新型

 排気ガス規制の影響でキャブ車が生産終了して以来、我が大島サイクルでは新車の販売実績が無い。インジェクションになった当初は若干の引き合いは在ったものの、さまざまな理由……早い話が価格面での問題で中古車ばかり売れていたからだ。学生たちが通学で使う『自転車以上自動車未満』の乗り物に二十万円以上も使える家庭はほぼ無かった。当時は安くで有ったスーパーカブの中古車や、置き場に困らない小さなモンキーを通学用に買い与えた親が多かった。


「やっぱり丸いライトがエエな」

「ね~」

「うきゃ~!」


 リヤフェンダーまで一体ボデーだったスーパーカブはモデルチェンジをしてフレームと外皮が別れた新型になった。そこまでは良いとして、問題は中国生産になった事だ。キャブ時代と比べて仕上げが雑になったらしいと噂で聞いた。


(車体のデザインがシャープになったな……)


 車体はグローバル化され、何十年も変わらないと笑われた丸いライトはアジア圏で人気な近代的なデザインに改装された。タイカブが丸みを帯びた感じのデザインだった。


「前の型は最初2009年は可愛かったけど、その後2012年からがチョッチね」

「あ~! う~!」


 ところがウチのお客さんには近代的なデザインがカブらしくないと不評で、丸みを帯びたスタイルも『締まりがない』と評判が良くなかった。デザインのせいか、それとも中古車が安かったからか、もしくは中古車で十分な性能だったからかわからないが、とにかく一台も売れなかった。


「大興奮やな、レイも今の型がエエか?」

「きゃ~!」


 キャブ車からインジェクション車への過渡期だったからか、それとも中国製ゆえの組み付け精度の悪さか、乗り味も今一つだったと聞いた。特にシフト時の節度がどうのこうのみたいな話を雑誌で読んだ事が在る。


「ねぇ、乗ってイイ?」

「駄目、これはお客さんのバイク。勝手に乗ったらアカン」


 試乗車やオレのバイクだったらいくら乗っても良い。だが今回は新車だ。中古車を試運転するのとはわけが違う。買い手と話しをして「乗ってイイよ」と言われるならまだしも、勝手に乗ってはいけない。


「四月になったら登録して億田金融に納めるから、その後で金一郎に頼んで乗らせてもらい」


 まぁ金一郎の事だから乗るなとは言わないと思う。


「ぶー、じゃあ我慢するぅ」

「ごめんな」

「きゃ~い!」


 ともかく、久しぶりに扱う新車だ。幼い頃から知っている金一郎とは言え、今回はお客さんだ。商売に関してはキッチリしておかなければ。


「それにしても、やっぱり丸いライトは可愛いな」


 やはりスーパーカブはこの形が良い。そう思っているのは俺だけではないのだろう。モデルチェンジされてからのカブはおおむね好評だ。畳と何とやらは新しい方が良いなんて言われるが、カブも良い。例外は先々代から先代にモデルチェンジをした時だ。残念だが先代の中国製スーパーカブは迷い迷った末に本来のスーパーカブから離れてしまった感がある。スーパーカブは仕事で使う道具なのだ。信頼性が第一の道具、その道具を普段使いするのが『粋』だと思う。今回のモデルチェンジで国内で作るようになってからは信頼性が段違いに良くなった。復活したサイドカバーは若干容量不足だが実用的だし、スタイルも引き締まった。一一〇㏄モデルを買えばボアアップは必要無い。ギヤだって四段変速だ。もう今までみたいに交通の流れに乗る為のチューニングやエンジンパワーを引き出すための改造は要らない。


 少し寂しいが正常な進化だ。


「そうね……レイも気に入ったみたい」

「でも増車はアカンで、ミントを登録するさかいな」


 リツコさんは知り合ってから何台か増車している。最初はゼファーだけだったのが通勤用にリトルカブ、俺と共用だけどジャイロX。さらに今年の春からはミントも登録。男性にはモテなかったリツコさんだが、バイクと女子高生に関してはハーレム状態だ。バイクを持つのも甲斐性のうちだが、やはり乗れない程の台数は要らないと思う。

 

「わかってる。それにしても乗る物が増えたね~、中さんには乗られるけど」

「たまに乗るやろ?」


 ともかく、カブ一一〇が入庫した。うちで初めてのインジェクション燃料噴射式車だ。春は卒業するにしても何かを始めるにしても良い季節だ。インジェクションの勉強を始める良い機会だ、納車準備がてら色々と観察させてもらおう。


◆         ◆        ◆


「五十鈴さん、もうすぐ三輪車を返すで」

「あら、思っていたより早いですねぇ」


 私がお屋敷へ来て一か月少々が経ちました。兄貴分のバイク屋さんは「二か月くらいかかるんと違うかなぁ」とおっしゃっていたのに、予定が早まったみたいです。


「あの三輪車って、すごく便利だったんですよ」

「らしいな、いっその事アレを貰っとこかと思ったけどな」


 金一郎さんが困った顔をしています。お仕事中は怖い顔の金一郎さんですが、お家へ帰ってリラックスしている時は色々な表情をします。多分ですが、普段の金一郎さんの顔を知っているのは兄貴分さんと高畑夫妻、あとは私くらいじゃないでしょうか。晩御飯が好物だと可愛い顔をして喜ぶんですよ。


「駄目なんですか?」

「そうなんや、姐さんはクルマに乗れんらしいんや」


 新しいバイクが来るまでの間、代車で借りている三輪車は荷物が積めるので便利です。でも、バイク屋さんの奥さんであるリツコさんがお買い物やご近所への配り物に使うから駄目なんですって。ちょっと残念です。


「まぁアレや、免許も無事に取れたしなぁ」

「はい、おかげさまで無事に取れました……その……教習代は……」


 実は私、オートマチック限定ですが小型自動二輪を取らせてもらいました。なんでも春から乗るスーパーカブは小型自動二輪免許が必要な大きいバイクだそうです。私には普通免許でも乗れるスーパーカブと何が違うのか解りませんが、せっかく金一郎さんが『資格は荷物にならん財産やから』と勧めてくださったのを断るなんて出来ません。頑張って教習所へ通いました。


「かまへんかまへん、そんなもんは経費で落とすさかい。とりあえず四月になったら三輪車は返すからそのつもりで。ところで、晩御飯は?」

「今日はお好み焼きですよ」


 金一郎さんが「焼いて~」とねだってきました。けっこう甘えん坊さんです。


「焼きますよ~最初は豚玉っ!」

「餅も入れて~な~」


 お買い物に便利な三輪車とのお別れが近付いています。春は別れの季節ですが、出会いの季節でもあります。今度乗るスーパーカブは私にどんな世界を見せてくれるのでしょうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る