第398話 Tuned specifically for high school student②

 真旭自動車教習所は安曇川の堤防沿いにある。堤防は四輪の仮免検定間近の教習生が教習コースを眺めたり、リア充と呼ばれる充実した青春を過ごすカップルは愛を語り合ったりする場所でもある。その堤防に麗・澄香・瑞樹・四葉、そして少し不機嫌な表情の今日子と五台のミニバイクの姿が在った。


「……」


 今日子は超A級スナイパーの様に無言で教習コースを見ているが、これには理由がある。同期の四人が半ば無理矢理に『今日子ちゃんの彼氏の様子を見に行こう』と連れ出して来たからだ。彼氏で無ければ友人でもないと断ろうとしたが、祖母が孫の友人が家に訪れてくれたと喜ぶ様子を見ては断りようがなく、渋々教習所までやって来た。


「……用件を聞こう」

「どこかのスナイパーじゃあるまいし。今日子ちゃん、キレてるの?」


 今回の首謀者である澄香が話しかけるが今日子の不機嫌は治らない。


「キレてはいない。不機嫌なだけ」


 そもそも彼氏でも何でもない。湖岸道路で風除けになって以降付きまとわれているだけの関係だ。自転車小僧がバイクの免許を取るだけなのになぜ自分が教習所まで来なければならないのか。しかもよりによってあのチャラ男は自分に気づいて手を振って来た。思わず振り返してしまった。これでは応援に来たみたいではないか。


「今日子ちゃんの彼氏、案外(バイクの運転が)上手くないね」

「そんな事無いで、私らが上手くなってるからそう見えるんやって」


 麗と瑞樹が何か言っているが、今日子もそれは同感だった。特にコーナリングでニーグリップが出来ていないのが気になった。どうしてもコーナー内側の膝が緩む。自転車で変な癖がついたのだろう。曲がるたびに指導員から注意されている。


「こりゃお盆までには(免許を)取れそうに無いですなぁ」

「そうやねぇ、あと、あいつは彼氏と違う……ハァ……」


 只々ため息をつく今日子だった。


◆        ◆        ◆


 ミズホオートから頼まれたエンジンに使う部品が揃った。今回はノーマルヘッド用アルミシリンダーのボアアップキットを使う。腰下の部品はクランクとクランクケース以外は九〇用やタイカブ用部品が入り乱れている。クランクシャフトはモンキー用の社外強化クランクを使うことにした。少し重いがコンロッドが太くてベアリングの大きいタイプだ。ここまで必要無いかもしれないが、念の為と予算に余裕があるので交換しておく。クランクケースも強化にしようか悩んだが、キリが無いので止めた。クラッチも九〇用で充分だろう。今回はフライホイールは芯出しとバランス取りをしてある物を使う。


 消耗品はこの際全部交換する事は言うまでもない。


「そして、CRF70用のプライマリドライブ&ドリブンギヤ……っと」


 カブ五〇のギヤは全体的にローギヤードだ。今回は排気量アップをするので低回転に力が出る。フロントスプロケットで調整しても良いのだが、今回は予算が在る事なのでミッション側で調整しようと思う。ポート研磨は大きくすると言ってもバルブ側に合わせる程度にとどめた。九〇年代のカブは燃費の為かポートを絞っていると思う。バルブステムが摩耗していたらバルブ径の大きいヘッドに交換しようと思っていたが、問題が無さそうなので擦り合わせをしてステムシールを交換して組んでおいた。


「今回は予算が在るからな……強化カムチェーンにハイカムも来てるな」


 ベースエンジンはクランクケースのギヤシフトアームが当たる突起が削れていたのでCD五〇のクランクケースをベアリングを入れ替えて使うことにした。マニュアルクラッチ車だと削れていないからだ。カブ系エンジンは捨てる所が無い。部品として使えなくても資源として再利用が出来る。近頃突っ込みまくるハイブリッド車よりもある意味エコなのだ。各部の清掃と部品の手配が出来ればカブのエンジンを組むのはあっという間だ。今回は一見ノーマルだが細かな所に手の入った個性的で壊れないエンジンにしようと思う。


◆        ◆        ◆


 うだるような暑さの中、ミズホオートでは令司のカブの組み付けが続いていた。すでにフロントフォークのアウタレースは打ち込み終わり、フロントフォークを組み付けられるとなった所にタイミング良くフロントフォークを持って来たのはアートボデーの従業員、大塚だった。


「会長、フロントフォークと伝票を持ってきましたけど……大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」

「ああ、急に暑うなったしな、温度がコロコロ変わるし辛くてしんどうてたまらん」


 すでに瑞穂は七〇歳を過ぎて数年、四捨五入すると八〇歳になる。気持ちは若いつもりだが、体はそうはいかない。特に今年は暑さが堪える。七月が涼しくて油断をしていた。八月になった途端の高温多湿に体が付いて来ない。


「会長、無理したらあきまへんで。お互いに若こうは無いんやさかい」

「大塚はまだ五十代やろ、もう二十年したらわか……る……うっ!」


 いつもの様に会話をし始めた途端、瑞穂は胸を押さえて倒れ込んだ。


「う……うぅ……」

「会長! おいっ! 救急車!」

「親父っ! とりあえず事務所へ運ぶでっ!」


 数分後、瑞穂会長は高嶋市民病院へ救急搬送された。

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