第321話 君は出汁殻じゃない①外装の色

 今年は比較的雪が少なく……と言うか、降らねぇなオイって感じの滋賀県湖西地方。それでも雪は積もるほどでないが一応降っている。雪がチラつくだけでヒステリックに騒ぐ今都の新興住宅地の住民の為か道路の塩カルも相変わらず。やはりバイクに乗って学校へ通う高校生は少ない。


「子供らが来ん間は中古車作りか?」


 塗装が出来たタンクを持って高村社長ボデーさんがご来店だ。


「えらい早いですね、何か有ったんですか?」

「今年は雪が少ないからな」


 毎年雪のシーズンになるとスリップ事故でぶつけた車やぶつけられたクルマで入庫が多い自動車板金店も今年は暖冬の影響で時間が有るらしい。


「ウチもな……って言うか儂が暇してる。前から頼まれてる仕事が進んで仕方ないわ。じっくり腰を据えて作業するのに絶好のシーズンやな」


 高村ボデーの奥にシートで覆われた車が有るのは知っている。そう言えば何が置いてあるかは聞いた事が無かった。


「作業場の奥に置いてある奴ですか? アレは何でしたっけ?」

「マークⅡや」

 

 マークⅡと言えばジャガーのイメージだが、社長が触っているのは違うようだ。


「トヨタの旧車はリプロのパネルが無いから手叩きでやってる」

「あ、そっちのマークⅡですか、ブタ目ですか?」


 三代目ブタ目マークⅡは旧車會と呼ばれる連中に人気の車種。高級車が集まる高村ボデーに入庫するなんて珍しい。


「いや、二代目。部品取り車も見つからんから難儀してる」


 トヨタのマークⅡが人気が出たのは『ブタ目』と呼ばれる三代目からだったらしい。その前はどちらかと言えば地味で人気は無かったそうで、新車販売台数の絶頂はバブル期。今でもドリフトする連中に税制が変わってからの二五〇〇㏄のターボ車は人気が有る。コロナから派生した初代とセミファストバックスタイルの二代目は不人気だ。


「それはまたマイナーな所を……」


 特に二代目コロナマークⅡの六気筒EFI車と言えばトヨタ初の電子燃料噴射装置を採用した車だ。昭和五一年規制で最も壊れやすく、コンピューター制御も稚拙で触媒が過熱して床が熱くなると聞く。修理部品も当然の様に無い世代だ。しかも旧車としての価値は微妙。余程の上物でなければ直しても修理代を回収できない。


「しかも六気筒のEFI車やで、記載事項変更公認車検はA・Tオートに出すけどな。古い見た目で速い『スリーパー』にするんやと」

「よりによって一番厄介な奴や」


 自動車は排気量の変更や違うエンジンにすると車検証の記載事項変更になるから大変だ。それに比べるとミニバイクのボアアップやエンジン積み替えが何と楽な事か。


「ところで大島君、このタンクでそのフェンダーの色は無いやろ、形も少しスポーティにしたらグッと格好良うなるで」


 実は今回前後のフェンダーをステンレスの社外品に交換しようと注文をかけていた。ところがこれが見つからない。とっくの昔に絶版になっていた。モンキーと違ってCD系は少しマイナーなのだ。車体の数が少なければカスタムパーツは売れない。売れ無い物をいつまでも作り続ける訳に行かない。そうなれば生産終了となる。


「このタンクにメッキかステンのフェンダーやと思ったんですけどね、もう売ってないみたいやから手元にある兄弟車のCLのフェンダーに交換しようかと思いまして」

「じゃあ、そのフェンダーをよこせ。暇やしキレイに塗ったる」


 フェンダーの色を相談しつつ高村社長はコーヒーを飲みながら休憩。少し工場から離れて休みたかったらしい。


       ◆       ◆       ◆


 熱燗が美味しい時期だ。帰って来た妻は部屋着に着替えて日本酒をレンジでチン。料理が破壊的に出来ない妻だが電子レンジを使うのは大丈夫らしい。そんな妻にそっと肴の昆布の佃煮を出す。お隣の婆ちゃんからの御裾分けだ。


 「CD? ん~っと、どんなバイクだっけ?」


 世の中カブ系エンジンは数あれど、CD・CLは数多く出回っていなかったせいか知名度はイマイチだ。バイク好きな妻でも思い浮かばないのは仕方がない事だと思う。


「カブ系のクラッチ付きでTボーンフレーム……って言っても分からんか。一昔前に交番に置いてあったビジネス系のバイク。CDが実用車でCLがスクランブラーってオフロードっぽい味付け。CDでも『S』が付くとロングシートでスポーティー車かな?」

「わかんない、実家近所の交番はカブだったもの」


 CDは長らくあった気がするし、CLも二十一世紀になる直前に再販されていた気がする。見たことないけど。


「あまりメジャーなジャンルじゃ無いわな、普通の人ならカブで事足りるもんな」

「ホンダ創始者の意見を曲げたようなバイクねぇ」


 妻に言われて思ったのだが、スーパーカブは出前のアンちゃんが岡持ちを持つのに自動クラッチと右ウインカー、女性でも乗りやすい様にアンダーボーンフレームになったらしい。同じ系列のエンジンでもCD系は普通のバイクと同じで跨って乗り降りするし、クラッチも付いている。似たエンジンだがカブよりバイク寄りだ。


「似たエンジンでも大違い。しかもエンジンだけモンキー乗りに部品取りされて潰された車体も多い。今回はエンジンレスやからカブのエンジンを乗せるわ」

「出汁殻を引き取って来たみたいねぇ」


 妻が言うのも分かる。CD九〇はエンジンを抜いてしまえばモンキー乗りにとって出汁殻だろう。しかも、その車体からフロントフォークやスイングアームを外してカブに使われてしまった車体も多い。幸いな事に今回無いのはエンジンとキャブレターだけ。別のエンジンを乗せて外装を若い子向きにすれば売れると思う。


「とんでもない、エンジンが無いだけで出汁殻とは失礼な。少し旨味が抜けただけで、味付け次第で最後まで美味しくいただけますってな。その昆布の佃煮と一緒」

「これも出汁殻だったの?」


 これリツコさん、椎茸だけ摘むんじゃない。お行儀が悪い。


「らしいで、お隣さんから貰った」


 エンジンを抜かれてしまったCD九〇、昆布の佃煮みたいに美味しく味付けをして春からの若葉ライダーに乗ってもらおうと思う。

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