第335話 三葉とミニカー
四葉ちゃんがリバーストライクを見た数日後、藤樹家の三人が揃って店を訪れた。学校帰りの四葉ちゃんとウチの駐車場で合流。四葉ちゃんの親父さんに手を引かれてきたのはほんわかした雰囲気の奥さんだ。とても『何人たりとも私の前は走らせねぇ!』なんて叫ぶようには見えない。
「旦那さん、奥さんって本当にバイクに乗ると性格が変わるんですか?」
「変わりますよ、そりゃあもう教育上不適切なほどに」
実際に四葉ちゃんが乗って来たトゥディに乗ってもらったら目付きが変わった。『子宮が疼く』とか『濡れる』とか聞いてはならない事を聞いた気がする。
「うん、わかった」
「わかってもらえましたか?」
四葉ちゃんもお母さんの性癖(?)を知っているのだろう。お母さんがバイクに腰かけようとした時、トゥディからキーを抜いてた。
「で、今回用意したのがこちらの三輪車でして、ミニカー登録の三輪バギーですね。ウイリーと暴走は出来ないと思います」
説明している途中で奥さんがリバーストライクに跨った。もしかするとあの決め台詞が出てしまうのだろうかと思ったその時。
「わ~い、これ可愛い~♡ あなた、これを買ってくれるの? お買い物かごを付けて欲しいなぁ」
四葉ちゃんとパパさんの目が丸くなっている。雰囲気だって来た時のままだ。
「お母さん、あのセリフは? 『何人たりとも』は?」
「た……助かった……」
二人は安堵しているが油断は出来ない。場内だけだが試運転をしてもらう。
「ふぅん、キャブはPC系ね、五〇㏄でPC一八だとセットが出ないんじゃないかしら? チョークは要るかな? 始動はキックね」
やっぱりバイクに乗り慣れている人みたいだ。もしかするとウチのリツコさんも子供が出来たらこんなお母さんになるのかもしれない。頑張らんとな。ちなみにキャブはPC系列だがPC一八じゃなくてドリーム五〇純正の少し小口径なPC一五だ。そこまでは見抜けなかったようだな。
「えいっ!」
バルンッ……ブンッ……ブンッ……トットットットッ……。
(お? 上死点を探って踏み下ろすとは……)
キック一発でエンジン始動。アイドリングの様子を見ながらチョークレバーを戻す様子はバイク慣れしていると見える。
「えっと、遠心(クラッチ)だとロータリー(シフト)かな? カブと一緒かな?」
「ええ、カブと一緒ですよ。踏んでシフトアップです」
話している様子だって至って普通。下手すればバイクの事を分かっている分、学生より仕事がしやすいかもしれない。カチャンとギヤを入れ、走り出しても「楽しい~」とか言うくらいで性格が変化したとまでは言えないだろう。少し陽気になっている気がするけれど、バイクってのは楽しい物だ。
「これやったら大丈夫やろか?」
「そうやな、母さんにも少しくらい楽しい事が無いとな」
四葉ちゃんのお母さんは楽しそうに店の前を走り回っている。性格の変化は見られず、遊園地で遊ぶ子供みたいにキャッキャと楽しんでいるだけのようだ。
「妻も気に入ってるみたいやし、商談成立ですね」
「値段は車体が税込み十九万八千円、どうですか?」
四葉パパさんはママさんを止めるのにビンタをしたそうで、罪滅ぼしだと言いながら了承してくれた。商談成立。自賠責保険はとりあえず三年かけた。三年と言わずリバーストライクが長く愛されますように。そして、ママさんのハンドルを握ると性格が変わるのが四葉ちゃんに遺伝しません様に。
◆ ◆ ◆
ママさんのリバーストライクを納車した数日後、四葉ちゃんの頭の中に浮かぶ『なん』の正体がわかった。四葉ちゃん曰く「なんか楽しい!」だったそうな。
「楽しいだけやったら大丈夫やな」
「うん」
納車した直後の週末、お母さんのテストドライブに付いて行った四葉ちゃんは先行するお母さんの背中を見ながらそう思ったんだと。
「もし『何人たりとも私の前は走らせねぇ!』だったらどうしようかと思った」
リツコさんが言ってたんだけど、バイクに乗って凶暴になるのにクルマでならないのは『守られている安心感』からではないかとの事だった。自分を守る物の無いストレス過剰な状態が防衛本能を刺激して攻撃的になるのではないか……みたいな事を言っていた……んだと思う。良く分からんけど。それはともかく、四葉ちゃん、物騒な性格が遺伝しなくて良かったねぇ。
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