十数年ぶりの再会②くたびれたエンジン

 オートバイの中でスーパーカブほど整備がやりやすい車体は数えるほどしかないと思う。じゃあほかに整備しやすいオートバイは何だと言われてもホンダモンキーとゴリラくらいしか思い浮かばないが、個人的には車体にセンタースタンドが付いているスーパーカブの方がエンジン脱着に関しては楽だと思う。


「やれやれ、今まで御苦労さん」


 マフラーを外し、ブレーキアジャスタを外してをブレーキペダルをフリーにしてからステップを外す。今回はキャブレターを掃除してパッキンを変えるから外すが、キャブを触らない場合はエンジンと切り離すだけだ。今回は汚れたエアクリーナーも交換する。パワーダウンの原因は色々とあるが、今回は使い続けたことによる劣化や摩耗、そして汚れや消耗が原因だろう。


「こっちもお疲れさん」


 前後のスプロケット(歯車状の部品)にドライブチェーン、今回は後輪を丸ごと外してドラムブレーキを清掃してブレーキシャフトをグリスアップする。もちろん摩耗したシューは交換だ。本当はブレーキワイヤーも交換したいところだが、今回は注油で済ませる。エンジンが弱った上に駆動系がギクシャクすれば余計に感じるだろう。


「この辺りはついでの整備っと」


 ハブダンパーはホイールを外すついでに交換してしまう。一見何とも無いようだが、十数年経ったゴム部品だ。経年劣化で固くなっているので交換してしまう。カブのクラッチはガチャコンとシフトショックが大きめだから交換しておくと乗り心地が良くなる。今回は言われていないがセンタースタンドのシャフトも抜いてグリスアップしておこう。センタースタンドがシャフトと固着すると、センタースタンドとシャフトを共用するブレーキペダルが動いてしまうことが有る。ブレーキ引きずりの原因になるから見ておこう。


「いよいよメインディッシュやね」


 エンジン本体は車体にボルト二本だけで取付けられている。これで大丈夫なのかと思うが、大丈夫なのだから大丈夫なんだろう。要するに大丈夫なのだ、問題ない。


「昔の自分がした仕事か、何が出るかな?」


 エンジンの中身は気になるが見るのは後回し。さっさとリビルドしたエンジンを積んでしまおう。外した部品は時間が経てば経つほど無くしやすい。分解した逆の手順でパパッと組み立てられれば良いけれど、実際は汚れた部品を掃除したりグリスアップしながら組み立てるので時間がかかる。それでもスーパーカブのリフレッシュは一日あれば出来てしまう。ウチではエンジン本体を載せ替えてしまうから大幅な時間短縮が出来るが、降ろしたエンジンを分解して悪い所を洗い出して部品を注文なんてしていたらあっという間に時がたち、下手をすれば分解したまま季節が変わってしまうだろう。


「高校へ通うのに二万キロチョイ、社会人になってから六万キロ。よく走ったよなぁ」


 出てきたのはすり減った部品と当時の思い出。色々考えながらも作業は進み、バラバラになったカブは元の姿に蘇る。


「俺はどんどん年をとるのに、お前さんは何回も若返る。機械の体はええなぁ」


 地獄の底からでも蘇ると言われるホンダスーパーカブ。この車体はいつまで動き続けるのだろう。


◆        ◆        ◆


 あっという間に日が暮れて閉店の時間。エンジンを載せえ換えたカブは火入れ式を終えて各部から漏れが無いか一晩放置して様子見をする。店を閉めてからは第二の仕事である主夫業がスタートだ。乳母の志麻さんからレイの世話を引き継ぎ、晩御飯の支度をしながらリツコさんの帰りを待つ。今日のメインディッシュはビーフシチューだ。


「お肉ばかり食べてしまうリツコさんの為に特製ビーフシチューや、レイはもう少し大きなったら食べような」

「にゃ?」


 日に日にレイは成長している。最近はハイハイからつかまり立ちを始めた。もしかすると今年中に歩くのではないかと思っている。


「お前が大きくなるまで、お父ちゃんは頑張りますぞ」


 成長するレイに対して、成長どころかますます手がかかるようになったのがリツコさんにゃんことスーパーカブだ。純正部品の値上がりが続き、細かな部品は汎用品を使って直せとばかりに供給中止になっている。今まで下取りしたエンジンを修理して商品化しているが、下取りしたエンジンだけじゃなくて車体も経年劣化で程度が悪くなっている。


 ヴォロロロ……プスッ……。


 おっと、考え事をしていたらリツコさんがご帰宅だ。


「たっだいま~っ! 今日の晩御飯はな~にかな~!」


 明日は降ろしたエンジンを分解してみよう。八万キロ、地球二回りの距離を走ったスーパーカブのエンジン。パワーダウンしている様だが、開けたら何が出てくるだろう。


「わ~お、ビーフシチューじゃない! やったねっ!」


 さぁ、晩御飯にするか。今夜もリツコさんは元気いっぱい。部屋着に着替えてお鍋の前に立ち、おたまで豪快かつ繊細にシチューをすくい上げた。


「リツコさんっ! お肉ばっかりよそわないっ!」

「にゃうっ!」


 エンジンの中はわからないが、お鍋の中にはお肉ゴロゴロのビーフシチュー。お肉ばかり食べようとするリツコさんにゃんこを注意しつつ、我が家の時間は賑やかに過ぎるのだった。

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