第372話 令司・3段変速の限界

 高村ボデーが造ったフレームに組み合わせるのはディスクブレーキ付きのフロントフォーク。時速五〇キロを出していても平気で止めるストッピングパワーはある。それに対してリヤはシティサイクルから流用した内部拡張型ドラムブレーキと三段変速。この三段変速のギヤが令司の悩みの種だった。


「一速・二速はいいけど、三速でガクンと来るんよ」

「なんか昔のカブみたいやね」


 キャブ時代のスーパーカブに使われていた三段ミッションは急坂でも登れる一速・発進でも使えそうな二速・巡航用の三速と、二速と三速が妙に離れたギヤ比になっている。自転車の場合はエンジンブレーキは無いが、カブでうっかり三速から二速へシフトダウンすると強烈なエンジンブレーキで驚く。


「オートバイやったらアクセルを捻りゃ進むけどなぁ……」

「ロックんは三速に入れてからしんどそうにしてるもんなぁ」


 そして、アップダウンが多い高嶋市内だと二速で回転が上がり過ぎて、三速で失速するのはカブも同じ。「それも含めて四段ミッションに組み換えてる訳よ」とはカブのおっちゃんこと大島のセリフだが、晃司と愛奈もバイパス道路へ乗る時は三速ギヤを使って加速をしてから四速ギヤに入れて巡航している。


「お前らのバイクみたいな四段ギヤやったらマシになるやろうな」

「やとすると、校則違反で通学には使えへんで」


 令司の愛車はクランク周りを改造してスプロケットを交換できるようにしてある。最高速は前側スプロケットを増やせば伸びる。だが発進で使うギヤまでハイギヤ―ドになってしまう。そうなると通学途中にある坂が登れなくなる。ではギヤの段数を増やせばとなるが、そうなると通学で使えば叱られ、フレームも作り直さなければならない。


「ギヤをハイギヤにすると最高速に至るまでに脚力を消耗する」

「三段目って急に(ペダルが)重くなるもんねー」


 三段変速でもギヤ比が均等に振り分けられていれば加速はスムーズかも知れない。だが、令司が流用したハブ内蔵三段変速ギヤは遊星ギヤを使って減速・等速・増速を切り替えているので増速だけのギヤ比を変える事が出来ない。もしかすると出来るのかもしれないが、恐らくかなりの費用が掛かるだろう。そこまでするならバイクの免許を取った方がマシとも思える。


「大昔に出来た校則やけど上手い事出来てるんやなぁ」


 今の令司は時速三十キロで走る原付より巡航速度は遅い。脚力さえ鍛えれば何とかできるかもしれないが、脚力が上がるまで晃司と愛奈に付き合わせるのも申し訳ない。


「俺、当分一人で走るか原付の先輩住吉先輩と走る事にする」

「そんなん気にせんでエエのに」

「そうやん、ロックんも一緒に学校行こうっ!」


 晃司と愛奈はかまわないと言うが、幼馴染で仲良しな二人の邪魔をするのは申し訳ない。


「ま、俺に気にせんとバイクライフを送ってくれや」


 令司は二人とは別に走る事にした。


◆        ◆        ◆


「にゃふふふふ~ん♪」


 リツコはピンクの弁当風呂敷に包まれた細長い物体を取り出した。風呂敷を開けると中から出て来たのはラップに包まれたコッペパン。だが、ソースの香りがする。


「先輩、そんなの食べて大丈夫ですか?」

「食べないとフラッとするのよ」


 リツコはいそいそとラップを剥がして「お腹が空いて気分が悪くならない様に」と中から渡された焼きそばパンを頬張った。市販の焼きそばパンと違って、挟んである焼きそばがキャベツと豚肉が増量されたの特製焼きそばパンだ。「竹原君にも一つ分けてあげなさい」と二個渡されているのだが、リツコは渡さず一人で食べている。


