第304話 誰だって最初は素人
バイク弄りをするきっかけなんぞよく覚えていないが、今度来たら教えると言ったら揃って来たので思い出しながら話す事にした。
「さてと、おっさんがバイクの修理を覚えるきっかけやったな。元々おっさんはな、この店の常連やったんや。その当時はバイク通学は出来んかったから自転車弄りからスタートやな」
俺は元々バイク店に就職した訳では無かった。最初の就職先は機械部品を加工する工場だった。だが、その工場はバブル景気崩壊の影響を受けて倒産した。次の仕事を探していたら両親が事故で逝き、その後はクリーニング店に勤めていた時に婚約者を亡くし、全てが嫌になった俺は仕事を辞めて放浪の旅に出た。
「何や知らんけど事故をして怪我が治ってから大石……あ、この店の先代な。急にバイク弄りを教えるって言いだしたのが高校三年の時や。自転車弄りとかカブを修理し始めたからそれがスタートやな」
今日の作業場は高校生が集まって大賑わいだ。おかげで逆トライクを弄る事が出来ない。店全体にコーヒーやココアの香りが漂って喫茶店みたいだ。
「おっちゃんな、一時何もかも嫌になって放浪の旅出たんや。旅から帰っても暫くは何もやる気が起らんでな、プラプラしてたら先代が店を買わんかって勧めてくれてな。で、ビシバシとしごかれてバイク弄りを覚えて今に至るって訳やな。その頃の事は瑞樹ちゃんは
「う~ん、そんな事を言ってた気がするなぁ」
ちなみに今日来たのは二年生が理恵と速人に綾ちゃん、一年生が麗ちゃんを始めとする五人組だ。
「最初はおっちゃんかて初心者やったんや。大石のオヤジに叱られながら修理を覚えたもんやで」
「おっちゃんでも最初は失敗したん?」
今日子ちゃんが不思議そうに聞いてくる。俺だって大石のオヤジに習い始めた頃は失敗ばかりだった。しょっちゅう怪我をしていたし、ボルトを舐め、ネジ山を潰し、指先を切ってベソをかきながらバイク弄りを覚えた。
「いっぱい失敗したし、泣いた事も有るぞ。そのたんびに『今のうち失敗しとけ、おっさんが教えたる』って先代に色々教えられたもんや」
バイクの師匠である大石のオヤジは俺が店を大島サイクルとして再オープン後、しばらくして亡くなった。オヤジの世話になっていたホスピスの職員が言うには、郵便局のバイクが来る時間になると郵便受けまで連れて行けとせがんだらしい。
「じゃあ、おじさんはずっとスーパーカブとかモンキーを触ったはるんですか?」「ん? 澄香ちゃんのホッパーとか綾ちゃんのスクーターも触ってるぞ」
近所の奥様方にはクラッチ操作が不要でもギヤチェンジの必要なカブはちょっと不人気。要望が有ったのでスクーターの軽整備とカブ系のエンジンを使った創作バイクは組んだりしている。
「で、このタイヤのお化けみたいなのは何?」
「それはオッサンが暇潰しに作ってる玩具や。そこそこ触れるようになってからそう言うものを作って遊びながら今に至るってところやな」
そこへ綾ちゃんが物申した。
「私は機械いじりは得意じゃないから彼氏に任せてるけど、もし弄りたいならおじさんみたいな人に聞きながらの方が良いよ。理恵なんかあんな手になってるんだからね」
「む~、自分で作ってみたかったんやもん」
理恵の手にはまだ絆創膏が貼られている。この前と別の所を怪我したらしい。
「誰でも最初は初心者だからね、でも詳しい人に習えばバイクだって組める様になるよ」
「速人の言う通りや、誰でも最初は初心者や。だから触りたくなったら壊す前においで。工具と知恵を貸すくらいやったらお金は要らんよ」
◆ ◆ ◆
暖冬とは言え寒い日が続き、今日もリツコさんは俺の腕枕で寝る事になった。冷え性の女性は多いと聞くが、リツコさんも手足が少し冷たい。抱っこしながら今日学生たちに話したのと同じ内容を話した。
「何だか信じられないわね~。中さんが失敗して泣いたりしてたって」
「誰かて最初は初心者やん。リツコさんも練習したら出来るようになるって」
バイクに限った事ではない。
「私は磨くだけでいいや。ゼファーちゃんもずっとそうだったもん」
「バイクは俺に任せて、リツコさんは料理を練習しようか」
才能はともかく、料理が出来ないと万が一の時が心配だ。
「ちょっと何言ってるか分かんない。おやすみ」
「いや、分かってるやろバナナ〇ンか」
「サンドウィッ〇マンよ。おやすみ」
「わかってるやんけ」
話を切り上げて寝てしまった。料理をするのが余程嫌と見える。
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