もう少し未来のお話・披露宴

「新郎新婦の入場です。皆様盛大な拍手を!」 


 父のお店で常連さんが言っていました『男装の麗人は別腹だ』と。私をエスコートする楓ちゃんは素敵です。しかし司会の美紀様はストライプの入った濃紺のスーツ姿、恋に落ちてしまいそうですが大丈夫。男装の麗人は夫とは別腹なのです。


「おお~」

「あのお転婆さんがねぇ」


 ウエディングマーチと拍手に出迎えられて二人で入場です。私達を見た来場者から感嘆の声が聞こえます。私はもちろん、楓ちゃんもバッチリのメイクをしているからでしょう。楓ちゃんは少し睫毛を盛って女性的なメイクをすれば若き日に高嶋市内の女子を魅了した伝説をもつお義母さまソックリなのです。


「ただいまより浅井家と大島家の結婚披露宴を執り行います」


 美紀様の司会進行で私達の生い立ちが紹介されます。時系列に沿ってスクリーンに画像と動画が映されました。


「新婦のレイさんは令和二年—――」


 赤ちゃんの私がすくすく育ち、三歳になった辺りで楓ちゃんの登場です。彼がお義母様に抱っこされているのを不思議そうな顔で見ている私の姿が映りました。幼いころの私はお義母様のことを男性だと思っていたのか『にーに』と呼んでいたそうです。でもってお義父様のことは『ねーね』と呼んでいたのだとか。


「新婦の初恋はお義母さまだったとお父様は言っておられました」


 会場の女性たちはウンウンと頷いています。美紀様がボソッと「私もその中の一人ですが」付け加えると会場から歓声が上がりました。


「三歳になったレイさんに、運命の出会いが訪れたのです」


 ここで楓ちゃんが誕生です。赤ちゃんの楓ちゃんにチューする幼い私を必死の形相で引き剥がそうとする若き(あんまり若くないけど)父、母と義両親は苦笑いです。


 すくすくと育つ楓ちゃんと幼い私の映像が続きました。私たちは姉弟の様に育ちました。そのうち浅井家は大津へ引っ越し、私は部活や友人との付き合いで楓ちゃんと遊ぶことが減りました。その間に楓ちゃんはグッと背が伸びてシュッとした男前に育っていきました。


「そして数年が経ち、専門学校を卒業して修業に出た新郎は大島家に下宿することになったのです」


 ここからは再現ドラマです。お義母様が楓ちゃん、母が私を演じています。母が若作りなのが笑えます。楓ちゃんに扮したお義母様が素敵なのは言うまでもありません。いや~、男装の麗人って良いものですね。


「なぁ、何で初めてキスしたシーンが忠実に再現されてるんや?」


 楓ちゃんは「刑事さんに取り調べされた、ゴメン」と答えました。プロを使うなんてお母様は大胆すぎます。


「二人は結ばれ、新しい命を授かりました」


 もしもこのシーンが再現されていたらと肝を冷やしました。あ、授かり婚はみんな知っています。父の若いころならまだしも母や私たちの世代だと普通ですから。


 ガラッとシーンが変わりました。ほのぼのムードからシリアスな展開です。


『大よその話は億田さんの奥さんから聞いています。レイ、体の具合がおかしいならどうして私に言わなかったの?』


 母の顔がアップになりました。若く見えますが、アップになると……まぁそれなりに。


『私の夫は小さなオートバイをコツコツと直し、自分の儲けはそこそこにお客様の事を常に考えていた人です』


 あのシーンです。ええ、億田不動産や本田サイクルのおばちゃん。お取引先まで巻き込んだ北海道を舞台にしたドラマをオマージュしたあのシーンです。


『壊れて動かない小さなオートバイに命を吹き込み、お料理のできない私を愛し、家族を大切にした夫でした。夫は周りに自分は気楽に生きていると言っていました。でも、私には必死に……精一杯誠実に生きていたと思います』


 ここで父と私のカットが入りました。幼い私は父の背中に貼りついたり、お料理をしている父にお肉を一切れ味見させてもらったり。父がオートバイを修理しているシーンでは思わず涙が……。


『呆れるほどに愚直で不器用。そんな夫の愛した娘が嫁入り前に妊娠しました……筋が通らないわね。私は夫に何と謝ればよいのかしら? 薫さん、晶ちゃん。あなたたちにもお嬢さんは居るよね? 同じ様に『妊娠しました結婚します』なんて事になったらどう思うかな? 想像してちょうだい』


 いよいよクライマックスです。


『誠意って……何かしら?』


 静かに怒る母のセリフが流れると場内が息を飲みました。迫真の演技です。もしかすると半分は本気だったのかなって気がします。


「こうして二人は今日という日を迎えました」


 美紀様のナレーションの直後に億田のおじさまの「カット!」の声が入ってエンディングです。勇ましいBGMと共にNGシーンが流れました。心の中で「大昔の香港映画かっ!」とツッコミを入れたのは言うまでもありません。


「では引き続き、迫真の演技をされた新婦のお母さまからのご挨拶です」


 黒留袖姿の母がマイクへ向かうと来客から「いよっ! リツコちゃんっ!」と声がかかりました。


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