第366話 令司・注意される
毎朝今日子が乗るトゥディのテールへ張り付くかの如く車間で走る令司。たまにやるくらいなら「ああ、えらい引っ付いてるなぁ」くらいにしか思われないが、毎朝となれば目撃者が増える。その中には妙に正義感が強いのか、それとも安曇河町から来る者の事が嫌いな今都町住民なのか解らないが、生徒が煽り運転をしていると学校へ苦情の電話を入れて来る者が居る。
「高石君、車間距離はキチンと取らないと危ないよ?」
「すいません、風除けに丁度良くって……」
煽り運転をしていると電話があり、校庭の清掃を監視していた竹原も見ていた事から、令司は第二教務室に呼ばれてリツコに注意されている。リツコはバイク担当から外れる事は決まっているが、キリの良い所までと引き継ぎを兼ねて一学期中は新担当者の補佐を兼ねて
「住吉さんも先輩なんだから、黙って走ってないで注意してあげなきゃ駄目よ? 安曇河町から自転車で来るって事は今都の生徒じゃないんだから、襲ったり噛みついたりして来ないんだから、ね?」
「はぁ……私は普通に走ってただけなんですけど」
令司が注意されるのは当たり前だが、バイクで先導をしていた今日子まで呼ばれているのはとばっちり以外の何でもないだろう。
「ともかく、車間距離はキチンと取ってね。今日は注意だけで済ませるけど、今度危ない事をしたら竹原先生から注意してもらっちゃうぞ。今日は私から……めっ♡」
「はぁ……」
「はい♡」
今回はリツコからの注意で済んだが、竹原からの場合はリツコの『めっ♡』と違って『滅っ!』だ。余程の悪さをしない限り喰らう事は無いが、非常に怖い。今日子はホッと胸を撫で下ろし、令司は少しだけデレッとして第二教務室を後にした。
◆ ◆ ◆
前を歩く今日子はおかっぱ頭でいかにも湖西の田舎町に居そうな女の子。後から付いて歩く令司はどちらかと言えばチャラ目のイケメン。第二教務室から揃って出て来た二人をすれ違う生徒は物珍しそうに見ていた。視線を感じた今日子はますます不機嫌になり、不機嫌な今日子を見た令司はオロオロするばかり。
「先輩、何かすんません」
令司はズンズンと足音荒い今日子の後を歩きつつ、後ろ頭をポリポリと掻きながら謝った。
「そう思うなら何か奢って」
先輩が少し不機嫌なのも無理はない。今回は令司が後ろから付いて行っただけ。おとがめは軽いものだった。だが、高嶋高校のバイク通学規則は細かな所で厳しい。無許可で免許を取ったりバイク通学をして朝早くから校庭の掃除をする羽目になるくらいなら軽い方だ。きちんと許可は取ってバイク通学しているとはいえ、事故でもすれば免許の没収・停学・退学も有り得る。
「大判焼きとかたこ焼きなら何とか」
「じゃあ大判焼き。飲み物は……付いて来て」
帰りの令司は朝よりも若干車間距離を大目に取り、今日子について湖岸道路を走り、真旭町を抜けて安曇河町へ走り始めた。
◆ ◆ ◆
国道一六一号線沿いにあるショッピングプラザで大判焼きの栗入り小豆・栗入りクリーム・ウインナー入りカレーを各六個ずつ買わされて、令司は半泣きになっていた。
「先輩、えげつないです」
確かに大判焼きなら買えると言ったものの、大判焼きは一個一〇〇円。普通に買えば二千円以内で収まる。だが、今日子は機嫌が悪かったのだろう。容赦なく栗やウインナーを入り二〇円増しの『贅沢大判焼き』を注文した。各六個となると三百六十円が追加されて二千円を超える。普段のおやつ代が三百円前後の高嶋高校の生徒にとっては痛い出費だったりする。
「うるさい、もしもバイク通学停止になってたらどうするのよ」
目の前にいるおかっぱ頭でまだらの原付に乗る先輩はまだ怒っているのだろう。少し目つきが鋭いように思う。
「ついて来て」
「はい」
令司は余計な事を言わずについて行くことにした。
◆ ◆ ◆
先輩から『おっちゃんはバイクで競走すると怒る』と聞かされている今日子は雷の一つでも落とされれば良いと令司を大島サイクルに連れて行った。ところがおっさんの切れ味が悪い。ブチ切れるどころか困った顔で昔話を始めた。
「いや、まぁ……俺も高校生の頃は……うん、自転車でヤンチャを……ゴニョゴニョ……」
バイクで競走をすれば容赦なく拳でこめかみをグリグリされる筈なのに、歯切れの悪い言葉でゴニョゴニョと話す大島の様子を見た今日子は不思議に思った。
「おっちゃんも自転車でアホしてたからわかるなぁ、うん、危ないから追走は止めような。スピードを出すなら単独で、自分の脚力と相談してボチボチとな。どうしても時速六十キロで走りたいんやったらオートバイの方が良いで、ブレーキもよく効くし……」
そもそも大島の場合、高嶋高校のバイク通学規定が厳しくなったのが自分たちの世代のせいとあって、その頃にさんざん悪さをし尽くした張本人としては偉そうなことが言えなかったりするのだが、そんな事を今日子は知らない。
今日子の期待していた雷親父は出てこず、出て来たのは大判焼きに合う渋いお茶とコーヒー、そして大島の思い出話だけだった。
「おっちゃんは仲間三人のトリオで走ってたなぁ。シティサイクルとか普通の自転車でロードレーサーに勝とうって必死になって頭を使ってなぁ……」
目を輝かせて話を聞く令司に対し、今日子は全く興味の無い昔話にウンザリしながら大判焼きを頬張るのだった。
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