第302話 玉垣邦文堂・オイル交換
仕事で市内を走り回るバイクは走行距離が伸びる。先日納車したばかりの玉垣邦文堂のスーパーカブは慣らし運転が終わり、さっそくオイル交換に入って来た。普段の玉垣邦文堂で使うバイクはガソリンスタンドでオイル交換をしているが、ウチの店ではカブ九〇の四段ミッション換装は中国製のミッションを使っている。どうしても部品の仕上げが荒い所があり、初期の金属粉が多く出る為、初回のオイル交換だけは絶対に作業させてくれと頼んでいたのだ。
「金属粉は……うん、少ないくらいやね。おっちゃんの運転が良いんやろな」
「そうでっか、でもチョイと昔を思い出して飛ばしてまいましたわ」
還暦を過ぎた玉垣のおっちゃんがスピードを出すなんて珍しい。
「前のカブよりパワーがあるし気ぃ付けんとアカンでぇ、八割増しのパワーやで」
「若い子に煽られて逃げましたんや、最近の若い子は元気ですなぁ」
おっちゃんがスピードを出すのは珍しいが、このクソ寒い時期にバイクに乗る若者も珍しい。新しいオイルを入れて作業終了。茶と茶菓子を出して話を聞く事にした。
「ほぅ、元気な子が居るんやなぁ」
「それがな、ガシャガシャガラガラ煩いバイクでなぁ。何やらゴチャゴチャ付いた割に走らんバイクでしたなぁ。国道に乗ったら離れていきましたわ」
う~ん、おっちゃんを追いかけたのがウチの客やったら叱ろうと思ったけど、ウチの客にゴチャゴチャ物を付けてガラガラ煩いバイクは無いはずだ。
「ふ~ん、ウチのお客さんじゃ無さそうやな」
「大島君のお客さんでモンキーのディスクブレーキは少ないやろ?」
ウチの店はカブやモンキーなどのドラムブレーキ車が多い。ディスクブレーキなのは極少数で、ホッパー改に乗る澄香ちゃんと、マグナ五〇に乗る麗ちゃんくらいだ。二人とも『寒い!』と冬休みの間はバイクに乗っていなかったみたいだし、麗ちゃんに至ってはお兄さんと大津の実家へ帰っていたと聞いている。
「追われた場所は?」
「今都のほら、朽樹から降りてくる市道沿いにあるコンビニですわ」
やっぱり今都の『暴れ小熊』だ。もしかすると高嶋高校の生徒かも知れない。バイク通学を許可してもらえずに遅いバイクを煽ってフラストレーションを解消するのはよく有る事だ。
世間話やバイクの不満点を聞いている間に時間が経ってしまった。
「さてと、そろそろ店に戻りますわ」
「おっちゃん、気を付けてな」
セルで始動したおっちゃんはご機嫌で帰って行った。ちなみに玉垣のおっちゃん曰く今度のカブで不満な所はエンジンの吹き上がり。五〇㏄や七五㏄よりもロングストロークなのである程度仕方がない。どうしても不満ならハイカムを勧めてみよう。
◆ ◆ ◆
玉垣のおっちゃんが帰ってから年末に作り始めていた逆トライクの続きを作る。今回の逆トライクに使うフレ-ムはエンジンの位置を通常の位置だけでは無く、左に寄せて搭載できるように加工してもらった。太いタイヤを使うのにチェーンを外側へ出す必要があるからだが、スプロケットでオフセットさせるのには限度がある。クランクケースやベアリングへの負荷が大きいのでスプロケットはノーマルでエンジンを動かすって寸法だ。これはジャズ・マグナでクランクケースのトラブルが多いと聞いた時に思い付いた。タイヤはブリヂストンのサンドタイヤ? 昔のレジャーバイクに標準装備されていた太いタイヤだ。
(タイヤのお化けやな)
今日はエンジンを積んでチェーンラインを出して終了。エンジンはカブ五〇のノーマルエンジンだ。タイヤにパワーが食われるかもしれないがスピードを出すわけじゃないから良いだろう。今日の作業はこれで終わり。コンプレッサーの電源を落とし、ドレンを開けて店を閉めた。
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