「ぬうっ! こっそりマヨネーズを仕込んであるとは嬉しい不意打ち!」

「よく食べますねぇ……はい、牛乳」


 焼きそばパンを喉に詰まらせない様にと竹原がリツコに渡したのは牛乳。なんだかんだ言いつつ竹原はカルシウムが不足しがちな妊婦リツコを心配している。


「ありがと、お腹に栄養を取られるからね」


 モフモフと焼きそばパンを食べるリツコに呆れつつ竹原は仕事の話を始めた。


「一年生の高石の件ですが、先輩の御主人も絡んでますかね?」


 無断でバイク通学をした罰で掃除をしている生徒に毎朝罵声を浴びせながら飛び込んでくる自転車は嫌でも目立つ。自転車だからもしかしてと最近一時期より回復して心なしかふっくらした先輩に聞く竹原。


「もふ……うちの……人のお……客さんじゃないみ……たい」


 モゴモゴと焼きそばパンを食べつつ答えるリツコ。お腹周りが少し膨らんできたのか最近はお腹を締め付けないゆったりした服を着ている。今日はワンピース姿だ。


「まぁ自転車だから無茶出来ないと思いますけどね、ところで先輩、六城の事は聞いてます?」


 先日、中は六城を連れて仲間の所を回っていたが結果は芳しくなかった。誤魔化しても見破られるのを分かっているリツコは素直に話した。


「あまり順調じゃないみたい。うちの人は『ボチボチ行こう』って言ってるみたいだけど」

「そうでしょうねぇ、やっぱり今都の壁は厚いですね」


 予想通りとはいえ竹原は肩を落とした。


◆        ◆        ◆


 梅雨入りして以来ジメジメした日が続く。


「たしか『バイク屋潰すにゃ刃物は要らぬ、雨の十日も続きゃよい』やね?」

「それはバイク屋じゃなくて的屋でしょ?」


 今日は三輪車の四葉ママこと藤樹三葉さんがご来店。へんてこりんな三輪バギーにはカゴとトップケースが取り付けられているのでお買い物に便利だったりする。ちなみにこの三葉さんはバイクのハンドルを握ると性格が変わるのに、トライクだと性格は変わらない。三輪だからOKな訳ではなく、どうやらリーンするか車体を傾ける否かがスイッチらしい。


 三輪車だから大丈夫だと思ってジャイロXを代車で貸そうとしたら目付きが変わったから間違いない。


「うん、異常なし。何か不満な所は在りますか?」


 オイル交換がてら全体を点検したが問題無し。


「そうねぇ、エンジンは悪くないんだけど、やっぱり三段ミッションは繋がりが悪いかな? 一転がし、二転がしで、トップギヤに入れてから最高速までがかったるい。二速と三速の間にもう一速ギヤがあれば加速が良くなるかな?」


 若い頃にNSR八〇なんて速いバイクに乗ってただけあってなかなか三葉さんは厳しい。


「ハイコンプピストンではギヤの離れてるのはカバー出来てませんか」

「三速のカブはミッションの繋がりの悪さをエンジンがカバーしてるね、この子もそうかも。でも、ゆったり走るなら悪くないかな? ゆったり走りたいならハイコンプピストンは要らないかもね。私はもう少しキビキビ走りたいなぁ」


 新型のスーパーカブは四段ミッションになっているが、メーカーも分かっていたのだろう。やはり小さなエンジンは出来るだけ小刻みなギヤで走れる方が良い。


「そうそう、最近湖岸を自転車で走ってる子がいるのよ。おじさんの若い頃みたいね~」


 三葉さんと俺はそれほど歳の差が無いと思うのだが、俺ってそんなにオッサンかな?


「ふ~ん、まぁ規則でギヤの段が決められてるし、あまり酷かったら学校が何かするやろう」

「ヘルメットも被らずにバイク並みのスピードなんて危ないよね」


 三葉さんが言っても説得力が無い。この奥さんはバイクに乗ると危ないからだ。


「はい、オイル交換と点検終わり」

「ありがと、もしも安くで四段ギヤの出物が在ったら声をかけてね~」


 三葉さんは元気に帰って行った。やはり四段ミッションは魅力的らしい。四段ミッションにしたからってスピードが出る訳じゃない。最高速に至るまでの加速が違うんだ。三葉さんは元走り屋だけあって良くわかっている。

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