金一郎と明日香①
陰謀と破壊、犯罪渦巻く今都町は今世紀最悪の不景気真っ只中にあった。地域の特産物であった
「五十鈴さん、経理が出来るんか?」
「はい、両親の会社を手伝っていたので少し出来ます」
「ふぅん」
おかげで金一郎の会社は大忙し、借りた金を返せずトンズラするのが今都町住民の基本と初めから現金で回収することを諦めていた金一郎は不動産を差し押さえていたのだが、今都町全体の不動産価値低下は億田金融の経営に大きな影響を与えていた。
「家計簿だってちゃんとつけてますよ、ほら」
「ふむ、なるほど」
明日香が広げて見せた家計簿は金融のプロである金一郎が見ても悪くない。家計簿と言うより帳簿に近いものだった。
「じゃあ、この会社の経営状況はどう思う?」
「はぁ……
金一郎が「それは『ろくじょう』って読むんやで」と教えると明日香の顔は真っ赤になった。真っ赤になりながらも資料に目を通した明日香の答えは「これなら悪くないと思う」だった。
「過剰な設備投資は有りませんし、売掛金の回収も順調。ただ、顧客の大半が官公庁絡みなのは気になりますね。官公庁が八割りとなると社長がおっしゃってた通りなら今都町から県の施設が移転すればジリ貧ですね」
「なるほど、じゃあこの店が今都から移転したらどうなる?」
「え~っとですねぇ……」
明日香が視線を斜め上にするのは脳内のコンピューターをフル稼働させる時の癖だった。金一郎がしばらく明日香を見ていると頭の上に電球のホログラムが出た気がした。
「今すぐ移転は厳しいでしょうねぇ、私はこの町に来て間無しですけど今都町が他の町から嫌われているのは知ってます。今都から別の町へ来た店は受け入れられるまで時間がかかると思います。今都の店舗は今のところ順調に利益を上げていますから、私なら先に支店を開店します。いきなり移転するより移転先をある程度馴染ませてから今都店を閉鎖するみたいな形が良いと思います」
今は金一郎の家で住み込みの家政婦をしているが、両親が急死しなければ家業を継いでいたはずの明日香。そもそも家業自体は順調で将来の経営者となるべく大学ではそれなりの事を学んでいたのである。
「なるほど、一理ある。じゃあ新しく店を建てるのはどうや?」
金一郎は主に現場を経験して仕事を学んだ。大学や学校で学んだ事は無い。それだけに基本から学んだ明日香の意見を聞きたかった。若い経営者をなるべく応援してやりたい。だが仕事として受ける以上は非情にならなければいけない時もある。兄貴分の紹介だけに鬼になる事は避けたい金一郎だった。
「ん~とですねぇ……一から店を建てるほど利益は上げてないかな? 何かがあれば新店舗への投資が足枷になって経営状態が悪化しそうですね」
「なるほど、じゃあ明日香さんならどうする?」
移転したいが移転した先で定着するかわからない。となれば費用は出来るだけ抑えたいところだ。
「私なら居抜きのガソリンスタンドを紹介します」
「なるほど、居抜きなら設備投資は抑えられそうやな」
居抜きとは閉店した店舗を買い取ってリニューアルして営業することである。メリットは初期費用は抑えられること。
「ただし、営業に向かない立地だとダメですね」
「繁盛してたのに閉店した店の居抜きを狙うわけやな、なるほど」
幸か不幸か高嶋市には閉店した石油店が何件かある。それも経営状態が健全であるにもかかわらず経営者の高齢化や跡継ぎが不在で閉店に追い込まれた店舗も数件ある。
「中古物件を居抜きでリフォームして使うのがベストか」
「ですね、問題は人員です。そこさえクリヤーすれば大丈夫だと思います」
ガソリンスタンドの仕事は石油を売るだけではない。オイル交換やタイヤ交換など業務内容は数多い。危険物取扱免許などの資格を持つ人員が欲しいところだ。
「職を求めてる人間は多いからなぁ、まぁ相談してきたら誰か紹介しよう」
人員までは自分の仕事ではないが『銭を回収するためなら手段を選ばない』が金一郎のモットーである。
「よし、じゃあその線でいってみよう。で、今夜の晩御飯は?」
「今夜はお素麺と鱧の湯引きですよ~」
季節は夏、さっぱりしたものが食べたい季節である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます