第411話 今都煙草と悪ガキ二匹

 学校からの許可が下りず、バイク免許を取れない今都町から通う生徒の間で流行りだした改造自転車は瞬く間にBコース全体に流行り出した。だが、所詮ママチャリと呼ばれる街乗り自転車がベースとあってスピードは出ない。一部の生徒は電動アシスト自転車を改造していたが、改造電動自転車に乗る連中はモーターやセンサーを改造する程の知識や技術は無い。結果として加速は良くなれど航続距離や最高速度が伸びる訳ではなかった。結果として乗り辛い見てくれだけ(というのも怪しいセンス)の改造自転車は今都市立中学校の学区から出る事は無く、地域の流行で留まっている。


「ドルンドルンヴォルンヴォリン! ヴァリヴァリヴァリ!」

「ヴぉんヴぉんヴぉん! ヴゅをををををを~まんじ~!」


 そんな大声を立てて走り回る自転車よりも静かに走り去るのは小さなバイク達。中には少しだけ騒がしい2ストエンジンも紛れているが、大半は4ストの長閑なエンジン音を奏でて走っている。


「……アホね」

「……だな」


 三年生たちはこれからの進路ヘ向けて勉強に励み、今までの様に一緒に行動することは減った。


「綾ちゃんと亮二は図書館?」

「うん、理恵と速人君は?」


「僕たちは理恵ちゃんの家で勉強」

「じゃあ途中でお別れやな」


 今日も綾と亮二は一緒に帰るが速人や理恵とは別行動。絵里は進路指導室で進路相談、美紀は元々一匹狼なところが有るので別行動。二組のカップルは国道一六一号線をしばらく走り、蒼柳の交差点で分かれた。


◆        ◆        ◆


「ハァ……ハァ……なぁ勃雄たつお、何か違うくねぇ?」

「ハァ……ぅおぇっ……何がだよ……」


 奇声をあげたり母校の今都市立中学校の校歌を声高らかに歌っていた勃雄たつおつとむだったが、さすがに何かおかしいのではないかと思い始めた。


「漕ぐの……ゼェ……ゼェ……きつくないか?」

「キツイな……」


 そもそもサドルではなくて荷台に座っているから漕ぎ辛い上に、大声で叫ぶわ歌うわをしているから余計に要らない体力を消耗している。きちんとサドルに座って漕げば何てことのない一キロも無い自転車通学が辛い。勃雄と勉は自転車を放り出して地べたに座った。


「ハーレーとかアメリカンのバイクって楽なんじゃねぇの?」

「おかしいなぁ……」


 脚を前方に投げ出して乗るフォワードコントロールのアメリカンタイプのバイクは長距離の走行が楽だ。だが二人が乗っているのは自転車。荷台に縛り付けた座椅子に踏ん反り返ってペダルをこいだところで脚力がまともにペダルへ伝わる訳が無い。


「まぁええわ、煙草が切れそうやし買いに行こうヴぇ」

「勃雄、お前最近(今都)煙草を吸い過ぎやないか? 臭いぞ?」


 喫煙量が増えた勃雄は普段の身なりに気を使わなくなり、酸っぱいような甘いような不思議な匂いを漂わせていた。


「吸ってると世界が明るく見えるんぎゃっ!」

「俺は煙草が切れると体が怠い気がするけど……まぁいいか」


「俺も怠いのは在るかも」


 煙草は健康に有害だが、フィルター無しで吸う今都煙草は何が入っているか分からない時点でかなり危ない。雑草の中には毒性が強いものもある。もしかすると農薬が含まれているかもしれない。そんなものをまとめて乾かした物に火を点けて煙を肺に入れることの危険性を今都煙草愛用者は分かっていない。


 怠い体を引き摺る様に立ち上がった二人に声をかける男たちがいた。


「君らは未成年やろ? ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」

「タバコは二十歳からって知ってるな? ついでにその煙草の事も教えてもらえるかな?」


◆        ◆        ◆


 今日もリツコさんのお迎えに高校へ来た。最近のリツコさんは産休に向けて私物の整理をしている。普段なら学校へ入る手続きが面倒だろうと荷物を玄関先まで持って来てくれる竹原君が忙しいとかで、手続きをして入館証を借りて職員室へ入る。


「今日は問題があってね、私は帰る様に言われてるけど……」

「えらいバタバタしてるなぁ、何が有ったん?」


 校内はバタバタと警官や道具を持った鑑識って奴らで大騒ぎ。まるで二時間ドラマの事件現場みたいだ。


「生徒が問題を起こしたんだけど、これ以上は内緒」

「鑑識が来てるやん、ドラマみたいやな」

 

 第二教務室では竹原君が警察と何か話をしているし、駐車場には警察関係の車両が停まっている。今都にある我が母校は七十年代は大荒れして警察がしょっちゅう来ていた時期があったそうだが、俺が居た九十年代になると平和なものだった。何が有ったのだろう。


「こんな時に帰って大丈夫なん?」

「皆がね、お腹の赤ちゃんの方が大事だから帰りなさいって」


「有り難い事やな」

「うん」


 段ボール箱を持って玄関へ歩いて行くと安浦さんの姿が見えた。顔が怖い。仕事中みたいだから声は掛けないでおこう。


「リツコさん、もしかして煙草か何か絡んでる?」

「守秘義務」


 安浦さんが来るって事は、以前聞かれた怪しい煙草が絡んでいるはずだ。吸うと酩酊したり暴力的になったりするなんて煙草じゃなくて危険な薬物だと思う。それにリツコさんが守秘義務と言うのは生徒が何かやらかした時だ。バンの荷室に段ボールを積んでリツコさんを後席に乗せる。


「さぁてと……帰りますかね」

「うん」


 大騒ぎの高嶋高校を後にして国道バイパスへ走る。お腹が空いたのかリツコさんが「ペッタンコになっちゃった」と、今朝渡した餡ドーナツを鞄から出して食べ始めた。忙しくて食べられなかったようだ。


「ねぇ中さん」

「ん?」


「中さんは煙草は吸わないよね?」

「吸わんで、煙草臭いチューは嫌やろ?」


 吸わないと答えるとリツコさんは「煙草って体に悪いのよねぇ……」と言って黙ってしまった。やはり煙草絡みで何か有ったらしい。


 この日の事件が高嶋高校や高嶋市に大きな影響を与える一大事だと知ったのは、リツコさんのお腹にいる赤ん坊が生まれて育ち、高校へ通い始めた頃だった。その話はまた後ほど……。





※作品中に喫煙シーンが出て来ますが、タバコは20歳になってから。未成年者の喫煙は法律で禁止されています。本作品は法律違反を推奨する物ではありません。

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