぎの
見れば、自分と同じ旅人の少女が、城門前で男たちに囲まれていた。
「はっ、離してけろ! おめんど、オラさどうする気だ! 人さらいだか!」
「おいおい、お嬢ちゃん……田舎で教わらなかったかい? 都会は恐いオジサンがいっぱいだってなあ?」
「はーい、おのぼりさん一名御案内。あんまし騒いでると黙らせちゃうぞ? ん? ええ?」
「ダイジョーブ、まずは三ヶ月! 三ヶ月うちで客を取ってみような? な? すぐ慣れるし、そんじょそこらで働くよりうんと稼げる、親元への仕送りだって」
日に焼けた少女の手首を掴んで、男たちは
その時にはもう、もみくちゃにされながらもラルスは開けた中央へと躍り出る。
周囲で見守るしか出来ない市民たちが、一様に「おお!」と声を上げた。
ラルスは息を整え、深呼吸を一つ。
そして、
「その
返答の代わりに
無防備に近寄ったラルスは、暗転した視界に星々が弾けるのを見た。
大きくよろけた、次の瞬間に彼は……反射的に背の剣へと手を伸ばす。
周囲が見守る中、
「おやおや、小僧。そのダンビラを抜くかい? これだから田舎者は」
「……いや、抜かない! 軽率な俺だが、抜かない。騎士は……
「ん? 騎士? ああ……そうそう、その騎士様がな、騒ぎを聞きつけてやってくる訳だ。この王都には百を下らぬ騎士団が存在し、
「あたりまえだっ! でもっ、その娘は離してもらう。お前たちに向けるべきは、
「違う、ねぇっ!」
再度、岩のように
頭目と思しき男の追撃を、ラルスは避けつつ剣から手を放した。
尊敬する父はかつて、言った。みだりに剣を抜いてはいけないと。騎士たるもの、その剣が力である以上の意味をもつこと、それを
剣は剣である以上に、誇りであり
取り巻く市民たちがはやし立てる中、ラルスを狙う男の息が上がり始める。
「くそっ、チョコマカと……このガキッ!」
「ガキじゃない、ラルス・マーケンだ! そして、我が父の名は――!?」
先に武器を抜いたのは、男の方だった。
同時に、興味本位で集まっていた周囲の人だかりが、
ラルスの
血を呼ぶ輝きを目にして、城門前の広場はパニックに
そんなラルスに、
「抜けよ……抜けって言ってんだよ、ガキがっ! ええ? 子供がいっちょまえに騎士気取りかい」
「
混乱の騒ぎの中、ラルスの声が高らかと響いた。
それが男達の薄ら寒い笑みを招き……よく通る声が
「それまで、です。剣を引いてください」
まるで波打つ
我を忘れて逃げ始めていた市民でさえ、足を止めて振り返った。
その視線の先で、黒衣の騎士が歩み寄ってくる。
黒い鎧は動きやすさを重視した軽装で、漆黒のマントが
まるで、夜を
そう、そこまでだと言い放った騎士は、ラルスとそう年も変わらぬ少女だった。
「もう一度……もう一度だけ警告しましょう。そこまでにして、おとなしく剣を収めてもらえないでしょうか」
張り詰めた冷たさが、凍れる炎を
ラルスの目の前を、黒尽くめの少女騎士が横切る。背にラルスを
「てっ、手前ぇは! へへ、いよいよ本物の騎士様のご登場かい? 俺ぁ、女だからって手加減は……ん? な、なんだよオイ、どうした」
「あっ、兄貴! やばいですぜ……この女、あのゾディアック黒騎士団の団員だ!」
「それも……み、見たことがあるぞ、以前見た……総勢六百人の団員の中でも、
ラルスが夢見て憧れた存在が、目の前にいた。
それは
彼女の唯一
丁寧な物腰に穏やかな口調だが、その言葉が持つ意味は
有無を言わさぬ勧告、そして命令だ。
「王都内でみだりに武器を抜けば、法による刑罰は免れません。私達の剣は常に、そうした
やや切れ長の大きな瞳で、少女は視線を滑らせる。
全てを貫き
そして少女騎士は、正義を信じるラルスが驚くような言動を選択した。
「ですが、王都を訪れた旅人を
突然の言葉に、悪漢はナイフを手に固まってしまった。
そして、形ばかりは疑問符を
「そうですね? そこの方」
「え、あ、ああ! はい! その通りで、騎士様」
「そこの屋台に
それだけ言って、少女騎士は剣を鞘へと収める。王都でも最強と噂されるゾディアック黒騎士団の中で、最高の騎士だけが戴く名……常闇の騎士。その称号を持つ少女は、表情一つ変えずに
おずおずと背後で老人が手をあげると、少女騎士は「なにかあったらゾディアック黒騎士団と私の名を出してください」とことづけて、去ろうとする。
彼女の名を、ラルスは耳に入れると同時に心に
剣を抜けどもなにものも切らず、血で濡らすことなく刃を収める。
それは、ラルスが父の話に憧れて育った、理想の騎士そのものだ。
名乗ると同時に少女騎士は去ってしまう。
「私はゾディアック黒騎士団、常闇の騎士が一人……リンナ・ベルトール。この場の全員が証人です。その者達は腸詰めを切り分けるべく、ナイフを抜きました。いいですね? 皆でありがたく
吹き抜ける風にように、黒衣の少女騎士は去っていった。
その風が運んだ花の種が、ラルスの胸の奥へと流れ着く。やがて芽吹いて大輪の花を咲かせる決意が、改めて彼の心に根付いた瞬間だった。
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