第299話 暴れ小熊⑧おんぼろカブに負ける

 ネット通販で手に入れたシールドの無いコルク半ヘルを被って出かける事を諦めたギョヴュヲ。仕方なく教習所へ通っていた時に使っていた安いシールド付きのヘルメットを被り、全身にヒートテックを着込んでかろうじて寒さをこらえながら愛車を走らせていた。


(何か走りが重いぞ、ホイールもやたら汚れるけど、まぁいいか)


 ギョヴュヲの愛車は塩カルに侵された車体の各部から錆が浮き、とうとうメッキに錆の花が咲いた。見るからに購入時に比べて明らかにボロになっている。カムチェーン周りからのジャラジャラした音はチェーンと接触していた部分が削れて若干だが静かになり、滴下していたオイルは土ぼこりが付いて固まっていたり、ブレーキはマスターシリンダーからオイルが漏れキャリパーも引き摺りを起こしているのだがギョヴュヲは気にしなかった。


(冬休み中に誰かに自慢したい。誰かに勝ちたい)


 冬の高嶋市でバイクに乗っていると言えば郵便局・銀行・配達などの仕事で乗るライダーが殆どだ。遊びで出かけたり必要でもないのにバイクに乗ろうというものは極少数だろう。そんな冬の今都町に一台のスーパーカブが現れた。大島サイクルで中古のスーパーカブに買い替えた玉垣邦文堂のおっちゃんこと玉垣純一郎である。


(パワーがあるさかい雪道はスノータイヤを付けんとなぁ)


 本屋はそれ程儲かるものでは無い。数冊の本を運ぶくらいで自動車を出していては経営を圧迫するほど出版不況な昨今、純一郎は燃費の良いスーパーカブで配達先を回っていた。新しいスーパーカブはカブ九〇のエンジンをベースに大島によるチューニングが施されて四段ミッションがインストールされている。この四段ミッションの三段目が朽樹へ行く登り坂で丁度良いのだ。


(二速でエンジンを唸らせて走ってた道を三速で楽々走れる。ギヤとエンジンが良いと楽やわ。ええ買いもんしたなぁ)


 若き日にメグロやCBに乗っていた純一郎も六十歳を過ぎて体力は落ちた。だが排気量アップと四段ミッションでスポーティー(純一郎の基準での話)な愛車は青春の日々を思い出させてくれるものだった。安曇河から朽樹を回り、その足で蒔野への配達を終えた純一郎は今都を通って国道一六一バイパスに乗って安曇河へ戻ろうと考えていた。


(その前に小便して帰ろう。ついでに甘いもんでも買うて帰ろう)


 トイレ借りるついでに三時の茶菓子でも買って帰ろうとコンビニへ入った純一郎に目を付けた少年が居た。そう、暴れ小熊ことギョヴュヲであった。


「おっさんよぅ、げヴぉ蔑称ヴぉんヴょちゅポンコツで粋がってんぎゃげヴょひょうがってるんじゃねぇよ!」


(寒風を防ぎきれん恰好だけの上着とズボンか、素人やな)


 ビスケットを買ってカブのボックスへ入れようとしていた純一郎は、一目で少年が初心者であることを見抜いた。けたたましい音で空ぶかしを続けているが、エンジンからは明らかに異常な音が鳴っている。


「どうも私は耳がよく聞こえませんでなぁ、さいなら」


 エンジンをかけて発進した純一郎を少年が大騒ぎしながら追いかける。傍目に見ればポンコツなスーパーカブをギラギラしたバイクが追いかけているように見えるだろう。


「待てぇ!ごらぁ!ヴぉんぎょちゅポンコツがぁぁぁぁ!」


 そんなギョヴュヲに構うことなく純一郎のカブは加速を続けた。二速・三速と澱みなく加速するカブに対してギョヴュヲのギンギラバイクはガリガリとエンジンから異音が鳴り、モギョモギョと奇妙な排気音と黒煙を吐きだしていた。


(ワシは帰って茶を飲みながらビスケットを食べる!)



 コンビニから出て数百メートル走り、純一郎は国道一六一バイパスに乗った。加速重視でフロントスプロケットを小さくしてあるとはいえ純一郎のカブはポート修正やキャブのセッティングなどをしてある。ミッション組み換えと同時に腰上のオーバーホールしてある事も有って絶好調。排気量差が約二〇㏄も有るとはいえ絶不調のギョヴュヲに負けるほど遅くは無かった。四速に入れて時速六〇㎞からジリジリとしか加速しないギョヴュヲに対して純一郎のカブはキッチリ時速七〇㎞まで加速した。


(なるほど、スピードはこれ以上(スロットルを)開けても八〇(km)は出んか)


 純一郎のカブはスロットル全開で時速八〇kmを下回るスピードしか出ない。だが、全開で走り続けても数時間なら決して壊れる事は無い。対して追いかけるギョヴュヲのバイクはエンジンからのガシャガシャガラガラと、嫌な音が大きくなり始めた。


「くそっ!どヴぉしてカブに追いつけねえんだヴょう!」


 みるみるうちにギョヴュヲのバイクは速度を落とし、息も絶え絶えとなった。アクセルを吹かし続けなければアイドリングが続かない。走行中だけでは無くアイドリングの最中もガラガラジャラジャラと音を立てる愛車にギョヴュヲは途方にくれた。

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